全然、まったく、これっぽっちも!

パチェル

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4 よくあるような、ないような。

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 凭れて上を向くと、ニコニコ笑う夫と目があった。
 温かいなあ。



「そう、かなあ?」
「いつか言ってたでしょ?  発情期が明けたとき、親御さんも窶れてるような気がするって。あれね、何となく食欲湧かなくなるんだって。君がいない食卓で食べるご飯が美味しくないって。だから、今頃おんなじ顔して、泣いてると思うよ」


 いつの間に俺が聞けないようなことを聞く仲になっていたんだって驚いた。


「な、泣いてない」
「強がってるの間違いか。泣いていいから、家族はもう一人ここにいるから」


 それで、そのあと気がすむまで泣かせてくれた。

 めっちゃ、かっこいいな。俺の夫。俺の家族。




 ……ちょっと、まて。何だか惚気話みたいだな。
 こ、こえー。俺、惚気話だけはしないでおこうって前世で誓ってたのに!


 もう、振り返ることしかできない過去って、人をこんなにもセンチメンタルにさせるんだな。
 とりあえず、こうやって振り返るとやっぱり結構幸せだったんじゃないかなーと思う。





 ただ、後悔もたくさんあったわけで。
 今でもどうやれば、どこの選択肢を正しい方にすればよかったのかわからない。何度も何度も、思い返すよ。



 それは幸せだったから? それとも不幸せだったから?

 胸がこんなに痛くなるのはなんでなんだろう。







 結婚五年目、俺たちの間には子どもはいなかった。
 ちゃんと生活に責任がとれるようになってから子どもを授かりたいという話になったからだ。


 夫がそう言うのにも訳があった。
 夫は疾患を抱えていた。



 体が丈夫なのが売りじゃないのか、アルファってのは! って夫が一番言いたかったんだろうなと思う。


 オメガにはオメガで、差別された歴史があって。
 アルファはアルファで優性思想の犠牲になってた。


 要は、家柄が重視されてアルファを産み繋げろ的な思想だ。
 そのうちどんどん強いアルファができていって現代になった。血のつながりが濃くなればなるほど強いアルファも増え、血が濃くなるということの弊害も増えた。



 片寄った思想は、家柄のよいオメガを求めた。孕むために使い、それ以外のオメガは玩具だった。アルファを産めば御の字。オメガを産めば売られ、利用され。


 同じような家柄で交配されたアルファは、番を求める機会を奪われることさえあった。


 自然の摂理から外れた、人間の行いはひずみを生んだ。


 彼らのフェロモンは強すぎた。強くなりすぎたのだ。



 強い、賢い。

 それが行きすぎると肉体が追い付かない。
 フェロモンが臓器に異常をもたらすようになった。


 これは家柄が良い家ほど出る疾患で、長い付き合いになる病気だ。
 幼い頃からフェロモンが強く出ると、体が間に合わず疾患となって現れる。

 薬を長期にわたって使用しなければならず、普通のアルファのように仕事をこなせば体に不調が出る。
 無理をすればするほど他の臓器に影響が出ることもある。


 だから、夫は私と同じように抑制剤を使用している。
 アルファと言えば高給取りと思われがちだが、そうでもない。


 まあまあ、ほどよく忙しく。
 土日はしっかり休もうか。

 それがモットーののんびりな生活で。

 葬式の時に怒って倒れたのも、血が濃すぎるがゆえだ。



 だからこそ夫は子どもに責任が持てないといった。
 自分に自信のないアルファなのだ。


「俺が病気になって働けなくなったら君一人に負担が掛かってしまう。そんなのは嫌なんだ」



 と弱音をしっかり吐いてくれた夫にはすごいなと思わざるを得ない。

 俺はあんまり弱音を吐ける方じゃなかったから、弱音を吐いてもらえるのがこんなに嬉しいのかと、その時思ったからだ。
 そして俺も思った。


 俺も言うぞ! 弱音!

 って思ったけれど、夫との生活に不満はないし、仕事の愚痴ぐらいしかなくて、結局あんまり弱音が吐けなかったな、なんてこともついでに思い出す。



 二人でもう少し時間も生活も余裕ができて、病気のことも余裕が出来たら考えてみよう。
 そういう結論になったのだ。


 俺としては授かりものだから、そこは天命に任せるつもりだったのでそこまでしっかり考えていたのか。と恥ずかしくなった。



 だから、子どもがいない人生だったけどそれは後悔のうちには入っていない。

 授かりものだからね。

 想像はしたけど、夫がちっちゃくなった感じの赤ちゃんってどんなだろうとか、そんくらいのやつ。
 可愛いと思う。手足がちっちゃくて人間の神秘。

 でも、それは世界中のどこかで生まれている奇跡だから、俺のところで起こらなくても別にいいやつ。












「ただいま電波の届……」


 結婚五年目のある日、夫が帰って来ない日があった。
 それはこの5年間。出張以外にあるはずはなく。遅くなるという連絡があったので、待たずにその日は一人で寝た。


 起きても夫のぬくもりがなく、不思議に思って朝から家じゅうくまなく探した。
 と言ってもその捜索もすぐに終わった。そんなに広くない家だから、帰ってきたらすぐわかる。匂いがしない。
 いないと気付くものの一つに匂いがある。
 ちょっと薄くなって、寂しくなる。
 こういう時、自分はオメガなんだなと感じる。


 お前がいないときは匂いで我慢してやるよ、と出張の度に服をねだった。

 でも、今日はちょっと遅くなるだけのはず。



 両親のことが脳裏によぎって頭を振る。
 震える手で自分のスマホを手にとった。


 スマホにかけるがつながらない。会社にも電話したが、出勤していないと言われた。
 自分の仕事もあったが休んで警察に行こうと、外に出たところで声をかけられた。




「はい?  何か? ちょっと急いでいて」


 眼鏡の背の高い、髪の毛をオールバックで固めた目付きの鋭い男性が立っていた。
 そこで告げられたのは夫が病院にいるということ。


「は?」
「帰宅途中に発作が起きてしまい、その時に事故に遭ってしまいただいま手術中で」
「手術って!?」
「命も危うい状態で、協力していただきたいことが」


 様付けで夫の名前を呼ぶ明らかに怪しい男の言うことなのに、すぐに信じた俺もバカだったのかもしれない。
 話を聞いてすぐに承諾した。促されるまま車に乗って病院へ向かった。



 そこで受けた説明は、混乱した頭だったけれど理解はできた。
 臓器移植のためのドナーとなってほしいとのことだった。



 夫の臓器はそこまでギリギリだったのかと、どうして話してくれなかったのかとやるせない思いがこみ上げた。



 でも、悔しがるのも怒るのも、悲しむのも全部終わってからにしようと思った。



 助かってからだ。そうじゃないと冷静に話なんかできなさそうだし、喧嘩なんかしたくないし。なんて助かる未来ばっかり想像していた。



 血族間でない場合、拒絶反応も起きやすい臓器移植だが、番になった時それが極端になくなるという。
 体の中の細胞が異物ではないと判断して拒絶反応を起こさないらしい。



 おおっ!  なんたる幸運! 俺たちは番契約をとっくに済ませているので、ラッキーとばかりに俺はその話に乗った。





 
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