全然、まったく、これっぽっちも!

パチェル

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23 余程叱られたいらしい。

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「サリアノアさん、お話し中にすみません。俺にも話をしてもらってもいいですか?」

 セレットリクの鼻息がかかるくらいの位置に手を差し出して、俺の方を伺うように見てくる櫟の胃の頑丈さにビビる。
 よく、これの目の前に手を出せるな。


 手のひらで遮られているとはいえ、その眼圧みたいなものがすり抜けている気がする。眼圧だけでも転移させることができるのかも。



 俺の前で俺が話すのを待っている櫟をじっと見る。


 櫟の前でオメガが奴隷契約……。いやいや、まずいな。この言葉の羅列はまずい。
 何か、ちょっと、ね。どう見ても危ない字面だ。



 まあ、ただでさえ奴隷みたいなもんだけれど。
 せめて社畜くらいで留めておきたい。


 俺は櫟の前に手を出して、ちょっと待っててほしいと伝えて腕を組んで考える。


 んー、つまり。セレットリクには俺を国に渡すつもりはないということかな?
 まあ、最高傑作らしいし。国とずぶずぶという感じの戦略じゃないっぽいし、適度な距離感を保つのがセレットリクの方針らしい。


 セレットリクは国に忠心を捧げているというわけではない。
 中にはそう言った貴族もいるけれど、セレットリクはどちらかと言えば自分の領地を守る方に特化している。そのためには国と良好な関係を結ぶというような感じだと思う。


 だから、人工オメガを作る技術を開発したが、それを国には教えていない。
 だから相変わらずそれほどオメガが爆発的に増えることもないし、アルファが突然増える事はない。



 だけれど制約の儀は国としかしちゃいけない決まりがあるからなあ。
 昔はそのまんま奴隷の儀と言われていたくらいだし。


 玉砕も怖くなくなる兵器が作れたらしい。
 今は、そうやって人を縛るとほかの国から非難があるらしいからあくまで自由意思で、公の前で儀式を行う。
 どういった契約で誓いをたてるか的なものをつらつら読み上げ契約する。


 俺がそこまで貴族のお勉強とやらをしていないのもあるし、賢くもないからセレットリク的には嫌なんだろうな。
 騙されるのとか一番嫌いそう。


 この俺が、騙されただと? とかで一生根に持って超長期計画を立てて復讐とかしそう。
 表では何とも思ってない顔して、計画立てそう。



 まあ、俺も国にいいように使われるのはごめん被りたい。
 今の生活でギリギリだから、これ以上新しいヘドロを加えると崩壊しそうだし。
 慣れで何とかやっているだけだからなあ。



「あ、じゃあ。あれはどうですか? 娼館の方が身につけている隷属の輪を付ければ? あれなら事前の契約書通りの機能しか制限できませんし、契約者を私とあなたにしてもらえればいいですよね。あとで証拠として提出もできるでしょう?」
「ちょっと、サリアノア君。君、余程叱られたいの?」
「はい?」




 いつの間にか俺の横の所にエテルノもやってきて見下ろし、そんなことを言う。
 確かに腕を組んで仁王立ちしているセレットリクは、微動だにせずに重い沈黙で俺を押しつぶそうとしている。

 そうやってされると眼圧がすごい。




 でも、他に方法なんてなくないか?
 胸のところが、ふつふつと熱い。


 視線を上にあげてセレットリクを見た。



「今日の所はこの話は終わりだ。このまま平行線をたどっていては埒が明かん。異世界からのアルファの方にもそう伝えろ。今日はそれ以外の要望などを聞き出せ」


 セレットリクはそう言って外に出ていった。
 エテルノはやれやれと「普通王族を置いていくかね」と笑っていた。



「今日の所は僕が怪しい所がないか監視しておくから、好きなだけ話をして差し上げて」




 僕のことは置物だとでも思って過ごしてくださいと彼にお伝えしていただけるとありがたい、と言われてしまえばサリアノアにはどうすることもできず、とりあえず櫟に手を差し出す。



 大人しく待っていてくれた櫟はためらうことなくそこに手を載せた。



「さっきの人、怒ってしまわれた?」
 ――いいえ、怒ってませんよ。彼はあれがデフォルトなんです。とりあえず私が通訳をするのは仮だと思ってください――
「何か不味い事でも?」
 ――いえいえ、これだけ大掛かりの国を挙げてのプロジェクトだと色々あるみたいです。メンツとか派閥とか?――
「そこは疑問形なんだね」
 ――実は私はそこら辺、不勉強だったので。今頃反省しても遅いんですけど――
「俺の言ったことは大体合っていたかな?」
 ――そこはちょっと濁してもいいですか?――
「それと猿ってこの世界にいるかな? 人間の進化的にどう見ても俺達って同じ祖先だと思うんだけど。これ元が猿じゃなかったらこの世界の進化論が切実に気になってくるよ」
 ――この世界では神の姿に似せて作られたとなっています。こちらにも猿と言われる生き物はいますよ――
「なるほど、じゃあ、祖先は違うかもしれない?」
 ――どうでしょう? セレットリク、えっとさっきの怒っていたあの人は猿みたいに盛るのか敵なことを言っていたんですけど、そういった点では否定できないなとか思うので祖先は一緒かも知れませんね――



 二人で目が合ってくすくすと笑う。ふとここがあの頃の居間のように錯覚してしまったのだろう。
 あの頃のように話してしまいそうになる。



「あそこで見張っているのがエテルノ王弟殿下だったよね」
 ――そうですね。その、今日はどんな内容を話しているか知りたいそうなのです。できるだけ私も声に出してお話ししたほうがいいみたいで。そうなると、こうやって伝えるより少し時間がかかります。頭の出来がそれほど高性能ではないので、変なことを口走らないようにしないといけないもので。いいですか?――
「もちろん、お手数をおかけしているのは俺だしね。変な事って例えばどんなこと?」
「それを口に出しては台無しでしょう? では、今からはご要望をお聞きしてもいいですか?」



 サリアノアが手にした食べ物には同じく手を出し、飲食物を口にしたのを見てエテルノはほっと一息をついた。



 ようやく口にしてくれた。
 自分が毒見したものを出してもその器の中身が減ることはなく、今日口にしなければ無理やりにでもほかの人が突入していただろう。
 そこを何とか、押しとどめていたのはエテルノである。


 本日の目的は事の説明と、異世界から召喚したアルファ殿の体調を見る事、できれば食事をして欲しい。もっといえば名前を知りたいのだが、それは十分楽しそうに話している二人を見ればできそうかなと観察をしていた。







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