確かに俺は文官だが

パチェル

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第5章

前途多難なことが多すぎるが、それでもやるつもりです25

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 一瞬空間がグニャリと歪んだように見えた。目が誤作動を起こしたと思いきや、ずるずると人が現れた。
 普段は温かみのある黄金のような瞳が温度を失い、凍てついている。


 それもそうか。
 大切な人を蹂躙された人間はこういう反応をする。


 かつて、自分もそうだったように。
 だが、果たして自分はこれほど凍てついていただろうか。


 もうだいぶ昔のような出来事が目に染みて、目をつぶる。



「あんたがレオニス・アダラだな」
「そうだ。始めまして、ではないな」


 小屋の外では、人が入り乱れる音がする。
 金属と金属がぶつかる音。

 だから言ったんだ。
 ヒノの周りの人間を使うのはやめておいた方がいいと。



 止めなかった俺にも責任はあるのだろうが。


 だが、レオニスも知りたかった。
 ヒノという存在がコイツらにとって、どれほどのものなのか。
 ヒノという存在がどういうものか知って、どういう風に変わるのか。


 その目の色は変わるのか。

 ただの興味本意。






 その男、セイリオス・サダルスウドはヒノをレオニスの目から隠すように背中に庇う。

「もう気付いていると思うが、ここは包囲されている」
「らしいな」
「大人しく連行されるか?」
「……それもいいかもな」
「……?」

 必至に守ろうとする男の背後でヒノが何やらしているようで、それを見ていたら部下の気に入っていた男の意識が戻った。

「お、ヒカリくんじゃん。ということは上手くいった?」
「うん!」

 頷きながらヒノは、目の前の男の腕に抱えられる。
 何の不安もない顔は遠くでしか見なかったから、これほど眩しいのかと可笑しくなった。


 守れる自信があるのだろう。
 離さぬ自信があるのだろう。
 そこに運命がどんな顔をして待っているのかわからぬわけもないのに。



 お前はヒノをどうしたい。
 俺は俺のために利用させてもらう。
 そのためには他がどうなろうと構いやしない。



 そうだったはずだ。



 今一度、自分の胸の中の音を握りつぶす。
 その願いはとうの昔に捨てた。


 誰かが願った優しい人であってほしいという願いなど、運命の前では無力なものだった。



 お前は守り切れるのか。
 その目に炎を灯して、それが消えないとなぜ言い切れる。
 それは偏にお前を信じるその腕のぬくもりがあるからだろう。



 そいつは温いものな。

 二度、この腕に抱えた温もりがふとよみがえる。


 無性に口が寂しくなってタバコが恋しくなった。





「気が変わった。手合わせ願おうか?」

 その言葉に返事することもなく、男は表情も変えず、ただ一つ。
 腕の中に引き寄せた少年を強く抱きしめた。


 もう二度と離すことはないのだろう。
 それが眩しい。











 小屋の中から大きな音がして、煙とともに人が転がり出てきた。
 どうやらセイリオスがおっぱじめたらしい。

 スピカは戦闘の中そちらの方へ走っていきそうになるのを止める。
 こう言った場での医官は命綱なのだから。


 大人しく捕まってくれたらいいものを。

 ヒカリに決して聞かせることのない舌打ちを漏らして、目の前に飛んできた火の玉を相殺するために魔撃を飛ばす。

 一緒に転がり出てきたタウは、セイリオスによって遠くに投げ飛ばされていた。
 その後、うまくデルタミラの私兵と合流したようだ。


 この森から出たものは巡回中の警吏によって捕まる。
 王都はぐるりと壁で囲まれてはいるが、この北の森だけは壁で囲まれていない。
 単純に面積が広いため、断念されたらしい。
 だからこの森から怪しい人物は入ってくることもあるため、警吏がそこら辺を巡回していても何もおかしいことはない。

 あとは、こいつらを生け捕りにして吐かせるしかない。
 誰の命令で何のために動いていたのか。


 レオニスが部下をそこら辺に放り投げる。

「おい、お前もヒノをどっかにやれよ。そのままだと危険だ」

 そう言うと、セイリオスが片眉を上げた。ああするとカシオに似ている気もしてくるから不思議だ。
 そう言うとヒカリがセイリオスにぎゅっと抱き着いた。

 しかも頬にチュウをする。
 余程恥ずかしかったのか、頬を真っ赤にして目をつぶってぎゅうっと押し付ける。


「……ヒノヒカリ、それはちょっと場違いじゃねえか?」


 ヒカリは目をぱちぱちして、返事していいかセイリオスに問う。
 緩く首を振ったセイリオスはそのまま片方の口角を上げて、笑った。

「いいや、控えめに言っても最高だと思うが?」

 そうやって立っている姿はダーナーと似ている。
 ほんと、うちの相方は嫌なところばっかり似ちゃって。
 相手を挑発するのがお好きなんです。ごめんなさいと心の中でつぶやきながらスピカは目の前に連れてこられた敵を診察する。

 相手の体をみて呻いた箇所を確認する。

「はい、軽い脳震盪と肋骨何本かいってるね。治癒せずに放置。と、拘束。あ、あと猿轡も」

 目の前でスピカへ被害が及ばないように守ってくれている人物の向こうから火玉が飛んできたのでまたしても相殺するために水球を出そうとした。

 それよりもかなり大きい水球が飛んできて、打ち消した。

「スピカ君は治癒のために温存だよ? それにしても森に火を放つなんて思考回路をちゃんと整えずに洗脳するからだよね」

 ケーティがスピカの近くで同じように守られながら、連れてこられた人間の服をはいでいく。

「これもやっぱり脳に直接だね。たぶん自滅する勢いで突っ込んでくるからこっちも油断しないで。なるべく意識を落とさせて!」

 デルタミラの私兵は自分を守ろうとせずに突っ込んでくる敵に強く踏み込めない。
 死人を出すとことが大事になってしまうため、生け捕りが基本だからだ。

「この際、腕とか足とかは気にしないで。命さえあれば御の字でしょ。なんてたって公爵家が自衛した結果だからね。この人たちが誰かなんて知らないわけだし」

 と物騒なことを言い始めてからはデルタミラの私兵も動きが滑らかになった。

 そしておそらく、ことを大きくしてはいけないことがわかっている敵。
 ただいま、セイリオスと対面しているレオニスが長剣を持ってセイリオスに向かっている。

 セイリオスも本日、腰にぶら下げていた剣を取り出し構えた。

 重い金属のぶつかり合いにヒカリが心配になる。


 相手はヒカリを傷つける気がない。

 つまりはセイリオスが手を離すかどうか。
 それを狙っている。





 あいつが離すはずがない。
 それを誰よりもスピカは知っている。

 望んでいるのでも、願っているのでもなく。


 知っている。


 離すのではなく、託すことはあるだろう。
 それが俺とあいつの関係だ。

 ヘタレで恋愛童貞で、臆病で、泣かない泣き虫で。
 でも、約束は守るんだよ。




 だから、スピカは目の前の仕事に向き合う。
 それが愛する人の憂いを取り除くためなら猶の事。

 そして、かっこいいと言ってくれるなら猶の事。

「やるしかないっしょ」







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