確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

誰にも呼ばれない、僕の名前を。

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 馬車の中で揺れる動きに合わせて、自分も揺れている。本当は揺さぶられているのが正解かも知れないけれど。


「お前、淫魔か何かか? この間処女だったのがウソみたいに絡みついてくるけど、もうケツでイケそうか?」


 ああ、この時そう言うこと言っていたのか。あの時は意味を為していなかった言葉が、なぜか意味を持っている。
 四六始終、この男が離さなかったおかげで旅の間はこの男以外を相手することはなかったが、それでもきつかった。目の前に人がいるのに平気で裸に剥かれて、見られながらするので自分の尊厳がゴリゴリ削られる馬車の旅だった。


 光に話しかけてくる人はほとんどいないと思っていたけど、よくよく聞いていれば何かいやらしい言葉も投げかけられていた。
 言葉がわからなくてよかったと心底思った。
 わかっていたらもっと、早々に心が壊れていたかもしれない。

 光に卑猥じゃない言葉を投げかけるのは、治癒の使える人だった。
 その人は光を抱くことはなかった。



 いつも困ったような顔をして、何か声をかけてくれていた。
 そうしてアジトで光が抱かれ続けて、へとへとになったのをいつも治してくれていた。



 そしてそれに気付いたのもその人が最初だった。

 ずっとつけ続けていたカラコンのせいで、眼が腫れた時に気付かれた。


「君、その目。どういうこと? なんなのこれ?」


 すごく焦った顔が怖くて、眼もかゆくて痛くて首を振るだけだった光に適切な処置をして治療をしてくれた。ついにレグルスじゃないことがばれたと思い、すごく怖くて震えながら沙汰を待つことになった。


 するとすぐにいつも光を抱く、恐らくリーダー的な人が呼ばれて光の服を全部剥いで、観察を始めた。

「お前、毛も黒いのか?」



 恐くてただ震えている光の髪の毛の根元を見てそう聞く。
 あの時は体中よく見られて気持ちが悪かったけれど、体毛を観察されていたらしい。すね毛も腕毛も薄いし、案の定まじまじ見られたくない場所の毛も本当に薄いから気付かなかったのか。


 どうしよう。髪の毛が伸びてきたからだ。レグルスじゃないってばれたのかもしれない。その時はそう思っていた。


 そしてじっと見て。


 何故かさらに興奮してそのあと気絶するまで抱かれた。
 起きたら熱が出ていて朦朧とした。あれでも大分加減されていたのかと後で思ったほどだった。





 治癒を行う人が、光の体を拭いていて目が合った。

 その日から、リーダー的な人が抱きに来なくなった。というか部屋に軟禁された。
 時々扉の前で、人が来た気配がするけど入って来ずに去って行く音がして毎日びくびくしていた。
 何週間か経ったらその扉が開いて、怒った人たちが入って来た。



「こいつ王子じゃなかったのか」
「じゃあ頭は何しにギャラガに?」
「交渉じゃなかったのか? 俺たちラクシードに戻るんじゃなかったのか?」
「頭はおとなしくしておけって言ってたけど、こいつをどう扱うかまで言ってなかったよな」

 怒ってた人たちが端っこで丸まっている光を見ている温度が変わったと気付いた。
 そこにいつも面倒を見てくれる人がすっと出て光の前に立った。


「やめておいた方がいい。頭はこいつを好きにしていいとは言っていないはずだ」
「ああ? 俺らいつまでここで大人しくしときゃいいんだよ。もう、何日もずっと抱いてねえんだよ。それをかしらとお前ばっかり。何、殺すわけでも傷つけるわけでもねえ。抱かせてくれりゃあ、お前でもいいんだぜ」
「はあ?」
「お前だって頭とできてるんだろう? だとしたら俺らにも恵んでくれったっていいだろう? 男だから溜まったら後が大変だぞ。どうする?」

 何か小競り合いして、そしていつも面倒を見てくれる人が折れた。


 そして全員で部屋を出ていって、誰も光の面倒を見なくなった。食べるものも飲むものもなくて、どうにか食べ物や飲み物がないか、部屋から出られないか試行錯誤していて、どんどん力が出なくなって、震えが止まらなくなったころまた扉が開いて、この間怒鳴っていた人たちが。


 光の尊厳を削っていった。
 一つ二つ抵抗はしてみた。力が出なくて抵抗らしい抵抗でもなかったのだろう。時間もわからなくなって。




 このまま死ぬのかなと思っていたら、面倒を見てくれた人が布だけを羽織って現れて怒鳴った。


「話が違うじゃないか。やめろ」
「うるせえ。お前が満足に俺たちの相手をしないからだろう」
「おい、その子の世話は任せたと言ったじゃないか。そんなに痩せて、今すぐやめろ」
「確かに。誰か飯やってたのか?」
「治癒術者がそう言っているんだ。そろそろ休ませてやれ。本当に死ぬぞ」

 そう言って近づいてきた人は、さっき、一度光を抱いて、何か言って出ていった人だった。
 光を貫いたまま、壁に押し当てていた人が怒鳴って誰かが近寄って引きはがそうとして、喧嘩が起きて。




 血の匂いがいた。自分の血じゃない匂い。

 血が出て興奮したのか、人が入り乱れて自分もものを考えられない。


 隣でどんどん命がこぼれ出ている気配を感じながら、貫かれ注がれる行為はひどく、獣じみていて何のための行為なのかいつ終わるのか、訳が分からなくなってくる。


 酒に酔っているのか何か不味い物でも使ったのか、正気とは思えない男たちの中で光の頭は全くもって正常で。
 顔にべちゃりと血が付いた。


 狂った男たちは正気に戻らず、いつまでも光をおもちゃのように扱った。
 ここで何をしたら自分は逃げられるのか。そんな考えもとうに捨て去って、ただ耐えることを考え、心を無にしたころ。

 一人が言った。


「そろそろ頭帰ってくるんじゃね?」
「あー……。そうだな」

 それからは急にあわただしくなり、光は治癒されることもなく別の場所に売りに出された。


「ちょっと傷ものだけど、まあ、こっちで治癒して使うから、その分の値段を引いておく」
「もうちょっと上がらないか? ほらこいつこんな色だぜ?」
「まあ、ギャラガならもうちょっと値段をつけてもいいんだが、そっちのルートは今厳しくてな。ラクシード国のルートの方がまだ安全だ。だから、色ではそんな値段がつけられるかわからん」
「じゃあ、それでいい。さっさと売り払いたいんだ」


 そこでは体が治るまでそれなりに普通に扱われた。治癒する人が何を言っているのかわからなかったけど。今はわかる。

「頑張れ」

 と言っていた。


 売る担当の人が光の体を点検して「きれいになったからそれなりに丁重に扱ってくれるところにも売れそうだ。ラクシードの方が何とかしたら住民権が得られることもあるから、頑張ったら人並みな生活ができることもある。ギャラガよりかはいくらかはマシだろ。ああ、そうか。お前言葉がわからないんだよな。とりあえず頑張れ。ここに戻ってくるなよ。いい所に高値で売ってやるから」

 と言っていた。



 言っていたけれど、当日のオークションで光の目の前で何か言い合いが始まった。売る担当の人が仲裁に入ってため息をついて光の値札をはがしていた。



 そして売られたのがあの貴族だった。


 連れていかれた館で、お風呂に入れられて、大きなベッドの上に連れていかれて。
 ここでも多分、自分の扱いは同じなんだと思ったのを覚えている。


 そして、長いガウンを着た男の人がやってきて何か言うけど言葉がわからなくて、それでも必死に聞き取ろうとするけど言葉がわからなくて。

 でっぷりと太ったご当主様が「味見だ、味見。買ったからには管理責任があるからな」と言って、人から獣になって。


 我慢しなきゃと思うのに、自分は日野光だろうと何度も心の中で叫んで、頑張れ頑張れと応援して。
 きっと多分、前よりましだから逃げ出せるはずだと、帰れるはずだと、耐えて耐えて。
 それ以外は考えないようにして。

 でも涙が止まらなかった。心が泣くのを止めてくれなかった。泣くな、泣くな。そう思うだけ。



 次の日にはすらっとした人がご主人様になったらしい。

 ご当主様と違って、乱暴なことはなかったけれどその人は光のことを「クロ」と呼んだ。
 多分同じ仕事をしている子が光のそばに来て仕事を教えてくれようとしたけど、何だかご主人様の機嫌が悪くなって、迷惑がかかるし、目を付けられるのも怖いので他の人との接触は必要最低限になっていった。


 恐い人を相手にすることもあって、泣いているとご主人様が「怖かったのかい? じゃあ、彼には使わせないようにしよう」と言って、光を毎日使うようになった。

 そうなるとますます、周囲との接触がなくなっていった。


 従順にしていたからか、それまでは部屋のなかだけだったのが少しだけ行動範囲が広がった。

「クロは魔力も使用できないし、中庭くらいならいいだろう」

 と調教担当の人と話していた。


 中庭は結構好きだった。太陽の光が葉っぱの隙間からこぼれてくるのが好きでよくそこで昼寝をした。
 ここにいる間は、仕事の時間じゃないと思えるのもあったのだと思う。
 少しだけ息が吸える場所で、入り込んできた猫と一緒に丸くなって寝た。


 僕はクロじゃない。日野光だよと猫に自己紹介しながら。









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