確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

恋とはどんなものなのか、よく知らない12

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 ヒカリの瞳は乾いて、瞼を閉じるとぺりっと一瞬くっついてしまう。確かお酒って飲んだら水分も減るんだっけとか違う考えがふいにやってきて、でも思う。自分なんか。


「自分でちゃんと、考えられなくて、ちゅーとはんぱだたから、二人を傷つけた。ダーナーさんやカシオさんやタウさんが大切な二人を、言ってたのに、傷つけないでって。ぼくがっ。ぼくなんかたすけられないほう、健康にならないほうがよか」




 言っている途中で、タウの表情が変わるのが目に映った。

 いつものへらっとした顔に、その表情はなぜかよかったと言っているような。
 それはヒカリの言葉を聞いたからではない。その言葉が正しく聞かねばならない人達に届いたからだ。




 こんなこと言わせるなんて、しっかり怒ってあげないと。
 でもそれを聞かなくてはいけないのは、きっと自分ではないとタウはわかっている。こんな悲しい言葉を一番聞きたくない二人に届けないといけない。


 聞いてしっかり反省しろ。刺され刺され、大いに刺さり給え。そう思うと笑えてくる。ヒカリの背後から争うように廊下を走って来た二人が見えて、言葉を聞いて笑いがこみ上げる。


 間に合ってよかったよ。





 そしてヒカリの言葉がさえぎられた。



「言うな、ヒカリ」
「それ以上言ったら、無理やり閉じさせるよ。その口」







 ヒカリの耳に声が届いて。

 その声が聞こえたら反射的に振り向いてしまう声で。


 振り向いたら、出ていけなくなるから。





 振り向く前に逃げ出した。目の前の窓に手を伸ばして一直線に。



 いつの間にかタウに掴まれていたリュックも放って、はだしでもいい。目の前の窓から外に飛び出そうとしてタウの手が捕まえる。


「は、はなして!」
「ヒカリくん!」



 ガタガタ聞こえるのは風が窓を叩くから。もみ合うようにしながら、ヒカリの口が続きを話す。


「ほんとうだよ! 僕、この間えっちしたんだよ。しらないひとと。いやだとおもったのに、ぼくしゃせーした! セイリオスとスピカにしてもらわなくてもできたんだ。すごいでしょ? だ、誰とでもできるんだよっ。それに、その人も言ってたんだ!」


 あの家でどんな仕事してるのかって聞かれた。
 どうあがいても、ヒカリの過去は消せなくて、人の記憶からも消せなくて、ヒカリの体を知っている人がまだたくさんいて。



 そんなことはどうでもいい。自分の体が快感を得て、自分にがっかりしたとしても。だって、どうしようもないことで変えられないことだから。





 でも、未来の悲しい事ならまだ、回避できる。
 そうでしょう? 僕一人が幸せなんて意味がない。


「僕がいたら! みんなにめいわくがかかる! あのひとたちがまたくるかもしれない!」
「そんなの関係ないよ。俺たちなら大丈夫だから」
「うそだあっ、だって」


 だって僕二人を、傷付けたじゃないか。
 一つも傷付けたくなんかないって思っていたのに。
 しかも自分自身で。



 自分の敵はいつだって自分なんだ。

 ダメなところばかりで本当に嫌になる。だから大きく息を吸った。





「ぼく、じぶんがだいっ」

 きらい。本当にそう思ったんだよ。
 でも。










「大っ好きに決まってんだろう! それ以上、言うな!」









 セイリオスがヒカリを上回る大声でそう言って、ずかずか近づいてくる。
 肩がダーナーみたいにもりっとして。筋肉稼働率がいつもより多めな感じで。



 スピカが楽しそうに後ろで笑ってるのが見える。




 あー、見ちゃった。セイリオスの目が燃えている。月は太陽と違って燃えていないはずなのに。
 思えばいつもその瞳は温度があった。月は燃えていないのに暖かいのは、そこに心があるから。
 だから見てはいけないと思ったのに見てしまった。


 その温度はヒカリを温めるから抜け出せなくなる。視線が逸らせない。



「俺は言ったよな? いくら俺の大好きなヒカリでも、俺の大好きなヒカリのことを侮辱するのは許さないって」


 セイリオスが珍しく怒った感情を表し、ヒカリを視線でとらえて離さない。だから、ヒカリはタウが手を離したのにも気付かずにそこに立ち呆けている。


「それに俺は離さないとも言ったはずだ。ヒカリは俺の何を聞いてたんだ?」
「でも、せいりおすさっき」



 セイリオスが一転、辛そうな顔をする。自分の額から落ちてきた髪の毛をかき上げてぐしゃりと掴んだ。


「ああ、そうだよ。大好きなヒカリにキスされて、一丁前に勃起したんだよ。ひどい目にあったばっかりの好きな人の前で勃起するやつとかいるか? いるよ、俺だよ! ばかやろう! 盛りのついた大馬鹿野郎のことなんか、ヒカリが気にする必要なんかないんだよっ。もう一回言うぞ。大好きに決まってんだろうっ」
「せ、いりおす?」



 セイリオスがしゃがみこんで、宣言通りヒカリを捕まえた。
 また、汗がいっぱいのセイリオスに申し訳なくなったヒカリの眉を、スピカが揉む。




 よかった。ヒカリに何にもなくて。


 その言葉と、震えるセイリオスの腕に包まれて、ヒカリは大泣きした。










 大泣きが止まらないヒカリをスピカがソファの上の自分の膝の間に座らせる。そしてみんなから話を聞き、ヒカリの口元に鼻先を寄せた。


「話とこのにおいからすると闘牛のミルクで割った酒だと思う」

 因みに闘牛というのは日本で言われている牛ではない。常に戦いの場に身を置いている牛であり、そんな中、子育てをする母牛は子牛に短時間で栄養を与えようとするため栄養価の高いミルクを作り出す。
 そして子牛がすぐに満足するように味の濃い甘いミルクを作る。


 それを用いればたちどころに甘いお酒になってアルコールも隠れやすくなるので。



「酔ってお持ち帰りをする輩がよく使う手ですね」


 カシオはそうだろうと思っていたので、ダーナーの家に置いてある、ヒカリがいつ来てもいいように一応置いてある緊急箱セットから解毒効果のある飲み物を飲ませておいた。




 そうしてヒカリがばらしてしまったのだし、ということでセイリオスがヒカリに話していいかと聞いてくるので頷かざるを得ない。セイリオスは言葉を柔らかくしてみんなに説明をしていた。



 ヒカリは説明しているんだろうなと思ったものの、セイリオスたちは部屋の端の方の扉の前でぼそぼそ話している。そんな中、ヒカリのお世話はスピカに一任された。

 ヒカリはスピカにだっこされて部屋の隅っこのソファの上で大人しく身体チェックを受けている。


 窓から飛び降りるなんて、二度としてはいけないと注意を受けた。

「悪漢から逃げるときは仕方ないけれど、セイリオスぐらいなら堂々と玄関から出ていけばいいだろう」とかなんとか。

 あまりにもいつも通りで、その調子にヒカリもついいつも通りに話せて、大泣きが小泣きくらいになってきたヒカリの耳元にスピカが囁く。


「俺だって大好きだし、俺の大好きなヒカリを侮辱したの怒ってるんだから。俺、悲しかったんだよ。健康になりたくなかったって言われて。あとでじっくりお話聞かせてね? ヒカリ」
「ぼく、だめにんげんになちゃた、からっ、けんこうにならないほうが、ぁ……」



 そう説明するための言葉がこぼれると、スピカがぎゅっとヒカリを抱きしめる。
 後ろのスピカを見上げた。目が腫れてしまって、もう眠たくてあんまりわからないけれど赤い瞳は燃えていた。


 ヒカリは小泣きすら引っ込んでしまった。


 何故なら、ヒックヒックとしゃくりあげるヒカリの唇にスピカがゆっくりと近づいて、キスをしたから。ちゅっちゅと多分二回くらいくっついたり離れたりした。




「それ以上言ったら、無理やり閉じさせるよ。その口。って言ったよね? 言いたかったら何回でもどうぞ。何回でもキスするから。知ってる? 俺のことどう思ってるか知らないけど、好きな人とエッチはたくさんしたい派だから。淫乱? 大歓迎だよ。 そんなこと言うんだったら次はもっと大人なキスしようか?」





 訂正。まったくもっていつも通りの調子ではなかった。


 すごく楽しそうに、でもその目が全然知らない熱を持っているのに気づいて。




 プシューっとヒカリの耳からたぶん湯気が出たと思う。






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