確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

恋とはどんなものなのか、よく知らない3

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 セイリオスは恋愛経験が豊富というわけではない。


 物心ついた時からすさんだ性経験しかなく、人に深くかかわらないと決めてからは、恋愛というのは最も遠いものであった。


 それに対しての優先順位というのがないに等しいのかもしれない。






 セイリオスの家は代々、裁判官を勤める家だった。
 それはその家の異能が関係している。


 相手とシンクロしてその人の目で事件を見ることができるというものだ。
 この能力は心身ともに負担がかかるので余程大きい事件や罪でない限り、この家には持ち込まれない。

 その異能にセイリオスの父は目覚めなかったという。
 だから普通の裁判官をしている。いたって真面目な普通の。


 それ自体はこの家では普通のことで、直系の子どもが能力を持たないことがよくあることだった。
 しかし、家の異能で培われた裁判は国から委託されているものでもあり、それの継承は重要事項であった。

 祖父は親戚などの血筋から見込みのある人間を集めては補佐につけていた。
 自分が退いたらその裁判の仕事はその者に譲るためだ。
 そうして正式に、その家の当主となるという。


 セイリオスと兄も幼いころに父に連れられて、裁判を見に行った。
 祖父は洗礼を受ける時まで連れてくるなと言っていたのだが、次々と候補が集まる中、自分の子どももと気が急いたのだと言っていた。


 セイリオス自身に言ったわけではない。
 ただ、祖父に話しているのをこっそり聞いた。


 連れてこられた裁判の場で、セイリオスは裁判の途中、罪人として連れてこられた人間と目が合った。
 その瞬間、突然、罪人の目になった。

 人を割いて殺していた。何人も何人も。
 祖父が質問すると、その光景が入れ替わる。
 馬の脚にロープを付けて割く。
 ゼンマイのようなものをまいて……。





 視界が元に戻ると全身汗だくで、引きつけを起こしていた。隣の兄に至っては失神していた。
 慌てた両親は俺たちを連れて医者に見せに行き、祖父に大目玉を食らっていた。


 祖父は能力に目覚めた幼い兄弟を見て、とても悲しそうな眼をしていたのを覚えている。
 ふさふさの眉毛に隠れたきらりと光る淡い緑色の瞳が珍しく見られて、爺様の瞳もきれいだなと思った。

 それからは祖父について仕事を少しずつ見せてもらい、俺の方が適性がありそうだとお墨付きをもらった。
 兄の方はいつも気絶するように倒れていたからだろうとその時は思った。



 因みにこの能力を疑似体験しているのは祖父がいるからだという。
 所謂共鳴という現象なのだそうだ。


 祖父しか今現在持ちえない能力に適性のあるものが近くにいたら、その体内の少しの魔力で、祖父が使っている能力を体験できるというものだそうだ。
 洗礼前でも関係なく、祖父と共鳴してしまった俺たちは運がよかったと父が喜んでいた。


 恐らく、その疑似体験で共鳴していくうちに少しずつ能力も移行されていくのだろう。


 祖父が受け継いだ当時はまだ数人、同じ能力のものが家にはいたが、度重なる不幸で祖父だけになってしまったとのことだった。
 兄にも、俺にも恐らくその能力は受け継がれ始めていた。



 子どもには刺激が強い。かくいう俺だって平気なわけではなかった。
 ただ、兄がいつも隣で手を握っていてくれたから耐えられていた様な気がする。

 俺より小さくて、明るい色合いにふさわしい笑顔を見せる兄が、確実に隣にいるということがわかるから
 耐えられたのだと。




 それが両親によって壊されてしまった。


 早くに亡くなった祖父、お墨付きをもらった俺。
 しかし、能力を完全に発揮して、使用するには洗礼を受けないといけない。
 規定年齢に達してなくても能力を使わせたい。

 そこで白羽の矢が立ったのが兄だった。



 兄にも能力が使えるだろうとのことで兄で試そうと話していたのを、夜中に聞いた。

 俺は頼りないと感じることはあっても、愛情を分け与えてくれる両親がいると思っていたが、それはもう家族の考えることではないとたくさんの罪人を見ていた俺は、気付いた。



 あの時点で、捨ててしまえばよかったと後になって何度も思う。

 でも、兄も俺も、家族が好きだった。





 朝靄の残る門の前に止められた馬車の中に俺は忍び込んだ。
 人が近づく音がして、兄の声が聞こえる。

 息を殺すのが難しく胸を震わせた。




「母上、セイリオスはしっかり寝ていましたか?」
「え、ええ。寝ていたわ。だから静かに出てきたんでしょう。起きてご飯までには戻らないと拗ねてしまうわ。さ、行きましょうか」

 母のヒールの音が遠のく音がして、ちいさくつぶやく声が聞こえた。



「よかった」





 ガラガラガラガラ。
 忍び込んだ馬車の荷物入れの中、多少のクッションはあるもののやはり揺れて体の節々が痛くなってきて、何度も姿勢を入れ替え、日が少し上ったころ馬車がゆっくりとした速度になる。



 馬車が完全に止まって、セイリオスはさっさとその二台を後にした。

 恐らく兄はこの後、洗礼用の衣服にあの馬車で着替える。
 両親は洗礼の場には付いて来ないと言っていた。
 万が一があった時に巻き込まれてはいけないと言っていたからだ。


 本当はセイリオスはこの場で両親を説得するつもりだった。兄にもここで暴露してやろうと待ち構えていた。
 この違法な洗礼をばらすぞとでもいえばいいだろうと。



 だが、やめた。


 兄は知らないふりで洗礼を受けるつもりだと気付いたからだ。
 いつもそうだ。

 兄は俺より小さいのに、俺を守ろうとする。
 俺だって大好きなのに、兄ばっかり大好きだと思っているんだと俺は珍しくかなり怒っていた。
 自分でも思うが、冷静さを欠いていた。子どもじみた行為だった。
 そもそも双子なんだから、上も下もないだろうと。


「セイリオスのお兄ちゃんは僕しかいないでしょう?」
「たった数分の違いだろ?」
「それでも僕がお兄ちゃんなのは変わりないんだから、ほーらほら可愛いセイリオス。ふふふ、ほっぺ膨らまして可愛いんだから」
「可愛いって言うなよ」



 異能を使ったときに兄がいつも倒れていたのは、負担をより受けていたからだと祖父から聞いた。
 セイリオスがもう見たくないと思ったところでいつも能力が途切れ、兄がその横で倒れて失神する。

 つまり戻って来られない。
 セイリオスが見たくない代わりにその先まで、その異能が満足するまであのおぞましい映像を見続けていてくれたのは兄なのだ。



 だから、祖父は言った。
 二人で協力してこの能力を使いなさい。
 そうすれば負担も半分になるだろう。
 セイリオス、お前の方が表情を隠しやすいから表にはお前が出なさい。
 二人でわけっこだ。楽しいのも苦しいのも、喜びも辛さも。嫌になったら二人して逃げてしまってもいいよ。


 祖父は亡くなる前にそう言った。
 しわくちゃの、骨がごつごつした爺様の大きな手でセイリオスと兄を撫でた。


 二人で負担を半分に、と言っていたのに兄はまたしても自分だけ負担を背負おうとする。
 だったら俺にも考えがある。


 俺はそこでスタンバイしていた神官のような人物に名前を告げ、洗礼を受けに来たという。
 両親が何やら焦っていて早く受けに行けと言われたと言えば相手も慌てて、洗礼の泉の場所へと案内してくれた。





 やましいことがあるやつは、子どもが嘘をつくはずがないとか思うんだろうか。


 森の中を進んで道なき道を行き、行き着いたところにあった泉は、大きなみずたまりみたいだと思った。

 洗礼の泉はとても冷たく、一歩進むごとに体中に寒気が走る。中心に進むにつれて体が痛くなってきた。
 泉のほとりはだいぶ遠くに感じ始めた時、声が聞こえた。






「セイリオス!」




 それと同時に俺は、泉の深くに沈んだ。







 起きたら、眼玉が飛び出ているような頭の痛さにうめく。というか獣のような声が喉から勝手に出ている。
 まったく制御できていない。自分の感覚が自分ではないみたいだ。




 喉から血が出ているのに声が止まらない。血が食道に流れ込んでくる。


 大きな水たまりだと思った泉は、ただのクレーターになっていた。
 がれきが散乱していて、近くにあった小さな建物は木っ端みじんだった。
 セイリオスも木っ端みじんになったと思った。
 足の感覚も手の感覚もない。




 いや、あるにはある。痛みだ。
 血管という血管が破裂して、毛穴という毛穴が開いてそこから熱い何かが吹き出している。


 もうにんげんじゃなくなったのかも。


 そう思ったのに、俺を抱きかかえる兄が俺の手を取る。



「セイリオス! セイリオス!」





 ただ必死に呼びかけるから、そちらを見る。視界は赤く染まっているのに、兄のたんぽぽ色の髪の毛が目に入ってほっとした。













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