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15 俺は祈っていない。
しおりを挟む俺の部屋と少し似ている作りになっているのだなと、そこでふと気づいた。
硝子が一面にはめ込まれ、その透明度は随一だ。
恐らくとても高価なものであるのだろう。
サリアノアの部屋の天窓はもう少し小さいし、ガラスもここまで透明ではない。ちょっとボコッとしているから光がまろやかになっている気がする。
周囲を囲むように人々が並び、その石舞台や天窓を見ている。
それなのにセレットリクはサリアノアを腕に囲み、そこから離れるように一番出入り口に近い壁際に移動する。
まるで踊っているときのように流れるように舞台から遠く遠くへ行こうとする。
サリアノアは一度だけ、セレットリクと踊ったことがある。
デビュタントというものをご存じだろうか。
一生懸命、踊りを練習した。
デビュタントでは父と踊ると聞いたからだ。
その時になれば父と会えるのかと幼い俺は思ったわけで。
結局、発情期が来たその年にセレットリクと踊ったが、色々な感情でちゃんと踊れなかった。
この人は貴族でアルファだからだろうか。
踊りも上手くて、俺のミスをカバーしていた。
すごいなと思ってその後話しかけたけど、華麗に無視されて、話しかけてきた違う人と踊りに行ってしまったので俺は壁に一人張り付いていた。
サリアノアは目の前に丸い大きな柱がある所から動けないでいる。
この柱にはツタが彫られていて、そこを小さな妖精が両手を上げて降りてきている。
楽しく降りているのか、何かから逃げているのかよくわからないけれど。
その羽を使って飛べばいいのにと思った。
ということは楽しんで降りているのかなんて考えていた。
中央に王族が集まり、何か言葉を紡ぐ。
神に祈りを捧げよ。
そう言ったのが聞こえた。
そこに集まっていた人々がある者は胸に手をあて、ある者は両手を胸の前で組んで目を瞑り祈りをささげる。
魔術師たちが言の葉を紡ぐ。
古の言葉は学んでいない俺にはわからないけれど、ひどく美しい旋律で歌っているようであった。
それが悲しい音に聞こえた。
俺の頬に指が添えられる。
全員が目を瞑っているのかと思ったが違ったようだ。
俺ともう一人。
神に祈らない奴がいた。
セレットリクが俺の頬をかすめるように人差し指で撫でた。こいつは時々、こういうことをする。
むやみに触れる。そして、困ったような空気を出すのだ。困っているのはこちらなんだけどね。
「それは、どういう意味だ」
小さな声で聞かれたが、それ、が何かわからず首をかしげる。
セレットリクは目を瞠り、また前を向いた。
「お前は祈るのか」
目線だけこちらに遣り、そう言われた。
何に何を祈ればいいのか。
そもそも何をしているのかわからないので、祈る理由もわからない。
この人が求めているものがいつもわからない俺は、同じように前を向いてそれを見ることに専念することにした。こういう時は返事をしなくてもこの人は怒りはしない。もともと求めていないのだろう。
祈りが進むと、中央に光が集まる。
青や白や黄色。たくさんの光が集まり眩しくなってくる。
目に光が焼き付いた。
眩しくて目をぎゅっと瞑る。光が瞼を通して流れてくる。
風が通った気がした。それが懐かしい音に聞こえて、一瞬どきりとした。
その風が切ない響きを持っていたから。
一気に湧いた歓声が耳をつんざく。
思わず耳を塞いでしゃがみこむとセレットリクが胸に抱き込んだ。
まだ目に焼き付いた光のせいで目がぼんやりしている。
耳もうるさくて何も聞き取れない。
わんわんと音が反響するから脳みそが揺れていると勘違いする。
成功したという大きな声。
王が一言、静まれと言うと一斉に静かになった部屋に反響音がする。
王が中央の石舞台に近づいていく。
靴音だけが響く。
中央にいるのは微動だにしない男。
サイズの合った高級そうなスーツを身にまとって、片手に人をぶら下げて、目の前に近づく人間を睨みつけている。
その怒りのフェロモンが周囲にも分かったのだろう。耐えられず膝をつくものがいた。
でもサリアノアは立ち続けた。
久しぶりに自分から身を捩って、セレットリクの腕の中から出た。
あのネクタイの柄までは見えないけれど、きっとあれは深海魚が描かれているんじゃないのか。
中央に進む王の足取りが遅くなる。魔術師たちも魔力を使い果たしたのか頽れる者もいた。
そこでざわざわと貴族たちが囁き合う。
ついに召喚できた。
神が祈りを聞いてくださった。
まさか、まさか。
お前も?
お前もこの世界のアルファを生み出すために、利用されにやって来たのか?
俺とは違い、命あるうちに呼ばれたというのか。
お前、その血はどうしたんだよ? 彼の頬に血がついている。
実験を繰り返し、生み出せたのはオメガかベータ。
どうしようもないから人工オメガに産ませているのに。
さらなる力を求めて神に縋った。
彼らは至高のアルファをねだったというのか。
彼は病気になるほどの強い遺伝子を持つアルファ。
病気が治ってしまえば人類で最も輝く、最強で無敵のアルファになるだろう。
画面で動いているのは見ていたけれど、病気の予後は聞けていなかったから。
凛とした立ち姿に、見惚れる者もいる。
「病気、完治したんだ」
セレットリクの腕が伸びて俺を捕まえる。それが気にならないくらい彼を魅入る。
まさか、まさか神に縋って連れてこられたのが俺の元夫だとは思うまい。
しかも、優しそうな瞳を絶対零度に凍らせている。
凛々しい眉毛、つやっとした黒髪もこんな状況だと言うのに乱れることなくオールバックでまとまっている。
すっと通った鼻筋にくっきりとした二重瞼が閉じられることはない。
睨みつけるように周囲を見ている。
周囲は気付かないのだろうか、彼怒ってるよー、え、怒ってますよね。無暗に近づかないほうがいいんじゃないのかな。そんな腰に剣なんかぶら下げて近づいていいのだろうか。
彼は野生の手負いの獣のように、周囲を警戒していた。
しかも彼は一人ではなかった。
サリアノアは驚く。
一緒に使いの人連れてきてるじゃん!
ぼっこぼこなのだ。
遠目からでもわかるボコボコ具合に大変そうな状況なのだなと思った。
何があったのだろうか。元夫の全身をよく見る。拳からぽたぽたと血が落ちて、靴の先もよく見れば汚れている。石舞台の上にいると血がよく目立つ。
頬にも、よく見ればオールバックにした髪の毛にも。
マフィアとかジャパニーズマフィーア的な雰囲気をちょっと醸し出していやいませんかね。職業変えたの?
よく見たらちょっと老けたな。それはそれでかっこいい。会えるはずのなかった未来の夫君。まあ、時間が経ったということだ。
きっと俺がいなくなってから幾月か流れたのだろう。
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