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14 だから、終わらせられない。
しおりを挟むセレットリクが俺の肩を叩く。
どうやら呼ばれていたらしい。
何も言わずそちらに視線をやる。
「呼ばれた。少し外す」
「はい」
俺がついて行ってはいけないということだ。
大人しく人込みの中に、埋もれないように壁際にぴったりと寄り添うように立つ。
後は話しかけられても、何とも言えない顔をしてスルーする。
いつもは壁の模様とか見ていたら、眠くてやばくなって時々外の風にあたりに行く。
だが祈りの間では俺に話しかけるような人はいなくて、少し異様な空気が漂っている。
皆、何かを待っている。
そわそわしているような。
そういう空気。
思えば、オメガもちらほら見える。
一体何があるのだろうか。
また項がじくじくと痛みを訴えてくる。
こう思うとアルファの血液は毒みたいなものだ。
俺の体を支配したくて、痛みを与えてくる。
オメガを番にする血液が、こうやって痛みを与えてくるから痛み止めの類の薬が効かない。
番にしようと体内に侵入して、結局変えられない。
しぶとい痛みに俺はうなじを噛むのはやめて欲しいと、頼みこんだ。
無論セレットリクにだ。俺のお客様には首を噛むのはやめて欲しい。無意味な行為だからと訴えた。
頼むとやはりそれなりに気を使ってくれるのか、噛まない人ばかりだけれど。
やはりアルファの性なのか、たまに噛んでしまって謝られることもある。
今回の人は頼んでも意味がなかった。吸血鬼とがグールとかの類なんか、お前、くらいに噛まれた。
痛くて唇をかみしめて耐えていたから、ラーノに口紅を濃く塗られたんだぞ。
痣になっておられます。どうされますか?
と化粧が苦手なのを知っているラーノはわざわざ聞いてくる。
できた専属使用人なんだよな。
あいつは化粧なんかしないのに、俺の化粧はパパパとやってのける。
痣も隠すのも上手いよ。
「やあ、久しぶりだね」
「……」
ぼんやり天井に彫られている星図を眺めていると声をかけられた。
特に声も出さない俺にニコニコと絶やさぬ笑みを浮かべているのは、俺の数少ない知り合いである。
そしておそらく俺ともそういう関係になったことがある人物だと思われる。金髪碧眼の美丈夫だ。
俺個人に、蔑む言葉もなく、セックスのお誘いなしに話しかけてくる珍しい相手である。
俺は子どもを産んだと同時に、記憶をいじられている。
子どもは貴族の子どもになるので、俺が覚えていると都合が悪いのだ。
だから俺は抱かれた記憶はたくさんあるけれど、それが誰かなのか記憶の像を結ぼうとすると途端にぼんやりしてしまう。
あまり接触もしたくないだろうに、こいつは変わり者なのか。
こうして俺がいると声をかけてくる。
初めて会ったときに久しぶりと声をかけられ、いつも通りの対応をしていたら、もう一度声が聞きたかっただけなんだ、とニコニコ。
意味深な流し目をして「もう、会いたいって泣いていないのかな?」と言われ。
ああ、この人はいつかの俺の相手だったんだなと思った。
俺のうわ言のような、嬌声の合間に零されるどうにもならない願い事を出されて理解した。
だからセレットリクがいない時に話しかけてきたんだ。
この人は俺の産んだ子どもをちゃんと育ててくれているのだろうかと身なりを確認していると、おかしそうに笑われた。
「会わせるのはご法度だからね。ぼくの子どもは無事に4歳になったよ。君のおかげだ」
俺はテレパシーでも出していたかと、口を手で押さえると声を出して笑われた。
それ以来、話しかけられる。なかなか初期のお客様だったらしい。
「今日は来てくれてありがとう」
「あんたの招待だったんだな」
「まあ、僕からの招待というよりは、前から決まっていたことだともいえるね」
よくわからない返しをされて、貴族的な言い回しで上げ足を取られるのも困るので、ふーんとも、へえとも何とも言えない音を出して会話を強制終了する。
俺は匂いはわからないけれど、相手が強いアルファならそのフェロモンが影響を与えることはある。
この人は強いアルファなのだろう。
本能が逃げたくなるから。
セックスの間の相手の顔を覚えられないから、俺は一体何人を相手にして、一体何人の子どもが無事に生まれたのかよくわからない。
発情期が来て、子どもが宿ったらその相手と発情期じゃない間も過ごさないといけない。
でも、発情期がまた来てしまったら、その機会は次の予約客になる。
確かにこのお腹が膨らんだ記憶もあるような気もするし、痛い思いもした気がした。
そろそろ、寿命なのかもしれない。
自分のポンコツ具合にそう思う。
もしくはそうあってほしいという願望か。
前ほど、シャンデリアがきれいだとも思わないし、本を読んでいても心が動かない。
セックスの相手がひどいことをしても空っぽの心に風が吹くだけ。それを誰に言うことも無くなった。
セレットリクに腹が立つことも無くなったし、抵抗もしなくなった。
あんまりお腹が空いたという気持ちにもならない。
涙も出やしない。
どうして俺は今世もオメガなのか。
だってできる気がしないんだ。
せめて記憶を消してくれればよかったのに。
俺はお前以外と番えない。
お前の匂いが俺の記憶から消えてくれない。
探しても見つからないものを、探してしまうこの性を、恨んでしまう。
全然、まったく、これっぽちも。
幸せじゃない。
幸せじゃなかった。
そう言ったら、お前はどう思うだろう。
だから、俺は俺を終わらせられないのかもしれないな。
「おおっと、そろそろ準備ができたようだね。セレットリクが戻って来たよ」
俺と似たような色の男が戻って来た。
さっきまで俺の横にいた男、エテルノ王弟殿下は俺の肩を叩いて去り際に声をかけた。
「君の願いをかなえようじゃないか」
その背を見送る。返事はしない。
あの人はそれでも笑っている。
俺の願いは俺にもわからないのに、何を自信満々で笑いながら去って行けるのだろうか。
ちょっと気障だよな。王族ともなるとそう言う所作になってしまうものなのだろうか。
セレットリクが力強く先ほど手を置かれた肩を掴み、その腕の中に俺を収めた。
白い石造りの部屋は、ろうそくの明かりでその眩しさを少し隠している。
日中であれば目がつぶれるんじゃないかと思う。
その中央に石舞台があり、天井は大きくくりぬかれ夜空がのぞく。
きらめく星も前よりずいぶん遠く感じた。
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