確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

それ以上でも、それ以下でもない41

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 ウトウトしながら目が覚めるというのも変だけど、寝ているか起きているか微妙な感じで聞こえたセイリオスの独り言。




 何か無理させてしまっているんだろうなとは思う。

 ふふ、だって、ぜんぜんお兄ちゃんになれやしないもの。こんな自分。




 お腹が痛くなる前、部屋でため息をつきながらココアをすすっていると、階下から大きな音がした。
 こっそり見に行くとセイリオスの部屋から声が聞こえる。


 ケンカかな。仲裁入った方がいいかな。

 うろうろ悩んでいると自分の名前が聞こえた気がして。こっそり聞き耳を立てる。所々漏れて聞こえてくる声。


 お前はヒカリのことをどう思っているんだ。

 僕のことだ。ドキドキして待ってしまう。聞いていいのかな。聞いてしまえ。

 大分長い間があって、セイリオスの声が聞こえた。



 俺はそれを求めない。
 誰ともそういうことになるつもりはない。
 ヒカリとは縁があって一緒に暮らしている。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 なれるわけがないだろう。



 心臓がバクバクする。


 あー、僕、今。振られちゃったんだ。
 振っても、振られても落ち込んでダメだな。
 そもそも、叶えてはいけない想いだからわかっていたはずだろう。
 好きな人が二人もいるなんて、あわよくば二人とずっと一緒にいたいなんて贅沢過ぎた。


 それ以上でも、それ以下でもない。
 ずっとずっと一緒にいたいと思ったけど、それはやっぱり無理な事だったのか。自分がよこしまな思いを抱いたからきっと、その時からそれはダメになったんだ。

 何だ、自分のせいじゃん。それなのに落ち込んで、ダメダメだ。


 何だか頭が重くなって上が見上げられない。


 さっさとここからどっか行かないとと思って歩きだしたら、突然吐き気と腹痛が襲ってきて急いでトイレへと向かう。



 お腹の左わき腹がねじれるように、腸が密閉されてしまったような感覚がする。今までに感じたことのない痛みにさっきの胸の痛みは忘れてしまいそうだ。


 まあ、忘れられたらよかったんだけど。




 すごく寒くて、手が震える。トイレのドアノブをひっかけて、鍵を閉める余裕もなく便器に顔を突っ込んで出すだけ出す。でもお腹も痛くて、下からも出そうになった。



 くるしい。



 さっきのココアとお弁当と朝ごはんも多分出た。そこで一息つこうと思って座って下から出そうとするけど、何も出なくてまた寒くなって吐いてしまった。

 トイレの扉をとんとんされるけど声を出そうとするとおえって音しか出せなくて、くるしい。



 開けるぞの声とともに扉が開かれる。
 お腹を抱えて、前のめりで便器にもたれかかっているから後ろは見えないけれど、背中をさすってくれているのはたぶんスピカで、何か言われたセイリオスが去った。


「ヒカリ、ちょっと触れるなー。うん、吐きそうだったら吐いちゃえばいいから。寒いか? ちょっと、お腹触るよ。うん、ありがとう」
「今すぐ風呂、あったまってるからいける。動物型が温めてくれてたみたいだ」
「さすが。よっしヒカリ苦しいけどとりあえずお風呂入るよ」


 ヒカリは首を振るけど、スピカは問答無用で抱き上げてそのまま風呂場のなかへと連れていかれた。
 すぐに汚れた服をすべて脱がされて、軽く掛け湯されヒカリは湯船に入れられる。スピカは服を着たままヒカリを片手で支えてお腹をくるくるマッサージしてくれる。


「吐きそうになったら、あの盥に吐けばいいから」

 寒い体があったまっていく。セイリオスがヒカリの足を揉んでいる。ヒカリは力が入らないのでされるがままだ。





 神様はセンチメンタルな気分に浸らせてくれることはなさそうな気配にヒカリはしょんぼりするのだった。




 全裸にバスローブでトイレでお腹をぐるぐる。
 申し訳なさで泣きそうだった。

 お腹が再びかなりの激痛になったところでスピカが言った。


「ほら、もう大丈夫。一人で出せるから。出して」


 魂まで出て行っちゃった気がする。






 ふっふっふ、さすがに燈兄ちゃんもこんなことは想定外だろう。
 まさか便秘で死にかけるなんて。
 お腹で破裂だって。
 経験がまた一つ増えて、これで、兄として……。


 ウトウトしながら、強がってみたけど全然心が追いついて来ない。
 強がりすらできなくなっている自分に不思議になる。



 自分はどうして、強がって、二人に無理をさせてまでここにいようとしているんだろう。
 日野光はそれをなぜ良しとしているんだろう。


 これはもしかしたら、恋などではないのかもしれない。
 錯覚だったのかも。
 そうかも。


 なんだっけ、淫乱な体を持て余してるからそっちの感情と結びついたのかな。
 もしくは二人がステキすぎて勘違いしたのかな。
 甘えが助長してこんなことになったのかも。


 おんぶにだっこな状況だもの。一度頼ってしまって、それで、だめな自分がダメじゃないように見せかけたくて「恋」だと思っちゃったのかも。



 唐突に「そうだ、そうにちがいない」と思った。

 だとしたら、今の自分が選ぶ行動はわかっている。



 この家にふさわしくない自分は早急に出ていかなければならない。
 これ以上、迷惑をかけてはいけない。



 どうしてこんな簡単なことわからないのか。本当に僕は馬鹿だなあ。
 こんなんじゃ、帰れるわけがないじゃないか。
 甘えてばかり。

 さっさと終わらせなくちゃ。


 ウトウト、ぼんやり。


 そんな考えの中、目を覚ますと、薄暗くなった自分の部屋。というのもおこがましいが、与えられたベッドの上で目をぱちぱち。



 眉間にしわが寄ったまま、座って寝てしまっているセイリオスを見上げる。

 かっこいい。

 これも勘違い。いや、かっこいいのは間違いないか。


 階下からとてもいい匂いが鼻をくすぐる。お腹がぐるるるるるとまるで、ご飯を催促する猛獣のような音を鳴らすもので、セイリオスが目を開いた。


「あぁ、寝てしまっていたな。おはようヒカリ、どうやらご飯のようだが食べられそうか?」
「もっちろん」
「おーい、ご飯できたぞー。おいしいぞー。あ」

 エプロン姿のスピカが扉から顔を出して、ヒカリのお腹の音を聞いて、セイリオスと顔を見合わせて破顔する。


「お待ちかねだな」

 二人は確かにかっこいい。筋肉の包容力すごいし、目がきらきらしているし、それに優しいし。
 でも何より可愛い。


 可愛いから、悲しくさせたら辛いと思うのだろうか。
 恋じゃないはずなのに、どうして胸はこんなにも痛いのだろうか。










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