全然、まったく、これっぽっちも!

パチェル

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26 何の嫌悪感も示すことはない。

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「あのアルファ殿と食事をしてきたと宣ったと聞いた」
「え、いや、そんなことは」
「お前が何を食べたかは、王弟殿下から聞いている。どれも一口程度だろう。……私の手を煩わせたいか?」


 セレットリクが後ろに立って、俺を囲うように机に腕をついた。


「私にさせたいか? この温かい料理をその口に、最初から最後まで、手ずから選んだものを、一つ一つ、咀嚼して飲み込むまで、監視されて、食べさせて欲しいかと聞いているんだが?」




 机の上に置いてあったカトラリーをセレットリクが掴み、そう言う。
 いやいや、そんなせっかくの温かいおいしい料理を台無しにするようなことできません。それに監視するのはセレットリクが同じ席に着くときはいつもそうだと思うけど。


 とは、俺も言えなくてセレットリクが掴んでいたカトラリーを自分で掴みなおした。



「いいえ、滅相もございません」



 机の上にはどれも一口位で食べられる皿が並べられていて、カトラリーを手に持って眺めているとセレットリクが指をさす。


「あれは中に桃のソースが入っているそうだ」
「はい……」
「……お前はそんな細い体で、どうやって私との約束を守るつもりだ? あの肉を食え」
「でも、その、最近肉はあんまり」
「知っている。だが、アルファ殿の所では肉は食べたと聞いている」
「はい……いただきます」



 小皿の上で青菜の上に置かれ、ちっちゃく丸められた肉の塊を口に運ぶ。噛むと中からジュワっとソースがこぼれた。
 あわてて、手元のナフキンで口元をぬぐおうとすると先にセレットリクの指が拭った。


「どうして一口で食べるんだ。皿の上でナイフで切ればいいだろう」

 眉をしかめられ、そう言われる。
 一生懸命咀嚼して、飲み込んだ。


「ソースが入っているって聞いたので」
「いいか、お前の口はあの肉の塊より小さい。覚えておいた方がいい」
「はい」


 そして上から見つめてくるものだから、何か言われる前に適当に次の料理に手を運ぶ。次はナイフで切ることにした。食べ始めたら満足したのか、もう一つの空いている席に座った。ほっと一安心。



「お前は自分で思っている以上に浅慮だ」
「はい」


 浅はか、ね。知ってる。と、ひとくち。


「騙されやすく」
「はい」


 そうね。そんなに賢くないよ。経験済みとさらにひとくち、口に運ぶ。


「利用する価値がある」
「はい」


 次のひとくちはもう何も返事をしたくないので、かなり大きめのものを頬張った。
 一個一個区切って言うなよ。全部一気に話せとモグモグ。


「それにお前が気付いていない。サリアノア、お前は自分の利用価値をちゃんと考えてしかるべきだ。そしてもっと自分のことを気にかけろ。食わねば生きていけない。飲まねば生きていけない。お前はただ生きているだけだ。何の嫌悪感を示すこともない」



 もぐもぐもぐもぐ。

 そろそろ飲み込もうかという時に、セレットリクがグラスに水を注いで渡してくるものだからありがたく受け取って、飲む。


「さて、本日はあの異世界からのアルファ殿と話してくるのがお前の仕事だった。どんな話をしたか、なるべく正確に話せ」


 さっさと次の話題に移ってしまい、さきほどのはどういうことか聞くタイミングを逃した。
 しかも、胡乱げな目を再び向けられ。


「昼間みたいにいい加減に端折るな。思い出せる限り、話せ」



 根に持つタイプだとは思ってたけど、話す前からそう言われると端折りたくなるなあ。



 当然いらないところは端折って伝えた。


 ちゃんとセレットリクにとって必要な話はした。
 櫟の個人情報は櫟本人が漏らしたくないというようなことを言っていたので、彼の伝えたくないだろう個人情報は話さなかった。


 話が終わって、夕食もお腹に結構入って、苦しいころにセレットリクが促す。


「他にもあったんじゃないか? 話すことが」
「ええっと?」
「一緒に召喚された怪我人が目を覚ましたと聞いた。そう言う話も促される前に全て話せ。隠したところでばれそうな話はさっさと話せ」
「別に隠したわけでは」
「そうだな。私は確かにアルファ殿の要望を聞き出せと言った。そしてお前はそれを私に報告した。どこまで、何を話すか。それが誰の首を絞めることになるのか、誰の益になるのか。通訳がお前しかいない状況で伝える情報と相手を間違えるな。お前は最善の道を考え、選び続けなければならない」


 青い眼光が鋭く、俺を見る。


「いいか。お前を通訳として認めるという決定を今日、もぎ取って来た。誠に遺憾だが、お前の次の発情期の相手が数人、入れ替わる。私とは派閥違いのものの賛成を得なければならなかった。そのためにはあちらの派閥のアルファを増やす手伝いをしろとのことだ。さらに、その間にお前が妊娠すれば至高のアルファ殿とは間違っても子どもができないだろうと考えているのだろう」


 運任せにはなるが、数人、身ごもるかどうかは私にもわからんと言って、セレットリクが何枚か紙を見せる。


「一応、それなりの相手だ。うまくいけばこちらの派閥に巻き込めるかもしれんが。できるか?」

 どうやら、相手候補のリストのようだった。見たことある名前のような、無いような。ムムムと眉をしかめる。

「やることはやりますけど」
「お前が言っていただろう。誘えと言うなら誘うと。こいつらをできるだけ垂らしこめ」
「……やれるかわからないけど」

 あの時はああ言ったけれど、サリアノア改め、将樹はそれほどそう言ったことに詳しくはない。
 前世では櫟としかしたことがないし、こっちでは熱に浮かされるような性交しかしたことはない。
 そもそもお付き合いをしたことがあるのも、櫟だけだ。


 櫟とはああいったトラブルがなかったら話しかけもしなかっただろう。

 人を垂らしこもうと思って垂らしこんだことがない。


 できるかな? という不安な表情が出ていたのだろう、何故かセレットリクは鼻で笑った。


「それでもいい。あっちもお前を垂らしこもうとしてくるだろうからな。それと恐らく探りを入れてくる」


 次の発情期は随分ややこしいらしい。
 俺は発情期の記憶があいまいだから、探りを入れられて何か言ってしまうかもしれない。
 それはどうやって防げばいいのかな。

 ますます不安だ。


「お前のフェロモンを少しコントロールしろ。相手の理性をさっさと飛ばしてしまえばいい。お前の理性が飛びきってしまう発情期は必ず相手より早く終わる。あとはそれなりにはっきりしているだろう。それさえ乗り切れば構わない。多少おどおどしていようが相手はどうせオメガだと思っている。そこを利用しろ」
「はい」


 はい以外言うこともないから、大人しく返事して、お腹を落ち着けようとする。セレットリクは食後に話す内容のチョイスを見誤っていると思う。この間戻したのだって馬車のせいだと思っているんだろうけれど、違うかんな。

 お前の眼圧のせいだかんな。


 そろそろパワハラで訴えられると思うぞ。
 眼圧で。

 多分日本でも眼圧じゃ敗訴だろうけれど。そもそもパワハラってアメリカとかでもそう言う概念がないらしい。
 さまざまなハラスメントが生まれている日本で、メジャーどころなのに。

 そりゃこっちの世界でもないか。





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