全然、まったく、これっぽっちも!

パチェル

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11 サリアノア・アフェット。

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 怖い。と伝えても。
 ここはどこと伝えても。
 皆、首を振るだけ。


 後は勉強をさせられた。
 この世界の成り立ちだったり、現状だったり。


 それで初めて発情期が来た15歳の時に父と会った。
 というかあれが父親だと聞かされた絶望は半端なかった。
 よく見る男の人が父親だったなんて誰も知らせてくれなかった。
 まあ、俺も気付けよっていう感じなんだけど。色が一緒で、唯一俺と話す相手。

 そりゃ、俺の持ち主に違いないわけで。



 は?

 部屋で、は? というハテナを飛ばしていた俺のところに父が来て。


「早く服を着なさい」


 と言われ、肩に手を乗せられ。その手が所有物を扱う手つきだった。
 そう言うことかとストンと腑に落ちた。


 ここのオメガは俺が生まれるよりもっと前のもっともっと前の、オメガの扱いだということがわかった。
 しかも、人工オメガだということも医者から聞いた。


 だから、誰とも番にはなれない。
 今世の俺はそれをこれ幸いと、余生のような生き方をしているのかもしれない。

 

 更に、俺は鼻が効かなかった。


 フェロモンの匂いがわからないのだ。
 医者が言うには、匂いがわからないだけで反応はするということだった。
 実際、隣で話を聞いていた俺の所有者の威圧のフェロモンは効いたのでそういうことなのだろう。

 父親はそう聞くとそうか、と言った。
 なら、拒絶反応もないわけか。と一言。



 匂いの相性が、俺からは計れないということだ。


 人工オメガなうえに、欠陥オメガ。
 まあ、匂いがわからないのは好都合だとは思った。父親もそう思ったんだろう。


 そんな俺にも18歳になった頃には専属の使用人がつくようになった。
 お仕事を正式に始めるようになったからだろう。


 精神年齢は前世からの引継ぎもあってか結構大人なので耐えられているが、少しでも精神を安定させようとでも思ったのだろうか。
 まだちっこいその子は、週に一回くらい来て、何か入り用のものはないかと聞いてきた。
 それに俺は特にないと返事するだけの関係だった。


 そのころには、軽く人間の情緒を失っていたんだと思う。面倒くさい思春期も来やしなかった。
 反抗する相手がいないのだから、どうしようもない。
 話しかけても話しかけても誰も返事しない。
 必要最低限の声しか発さない。


 それを何年もやってみてみよう。ぽきりと折れてしまった。
 最近はめっきり表情筋が動かなくなったと思う。


 ただ、心の中で一人語りするのは格段に増えた。
 窓辺にやってくる小鳥くらいが俺のまともな話し相手。



 いるものは何もない。

 ただ、生きているだけなのだから、いるものなどあるはずがなかった。





 しかも面白いことに、人工オメガは公然の秘密だった。
 この国だけで生み出された俺は、公にはあの人の子どもで、貴族の一員。
 だから最低限の教育はされるし、身なりも整えられる。
 公式な行事とかには出るし、多分そこで次の俺のお客さんが決まっていたりするのだろうけれど。


 俺から生まれた子どもは、どこかの貴族の子ども。
 貴族だけが優位に立ちたいがための道具。
 他国に知られたら批判があるのかもしれない。
 もしくは技術を奪おうと争いが起きたりして、危険になるのかもしれない。



 だから、貴族たちは誰も口を割らない。
 それなのに、俺を蔑む。



 それが今回の俺の人生だった。


 公然の秘密の公然の蔑んでいい存在。

 本当、よく生きていると自分でも思う。



 ただ一度死にそうになった時に、人の目があって死ねなかっただけだともいうが。
 いっそ俺の自我ごと奪ってくれたらよかったのに。


 ロボットが羨ましい。


 そうして今日も目を瞑って、夢の中に逃げ込む。



 知ってる? 今の俺のよすがと言えば、あの頃のお前の笑顔だけなの。
 ごめんね。でも別にいいよね。来世で異世界。



 お前に迷惑かけてないし、知られることもないだろうし、生きていくのに必要だからさ。
 夢でだけはあのころの気持ちを反芻させてよ。








 名前が呼ばれた。
 主に寝台の上でしか呼ばれないその名前は、耳に入ると思わず眉をしかめてしまう。
 振り向きたくない。


 ベッドの上で寝返りを打って、自分の爪を見る。引っ掻いても傷もできないくらいの長さをキープしている爪。
 もう一度呼ばれる名前。


 が、それが今の俺の名前なのだから仕方がない。
 笑いながら俺の名前を呼んでくれる人はいない。
 それが寂しいだけで、いじけているだけかもしれないし。


 俺はこんなにもいじいじ、うじうじ? していたっけか。





「サリアノア様。やはり、またお痩せになられましたか」
「そう、かな? 別に気にしないでしょ。だれも」

 来ている服の袖をぐいっと捲ると、留まらずにするすると落ちていく。



「そういうわけには」


 ああ、ごめんね。俺を抱く相手は気になるかとは心の中だけでつぶやく。この子に言っても仕方がない。
 父親に言うのももうやめた。


 言った後の、無言の圧が重すぎて死にそうになるから。最後にそういうことを言ったのはいつだったか。
 たくさんたくさん言ったけど、意味なかった。


 あの人は終始無言で。
 一つ、溜息をついた。



 ただ、その時に発情期が突発的にやってきて、雪崩れるようにセックスをしたことしか覚えていない。


 そういえば、そこから感情を穏やかにさせようと努めるようになったな。波を立てないほうがいい。波が立つと落ちた時に大変なことになる。



 目の前の専属使用人は恐らく身分がそこそこある人間だ。
 所作がちゃんとできている。肌つやもいい。今では、毎日俺の世話をしている、この子は貴族だろう。貴族の系譜にも詳しいし、行事ごともちゃんと意味合いも含めて知っているし、俺の所作がなっていないとちゃんと指導してくれる。

 今や、この子が家庭教師のような気もしてくる。もう、家庭教師に学ぶ期間も終わったので前より暇になった。
 だからか、学んだことも時々ポロリと落ちていく。


 それをこの子がフォローするものだから、時々先生と言いそうになるのをこらえることがある。賢いんだよなあ。

 恐らくこの家の人工オメガについての技術を秘匿できる家から引き取られたかして、俺につけられているのだろう。


 彼は人工オメガであってもしっかり、貴族の一員として俺を扱ってくる。
 毎日調子を伺うし、傷はすぐに治される。朝晩のリズムが狂わないように発情期以外は眠くなるような香をたかれたり、朝もちゃんと朝に起こしてくれる。
 それがいいか悪いかは置いておいて。








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