確かに俺は文官だが

パチェル

文字の大きさ
上 下
384 / 424
第4章

恋とはどんなものなのか、よく知らない24

しおりを挟む





 何故か実家の方に謀反の疑いが向くところだったらしい。ほぼほぼゼロ距離でその人形のような顔面を近づけたケーティが笑った顔を崩さないまま続ける。


「まあ、ご実家は関係ないとして、スピカ君。君は本当に何にも知らないのかなあ?」


 一体どうしてこんなに集中攻撃を受けているのかわからず焦るが、やましいことはないのでケーティの肩を掴んでソファの上に押し戻す。



「何を疑われているかわからないのですが、私としては調べられて痛い腹は抱えておりませんのでどうぞご自由に。実家の方も好きにお調べなさってください。調べさせてくれるかどうかはわかりかねますが」
「ふーん。そっかそっか。リギル・ヴィルギニス君も同じこと言いそうだねえ」


 それまで何も口を挟まなかったセイリオスが声を出した。

「あの、ケーティ課長。ちょっとよろしいですか?」
「発言を許可しよう。セイリオス君、どうぞ」
「交換条件でどうでしょうか。ヒカリの術式が無事解けたら、知っていることはお話します。課長が懸念していることもその時お聞かせいただければいいのではないかと思います。それではいけませんか?」


 片手を律儀に上げて返事を待つセイリオスの方を見ることなく、なぜかスピカの方を見たまま話し続けるので、スピカは手元の文字がぐにゃぐにゃになりそうなのをすんでのところでこらえて、文字を整える。
 それでも、それを見てケーティはクスリと笑った。


「さすが、スピカ君。もっと崩れるかと思ったけど、きれいな文字だよ。本番では血液を使うからね。オッケー、いいでしょう、セイリオス君。確かにそれが先決問題だったね。それが終わったら洗いざらい話してもらうよ」





 そうしてようやくスピカのいたソファから立ち上がって、ケーティは何事もなかったかのようにセイリオスに続きを話し始めた。
 要はこの紋様に対する確実な術式は存在しないのだという。
 この文字を研究して、ようやくいくつかの術を安全に使えるようになっているのが現状らしい。


「まあ、当主になったらもう少し詳しいことも知っているのかもしれないけれどね」


 ケーティは内心、やれやれと思っている。
 めったに乱れないスピカの集中力がそがれる時、それは概ね家族に関することだ。いくら鉄壁の医務官と言えども人間だ。完璧などありえない。ごくごく間近で観察したけれど、ほんのちょっと動揺が見られただけであとは特に疑わしい所もなかった。セイリオスよりはわかりやすいかと思ったけれど、こちらもやはりカシオの教育のたまものか。文字を作るのもとてもきれいだった。


 それでもわかることもあった。

 スピカが動揺しかけてちらりとセイリオスを見たということは、セイリオスなら何かしら知っているということだ。知っているか何かしらの推測があるのだろう。セイリオスも慌てることなく対応してきた。
 権力をちらつかせるなんて普段めったにしないのだが、それに対して怒りも失望も焦りもなく。


 本当に痛い腹がないのだろう。


 まあ、二人が動揺することなんて限られている。彼らの周りの人間に対する非常事態くらいだろう。
 そして最近では主にこの家の住人に関係するときである。


 セイリオスがあれほど表情を動かさず、ケーティがスピカに迫っても止めなかったのは、あのだんまりの時間で何かしらの考えに行き着いたと考えたほうがよさそうだ。
 で、結論が出たと見た。

 痛い腹もないし、何かあれば逃げる算段でもできたか。勝算があるのではないだろうか。

 それならそれでケーティとしても気にせず事を進められる。



 まあ、つまりは当の本人を起こして、直接話を聞かないといけないということだろう。

 このかわいらしい少年は何を語るのだろうか。できれば楽しそうに笑っていて欲しいものだが。そしてできればこのまま、うちの部下でいてはくれないだろうかとさらさらとつやのある黒い前髪を撫でる。


「お父様に怒られる前に片が付くといいけどなあ」
「はい?」
「ううん、こっちのこと。上司は大変だよ本当って話」



 ケーティの袖が汚れないようにセイリオスが上司の服の袖の腕まくりをしたので礼を言う。そうしてようやく机の上に広げられた、ヒカリの頭のなかに打ち込まれている呪術を指さして説明を始めたのだった。










「つまり反転の術を全くのオリジナルで考える必要があるということですか」
「そうなるね。今現在、僕にできるのはここまでが上限。詳しい話を教えてくれたら上に話を通すこともできるけど、それは嫌なんだよね? じゃあ、あとは自力でやるしかないよ」


 そうしてケーティが指し示したのは「忘」という文字。

「これは記憶に関する文字だ。忘れるということだよね。そしてこれが『憂い』だ。だからこれは記憶を封じているんだと思う」
「そうですね。その後に物となるとあるから……」
「ちょいまち、これってこっちの紋様も含めての言葉なんじゃないか? だってこれは読点だろ?」
「ああ、本当だね」
「これも書体が違うものだと思いますが……」



 スピカも交えて三人で話し合う。普通ならここにスピカが混じるのはありえないことだ。
 だが、スピカにも読めるのでつい口を挟んでしまう。


 何故ならここにある文字は必至に覚えたから。
 心を通わせたくて学んだ文字で、言葉で。

 スピカには読めない文字もあったが、それはセイリオスが代わりに見つけて読み上げる。辞書も持ち出して言葉の意味も深めていく。

 ヒカリのことを少しでも知りたくて、さっさと覚えてしまうセイリオスに教えを請いながら学んだから。
 なぜその文字が今ここにという疑問はこの際置いておく。
 たぶんヒカリに聞いてもわかりゃしない話だろうし、セイリオスは何かしら思い至っているのかもしれないが。スピカの仕事はヒカリの回復。それに尽きるので今現在は


 必要ない考えは置いておく以外にできることはない。

 それに書かれた文字はヒカリが言っていた書体が違うというものなのか、かなり見づらい。全員で一文字ずつ解析していきああでもないこうでもないとそれこそ頭を寄せ合って考えることになった。






「友有り遠方より来りて、夢寐にも忘れない辛酸の、忘憂のものとなる、でいいかな」
「はい、それでいいかと」
「こっちは寝る子は育つ、果報は寝て待てでいいかと」
「そうだね。何だ何だ、できるねーふたりとも。あんまり外でこの文字読めるとか出さないほうがいいよ。変なのに目を付けられちゃう」



 そうして完成した呪術を読み、セイリオスはその文面を指でなぞる。読み解いたものに関しては間違いはないと思う。語感の違いは多少、あるかもしれないが、それにしてもこれが呪術なのだろうか。
 それがつい疑問となって口に出た。


「あの、呪術ってこういうものでしたっけ?」






しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

処理中です...