確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

恋とはどんなものなのか、よく知らない2

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 早く出ていかなければと思うのに、今日は動くことができなかった。
 気付けばスピカが診察に来て、戻って、セイリオスが帰って来た。スピカと一緒だ。
 それがうれしいけど、何も言えなくて、胸が苦しくってご飯をたくさん食べられなかった。


 スピカは結局帰ってしまったけど、明日の朝また来ると言ってくれた。

 夜中にのそりと起き上がる。
 ここを出ていく準備を今のうちに考えよう。



 まずは、持ち物。
 この家から持って行くものに対して対価を払わないといけないから、銀行から預金を下ろさなくてはいけない。
 服と薬と食べ物、沢山のメモ、地図。


 それと国外に行くために冒険者ギルドを頼ってみよう。
 セイリオスに教えてもらったことをメモを見て復習する。

 土地勘のないヒカリが一人で国外へ出るのは無理がある。困ったら冒険者ギルドで用心棒も雇えると聞いた。そこまで治安が悪くないのなら、それなりのお値段で雇えるらしい。

 後は何がいるだろうか。




「あ」













 セイリオスは夜中に一度、ヒカリの様子を見に行くことにした。

 診察から帰って来たスピカによると、心音と脳波がおかしな動きをしたと報告を受けた。
 話しながら全身スキャンをしたら、どうして涙が出たのかな、の質問の時に特におかしな動きをしたのだそうだ。心臓に関してはかなりの負担のある動きだったらしい。


 スピカはかなり深刻そうな表情で話していた。今日はこれから医務課へ行ってアルキオーネに相談すると言っていた。


 やはりおかしい。

 かと言って、魔道具の回路に用いられる呪術とは違って人にかけられる呪術は種類が大きく違うものに分類される。
 魔法の使えないセイリオスはそちら方面は勉強してこなかったので、素人に毛の生えた程度しかわからない。


 呪いとなれば取り除くのは至極困難を極めるというのは聞いたことがあるが、如何せん呪いにかけられた人はそれほど多くはない。
 かけることのできる人物がそういないからだ。


 もしくは気付かれないほど巧妙に使われているか。


 焦りは禁物だとはわかってはいるが、自分の及ばない領域でヒカリが苦しんでいるかもしれないと思うともどかしい。
 まあ、俺なんぞにできることなんか限られていることは、今に始まったことではない。


 扉を小さくノックしてみる。中で音がした。
 起きているのだろうか。


「ヒカリ?」


 中で物を落とす音がして、開けるぞと返事を待たず扉を開いた。


 こちらに向けて手を伸ばし、床には転がった軟膏の瓶がセイリオスの足元までやってくる。
 ヒカリは急いでタオルケットを体に巻き付けた。


「す、すまん。取り込み中だったか」
「あ、あ、ううん。へんじしなかたぼくがわるい」
「いや、俺も早とちりをして……、寝られそうか?」


 そう尋ねて、ヒカリと目が合う。その瞳がそう言っているように聞こえる。
 でもヒカリからは返事はない。ただうるんだ瞳で見上げて口を少し開けた。
 ブランケットに包まれた体は震えてはいない。


 セイリオスは足元に転がってきた軟膏の瓶を手に取り寝台へ近づく。
 そして棚からカミツレのにおいのする油も取り出す。

 瓶をあけ、中の軟膏を取り出しそこに香油を垂らして混ぜ合わせ、粘着のある音が聞こえる。










「ベッドに上がってもいいか?」


 ヒカリは頷く。拒否することなんてできるだろうか。
 思えばセイリオスに触れられたくない場所なんて一つもなかったのだ。
 一つも。


 先ほどまでは性的興奮が得られていないのにたち上がった自分を慰めていて、二人を想像しないようにしようとしていたのに想像しそうになって、一生懸命違うことを思い出そうとしたら変なことも思い出して。


 そうだ、軟膏を使おうと思ったときにセイリオスがやってきたのだ。
 急いで書いていたメモなんかを隠していたら、焦って瓶を落としてセイリオスが入ってきてしまって。


 今は向かい合わせで、ヒカリが少し開いた場所をセイリオスが慰めてくれている。
 セイリオスの手で慰められるのはすごく久しぶりだと思うと、これが最後かもしれないという気持ちがこみ上げてくる。


 興奮している自分を少し冷めた目で見ている自分もいる。



 この手が好きだ。


 最初は少しためらいがちだったこの手が、いつの間にかためらわずに触れてくれるようになった。
 それがヒカリの存在を確かめられる指針になった。


 それ以上でも、それ以下でもないって何だろう。

 ふと立ち聞きしてしまったセイリオスの言葉がよみがえる。
 これはそれ以上でもないってことなのかな。
 それ以下でもないって。


 どうゆうことなのとセイリオスの瞳を伺うと、ん? とかって言ってくる。月の瞳が月明かりに照らされて、なんてきれいなんだろう。

 これがただの優しさなのだとしたら、セイリオスは優しさをたたき売りしてるんじゃないのだろうか。優しさの最安値を更新中だと思う。
 値崩れを起こしている。優しさ通貨危機だ。国が崩壊してしまうくらい安い。



 好きだって言った方がいい。
 ふとそう思った。


 言葉と、あと、体でも示したほうがいいんだっけ。
 なんだっけ、押せばいいんだっけ。
 誰かが押せ押せ押せと言ってくる。好きならチャンスを逃すな。
 カワエロイイからいいらしい。あれ、なんだっけこのことば。意味が解らない言葉が頭に浮かぶ。



 セイリオスがヒカリの体を支えながら瞳を覗き込むので、ついそれに魅入ってしまう。
 考えがふわふわする。


 こんな素敵なんだから、自分ごとき人間が欲情してしまうのなんて仕方がない事かも。


 好きだ。とっても好き。言いたい。



 セイリオスの唇がヒカリと形作る。
 僕の名前を呼ぶ。


 ヒカリは手を伸ばしてセイリオスの首に縋りついた。セイリオスはなされるがまま。
 ゆっくりと近づいてきたヒカリに、セイリオスもまた魅入られる。





 ちゅ。






 口と口が重なる。ゆっくり離れて、ヒカリは目をぱちぱち。



 今だ、言うしかない。






 ヒカリが口を開いた瞬間、セイリオスがヒカリをわきの下から抱えてもち上げた。


 ふわふわしたまま、何だろうと思っていたら、ベッドの横に立ってセイリオスがこちらを見下ろす。
 その目が合わない。手を急いでタオルで拭って。

「せ、」
「ヒカリ、すまん。ちょっとスピカと交代だ。今すぐ呼んでくるから待ってろ。本当にすまない」



 そのまま、ヒカリの方を振り返ることなく降りて行った。


 扉がパタンと閉まった。









 そしてヒカリも同じく、急いで服を整えて、リュックを片手に家を飛び出した。













 
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