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32 それを食べたあなたは
しおりを挟む発情期のことを考えると憂鬱になって来た。
まあ、今はもう少し先の話だから置いておこう。
ただいま、図書館から用意してもらった「簡単な歴史」を拝借しながら言葉の説明をしている。
四角い広めの机に本を置いて、サリアノアをエテルノと櫟で挟んでいる。
斜め向かいに視界に入りづらいようにか藤代が座っている。
本当は藤代にも触れてもらいながら本の読み聞かせを聞いてもらおうと思っていたのだが、断られた。
確かに男4人でギュウギュウになるのはやりづらい。
エテルノが冗談でじゃあ、サリアノア君を僕が抱えているから、その両脇で彼らに挟んでもらって触れてもらっていればいいんじゃないのかなと言った。
櫟には、訳していないのにそのジェスチャーだけで何を言っているのか通じたのか即座に首を振られた。
結果、藤代には学んだことを櫟が教えることになった。
「お手を煩わすわけにはいきません」とまで言われてしまい、むしろ世話を焼かれたくないくらいの拒否のしかたをされた。
正直、サリアノアはかなりの暇人だ。
サリアノアができる仕事といえばあれしかない。その仕事は相手がいないとできないし、そうホイホイ毎日そういうことをしているわけではない。
かといって一日中櫟たちと過ごせるわけではない。
今後の予定では、朝は10時にやってきて、夕方は4時に帰ることになっている。
今日はエテルノの時間的に、時間がそこまで取れなかったとのことなのでお昼には退席する。
その他の空いた時間に復習がてら藤代に教えるということらしい。
藤代は櫟の秘書のような仕事を来る前はしていたらしいので、日中はそうやって過ごすのは何の苦でもないと言っていた。
「この国は神が造った国なんだね」
「そうですね。まあ、どこも似たようなものですよ。大昔のことなので伝承みたいなものですけれど」
最初らへんなので、この国を作った王様の話から始まる。
この世界に生まれた人々は魔力を特別に神から授かって、生み出された。
だから、魔力を多く持つ者、使える術が多いものは神に祝福され、かつ、世界を任されているという認識になった。
そのくせ、この世界のよどみから生まれたとされる魔力を持つが見た目などが違う生き物は差別している。
というような理由でアルファが特別視されるのには理由があるんだよというようなことも書いてある。
だからこそ尊い血と交わり続けねばならないという考えが根付いたのもあるのだろう。
御伽噺のように書かれている文章をこの国の言葉で読み上げ、その後テレパシーで内容を伝える。
基本的な文字はさっさと習得してしまったようで、一度教えたら覚えたというので驚いた。
「文章を読みながら文字を定着させた方が飽きないし、面白いから」
と笑っていた。
手元に用意した紙とペンは使う気配はない。片手はずっとサリアノアが独占しているし、もう片手はペンをくるくる回している。
勉強、面白いんだな。櫟……。深海魚じゃなくても楽しそうだな。
そして扉の前には屈強な騎士が立っている。この場を取り仕切る一番偉い人とだけ挨拶をした。外にも並んでいるそうだ。
櫟が近づいていいと許可を出したので、堂々と護衛ができるとエテルノがほっとしていた。
正直こんな中、勉強を笑いながらできる櫟はちょっと変だと思いつつ、櫟と話すのは楽しいのでついついサリアノアも忘れて二人でクスクスしてしまう。
そうこうしている間にお昼の時間がやって来た。
サリアノアが毒見して、櫟が今日もそれだけしか食べないの? と聞いてくる。
毒見のしかたなんかわからないから、とりあえず一口ずつ急いでパクパク食べる。食べたお皿を櫟の前に戻して、自分は次のお皿に手を伸ばす。
櫟には毒見をしているとは言っていない。
一緒に食べない? と聞かれ彼のを少しだけ頂くという形をとっているだけなのだ。
運動を発情期以外で全くしなくなった自分はそれほどお腹が減るわけでもないので、毒見ぐらいでもまあまあお腹は膨れる。
「お城のご飯はおいしいですね。でも、私も家に帰れば用意してくれているので」
「そうか。そうだね。君には君の帰る場所があるんだったね」
それにどう返すべきか迷っていたら護衛がサリアノアを呼んだ。
ラーノが着いたというので急いで中に入ってもらう。
持ってきてもらったのは、当分日持ちする食料である。
今日はお昼までしかいられないので、夜の毒見ができない。
なので常温で置いておいても大丈夫なものを持ってきてもらったのだ。
櫟にラーノを紹介して、さっさと持ってきてもらったバスケットの中を見てもらう。
そろそろお暇しないとエテルノだって暇ではない。
でももう少しだけなら待てるよと、自分のお昼を返上して待ってくれている。
「櫟さん、こちらは常温でも持つ食料です。もし不安で食べたくない時、私がいない時などあると思います。その時はこれを食べてください」
多少日持ちする果物、野菜を練り込んだケークサレ、ビスケットにクッキー、干し肉、乾燥させた野菜などなどを持ってきてもらった。あとは飲み水も持ってきてもらった。
これはこんな味がするんですよと一口齧ったりしながら説明していると、櫟がやっぱりと呟いた。
はて、と首をかしげて見上げる。
「やっぱり、毒見のつもりで食べてくれてたんだね?」
「あ、ええっと」
「いや、いいんだ。君が食べてくれたから僕たちも安心して口にできたし、知らない世界の食べ物が体に合うかも不安だったんだけどね。それだけ不安要素があるってことでいいのかな?」
「それは、私にはなんとも言えません。今のところは櫟さんを弑するような方がいるとは聞いていないので」
「もしかして、俺が何も口にしていなかったから気を遣ってくれたの?」
まあ図星だ。帰るまでに体を壊しちゃ元も子もない。
でも、ちょっとだけ気まずい。
だって入っているかもしれない毒と言えば、それほど危険なものではないと思ったからだ。
だから危険を顧みてとかそういった考えじゃない。
「その、ホント……、ただもし入っていても危険なものではないと思うので、私が最初に食べさせていただいただけで……」
「でも、やっぱり毒見はしなくていいです。それでもし毒が入っていたらあなたに害が及ぶでしょう? そんなに危険なものなら……」
「や、ほんと。入っていても催淫剤とか誘発剤とかだと思うんで! あ、じゃなくて。だと思いますので、それを櫟さんが食べたら、あなたの意に沿わないことになってしまうでしょうから」
また口調が崩れてしまった。
焦って戻すが櫟は立っているサリアノアの手をグイッと引っ張った。
「催淫剤? 誘発剤?」
「そうです。あれは使われるときついですから。発情期とほぼ同じような感覚なので、相手がいないとなかなか終わりのないものです。そうなったら、櫟さんが思惑通りに利用されてしま、います、よ?」
話している間にじりじりと二人の距離が近くなって、ほぼゼロ距離でサリアノアは櫟を見上げることになった。そこから首を傾げられながら櫟が口を開く。
「それを食べさせられたあなたは? どうなるんでしょうか?」
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