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31 それは嫌だ、
しおりを挟む櫟はしばらく、目を瞑って考えていた。
あんまり話を聞かれたくないのだろうか。俺の言葉しか相手には聞こえないけれど、それでも推測はできるしなあ。
「……それは嫌だと言ったら」
この目はかなり拒否感の強い話だと見たサリアノアは、エテルノを呼ぶことにした。
ちょっと遠くで話を聞いていた、というかサリアノアは声を出していないので、櫟の声だけを聴いていたエテルノに声をかけた。キラキラしいオーラを出しているのに、こういう時はしっかり存在感を消しているので気にせず会話ができた。
俺、王族ってエテルノ意外とはまともに話したこともないからわからないけれど、他の人もこんな感じだといいのにと無理そうなことを少し考えた。
エテルノに櫟の要望を伝えると、困ったように、しかし、そう言うと思ってたよと言った。
「じゃあ、こう伝えてくれないか? サリアノア君。君が許可した人間だけが触れるのならどうだとね?」
「はあ、いいですけど」
サリアノアがそう伝えると、櫟がちらりとエテルノを見た。
エテルノは変わらずいつもの、何というか余裕そうな表情をしている。
「わかった。サリアノアさん、君が嫌じゃないなら構わないです」
「そうですか。私としては、ええと、冴島さんが許可してくださるなら変な勘繰りもされないのでありがたいです。冴島さんがこの世界の言葉とか生活がわかる方が先決ですもからね!」
思わずニコニコしてそう伝えると、櫟が困ったような顔でじゃあさっそくと訊ねてきた。
「この世界で名前を呼ぶということは何か、意味があったりしますか?」
「そうですね。平民なら特に気にせず名前を呼び合うと思います。親しいものなら愛称で呼び合ったり。貴族となると名前呼びは、結構意味合いがあるかと思います。親しいものとか親族とか、信頼しているという証というか」
「じゃあ、良かったらなんですけど、いちいって呼んでくれませんか?」
その時だけつないでいる手がぎゅっと手のひらを強く握った。
「俺もサリアノアさんのこと勝手に名前で呼んでしまっているし、信頼している人がそばにいると心強いし……。駄目ですか?」
隣同士で座っているのに、背の高い櫟がまたもや伺うように俺を覗き込む。
だから、可愛いが過ぎるってば!
「はい、わかりました。じゃあ、櫟さんって呼びますね」
心細いのだなぁ、ふむふむ。
後は俺の隷属の輪以外は全部話した。
「今のところ、何か質問などはありますか?」
特にないとのことなので、次の説明を始める。
お城の方から言われているのは出来るだけ正式に王族と話す場を設けてほしい。また、大々的に公式発表したいということだった。
「俺からは公式発表はまだ承諾できない。王族との話し合いは、そうだなあ……。この世界のある程度の常識、歴史、多少の言葉。それ以外に知っておいた方がいいことって何かある?」
「ええっと、私のような能力については知っておいた方がいいですね」
「そう、じゃあ、それもある程度知れたら。どれくらいかかりそうかはそこの監視役の人に聞いてみて欲しいんだけど?」
言われた通りの事をエテルノに伝えた。
本物の通訳みたいには上手く行かず、同時通訳なんて器用な事はできない。
エテルノは俺の言葉だけ聞いているんだろうけど、櫟の言葉は届いていないから普通の通訳よりややこしい気がする。
それでも、櫟が焦らせるようなことはしてこないので何とかできている。
これが、王との話し合いだったら緊張せずにできるだろうか?
そんな心配をしていたら、エテルノがにこやかに質問をする。
「あなたはあちらの世界では、どういった職に就いていましたか? 勉学のほどは?」
「そうですね。何と伝えればいいのか。初等教育から始まり、基礎的な学問は納めました。それから、専門的なことを学ぶところへ行って。……まぁ、18年ほどは学ぶ環境にいたと思います。あちらでの言語はいくつか話せます。仕事はモノを売り買いする組織の上にいましたね」
「ふむ、そうであるのならそれほど時間はかからないでしょう。とりあえず、一週間やってみてから考えてみましょう。歴史、常識は言葉の勉強がてらサリアノア君に教えてもらい、魔法はこちらから教師を派遣しましょう。サリアノア君もそこは不得手だろう? 事故も起きやすいし」
賢い人がいるとサクサク物事が進むようで、サリアノアは通訳とともに教師役もやることが決まってしまった。
その後は昨日も来た医者がやってきた。
櫟の健康チェックをして、もう一人の異世界から来た使いの人を診ることになった。
彼はサリアノアの顔を見るとやはり大きく目を瞠って、苦しそうな表情をした。
そういう顔をされると俺は何で死んでしまったんだろうと、どこにも言えない気持ちが押し寄せる。
櫟が彼の横に行ってサリアノアの説明をしてくれている。
サリアノアが呼ばれたのでゆっくり近づいて、寝台の上で座って足を床に下ろしている彼のそばで膝をついた。
慌てた彼は立ち上がってくださいとサリアノアの肩を掴もうとするが、触れていいのか、触れるのが怖いのか手を宙に止めて目をきょときょとさせる。
いつも鋭い目つきだった彼がそんな顔をするのがおかしくて、悲しくて。
サリアノアは手のひらを上にして、手を差し出した。
触れた手先からメッセージを送る。
――私の名前はサリアノア・アフェット。あなたの名前を教えてくださいますか?――
「私は、藤代陶冶といいます。……私の名前に覚えはありますか?」
――初めまして。藤代陶冶様ですね。以後お見知りおきを――
「敬称などつけられていいようなものではないのです。名前など呼ばれるような……」
藤代の目に陰が映る。
そういえばそうだった。
将樹が名前を呼ばなかったのは、そう言われたからだ。
私の名前など憶えて頂かなくていいです。
敬称などお付けにならなくていいですと言われて、初対面みたいな人を呼び捨てするのは気が引けて呼ばなくなったのだ。
どうやら粗方の説明は櫟がしてくれていたようで、大人しく医者の診察を受けているのを見ながらほっとする。
昨日の感じからもっと、錯乱でもしているかと思っていたのだ。
元を知っている将樹からしたら昨日の彼は異常だった。
心配事が一つ減った。
彼が錯乱状態だったら、櫟一人に任せるわけにはいかないのでこの世界に彼の世話を頼るほかなかっただろう。
それほど賢くないのを自覚しているサリアノア、もとい将樹はあまり不特定多数と櫟たちの接触があると困る。
誰がどんな思惑なのかわからない。知らないと言っていいだろう。
今までは全部を拒否してきたらよかった。
誰にも微笑まず、怒らず、全部が同じ。
だが今からは違う。
誰を利用して、誰が利用しようとして櫟を搾取するのか見極めなければならない。
そのためにも恐らくセレットリクはサリアノアに敵方を篭絡せよ、と言ってきたのだろう。
無茶ぶりにもほどがあると思っているが、セレットリクはできないとは思っていないのだろうか。
サリアノアと発情期を過ごしているからそれなりに分かっていると思うのだが。
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