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22 ちゃんと端折ったじゃん。
しおりを挟むセレットリクは俺じゃなく、櫟の方に顔を向けてゆっくり瞬きした。
「バース性の勉強はなされたことがあるのか、そもそも、そちらではそういうことはお気になされないのか? 節操なしばかりの世界からいらっしゃったのならわかるが、そうではあるまい」
そして俺をちらりと見て、次に櫟の姿を改めるように見る。
「まさかあなたも言葉のお分かりにならないそこらの猿と同じなのですかな? 見ず知らずのアルファにみすみす傷をつけられても困る。あなたが娶れらるわけでもないのに」
珍しくセレットリクがつらつら話す。
え、これを俺が伝えなくてはいけないのか。
と、言葉を発せないでいると櫟がクスクス笑った。
「どうやら、君のご家族の方かな? 随分心配されているけれど」
言葉は違うが空気で反対しているのがわかったのだろう。
多分、櫟が想像している心配とセレットリクが思う心配は種類が違う。櫟は俺が番の作れないオメガとは知らないわけだし、俺に人権がないのを知らない。
セレットリクは普通に自分の商品の心配だろうと思う。
あれ、でも。
その方がアフェットにとってはいいのではないだろうか。
強いアルファの子どもも生まれるかもしれないし、一度セックスしたら、櫟は面倒見がいいから適当なことはしないと思う。それなりに庇護欲が湧くかもしれないし、王家とのつながりも強くなるかもしれないし、血統書に箔がつくんだからいいじゃないの。
「サリアノア、君は顔に出ているよ」
「え?」
エテルノの指摘に思わず自分の顔に触れるために手を離すと、櫟がまたクスクス笑う。
「こんなに笑ったのは久しぶりかもしれないな」
なんて不穏なことを言うので思わずそれにも、えっ!と返してしまう。
「きっと、猿のようなアルファとは二人っきりにはさせられないとかそんなこと言われた?」
「え!」
櫟は俺の手を取りながら二人の方を見る。にっこり笑った。
「この世界にも猿はいるかな? 通じている? 」
櫟は失礼と言って、椅子を動かして俺との距離を縮めた。
肩と肩が触れ合いそうなくらい近い距離。
こうしたほうが手が疲れないでしょう。少したくさん話しますねと櫟の膝の上に二人のつながれた手が置かれた。
いや、まあそうだけど。
呆れたようなセレットリクの顔が思い浮かぶので、とりあえず目の前の紅茶でも見ておくことにした。
「あなたたちのようなオメガの扱い方をしている国の方が倫理的におかしいのではないですか? そもそも、言葉は違いましたが、端的に言えば繁殖用に私を呼んだのでしょう? だったらオメガも同じように扱ってらっしゃるのでは? 人を人とも思わない所業をしている国に力を貸すつもりは毛頭ないですが、それはあくまで私の今の憶測であり、何の確証もないから譲歩して、まずはこの世界のことを教えていただきたいと申したのです」
にっこり喧嘩売ってる。櫟……。さっきの土下座のことを根に持っていたのか。
えらく長い脚を組んで俺の手の甲をひと摩り。
櫟もバース性で苦労したからなあ。こういうのは見るのも嫌なんだろうな。
バース性さえなければ家族と縁を切るようなことだってなかっただろうし、アルファだからという枷もなかったはずだ。
「かといって、私も鬼ではない。話を聞くだけ聞きましょうと言っているのです。私がどう見えているのかわかりませんが、私は彼から話を聞きたいと言っているのです。心配なら人を付けてくださっても構いません。どうせ言葉がわかるのは、彼以外にいないのですから。さあ、サリアノアさん。今の言葉を好きに伝えてくださって構いませんよ?」
ええー、いやだなあと思いつつも端折って伝えたところ、セレットリクが苛立たしそうに俺を睨む。
なんで、俺を、見るの。ちゃんと端折ったじゃん。怒りそうなところは端折ったじゃん。
やんわりオブラートと貴族のお上品な言葉で包んで伝えたのに。
無言の圧で俺を見て、俺も負けじと視線をそらさないでいたら。
「他にも言っていただろう」
とか言う。何だろう、何か疑われているのだろうか。
「長かったので、ちょっと」
「なら伝えろ。言葉がサリアノアしか通じないということがどれほど、不穏な事態を招くか、賢いあなたにはお分かりにならないのだろうか、とな」
何かさっきから俺の話ばっかで嫌なんだけど。セレットリクが変なマウントとり合戦してる。
やっぱりあれか。
自分の商品を好きに使われるのって嫌なのかな。
「それは、伝えなくてもいいんでは、ないですか?」
思わずセレットリクに口答えをしてしまう。セレットリクは相も変わらず俺を見る。
「言葉が通じないなか、お前とその方が仲睦まじくなった挙句に一切協力しないなどと言ってみろ。そそのかしたのはどこの淫乱なオメガかと言われていいのか?」
それは今さらだ。
さらにいうと、そんなに気にならない。
何故なら、そこに関しては俺はなにも悪いことはしていないのだから、恥ずべきことではない。
それより、父親と関係してると思われる方が俺的には吐き気がする案件である。ので、別に淫乱な性悪オメガと言われようがへえーくらいなものだ。
が、しかし。セレットリクの心配していることがわかった。
要は評判だ。
「確かに、浅慮でした。謀反の意思ありと思われてはさすがに不味いですものね」
セレットリクの家が御取り潰しになることもあり得る。何ていったって国をかけての召喚だ。
歴史上、傾国のオメガがいたこともある。
さてどうしたものかとサリアノアが考えているのを、呆れた目で見ているのはエテルノである。
サリアノアが置いてけぼりになっている異世界からのアルファに事情を話しているのを横目に、セレットリクを小突いた。
「君さぁ、もう少し言い方ってものがあるんじゃない? 可哀想じゃないか」
「別に構いません。あれは、もう」
「まあ、いいけれど。君ほど可愛げのある男を私は知らないよ」
「寒気がするようなことは仰られない方がいい」
そんなやり取りをしている中、またサリアノアが何か思いついたようだ。
「あ、そうだ」
と指を鳴らしている。いい思い付きだといいが。
「制約の儀をすればいいのではないですか? 私が国に対してっ」
セレットリクがサリアノアの空いている方の手を取った。
「お前、奴隷にでもなるつもりか」
「いや、そうじゃなくて」
「国に対してどういった契約をするつもりだ? 謀反の意思をなくすか。忠義を示し続けるとでも契約する気か?」
「そこまでじゃないけど」
「あれはそんなに便利なものじゃない。迂闊に使えばお前が使いつぶされる」
一文ごとに眼前に迫りくるセレットリクが怖くて、少し怯んだ。
圧の塊。胃がキリキリしてくる。
すっとサリアノアの目の前に手のひらが差し出された。
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