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第4章
それ以上でも、それ以下でもない38
しおりを挟む「課長? 課長なら急な出張で一週間ほど出掛けているよ」
「そう、か……。ああ、それと昨日はすまん、助かった」
セイリオスは受付の椅子に座って振り返ったタウに向かって、手を合わせた。
「いいのいいの、無事に見つかったんだったらそれで。で、何で連絡なかったのか聞けた?」
「あー、まあ……」
「ん? 何、その感じ。聞けてないの? セイリオスお前一人で大丈夫?」
仕事場に出勤して、一目散に課長に会いに行けばもぬけの殻で、何度か部屋に行って見てみるもののおらず、それを見かけたタウが声をかけてきた。
昨日、ヒカリから連絡がなくてタウに協力して探しに行かせてもらったのだ。
因みにタウはヒカリとセイリオスが入れ違いになった時に連絡してくれるために、王城に残ってくれた。早上がりだったのに王城の門前で3時間も待ってくれていた。
頭が上がらないので拝んでいるのである。
ヒカリをお風呂に入れる前に連絡すれば、すぐに「了解、また明日な」と返信があった。
因みにタウにはスピカが今、家を出ていることを伝えてある。
「ヒカリくん、今日は魔道具関連課の資料庫だっけ。警吏課の日じゃなかったの?」
今日はセイリオスは休もうと思っていたのだが、ヒカリが出かける準備をしていたのでとりあえず一緒に来た。
来たのはいいものの、警吏課には今日は魔道具関連課に行くと伝え、資料庫で勉強をしている。
朝は少しドタバタしてしまったので、食堂でご飯を食べる約束をしてそれきり、籠っている。
一人で留守番はセイリオスの心情的に厳しかった。
「俺がいない時に」
「あー、もうわかった、仕事しながら見とくから、お前は残業にならないようにさっさと仕事終わらせて来い」
セイリオスは申し訳なさそうに出ていった。本日、タウは内勤勤務。一般市民の困りごとを聞くシフトである。ちょうどその後ろが資料庫なので全然かまわない。
タウとしては人に頼ることを覚えたセイリオスに大満足だが、ヒカリの方が本調子じゃないことが気がかりになった。
「本当、なかなかうまいこと、収まらないもんだな」
それからさらに一週間。
セイリオスは昼のまだ日が高い時間に、家に帰って来た。ヒカリを抱えたまま玄関を開けて荷物を人型に渡す。
腕の中に抱え上がられたままのヒカリに声をかける。
「ヒカリ、家に着いたぞ。大丈夫か?」
「ごめんなさい」
「謝るな。寒いんだったか。風邪を引いたかな」
「せいりおす、さむい」
「ん」
ヒカリの体をぎゅっと抱きかかえて隙間がないようにしてやる。
王城で仕事中に体調が悪くなった。食事も半分残して、寒がり始めたのをリーツが見かねてセイリオスに伝えに来たのだ。
確か、風邪の時は風呂には入らないほうがいいんだったか。
驚く働く人形たちにヒカリが気にしないでというと一匹はしつこくうろついていたが、皆仕事と日向ぼっこに戻っていった。
セイリオスは体温計を棚から出してヒカリに渡す。
風邪かと思ったが体温がとても低い。35.6℃はいつもの平熱よりかなり下だ。こういう時はどうしたらいいのかと思う。
今は部屋でブランケットを被ってぐるぐる巻きにしてセイリオスが抱っこしている状態である。
温かい白湯を飲んで、ちょっとマシになったと笑っているのだが安心できない。
今頃何かの薬の副作用とかが出てきていたらどうしよう。
何があったか聞かないと約束したので聞いてはいないが、日に日に元気がなくなってきているのは確かだ。
話を聞きたい課長もいなければ、スピカもいないし。
調子がいつも通りでないヒカリが、スピカの家へ行って留守だったので、医務課へと言ったら出張だと聞かされた時の複雑そうな顔。
ほっとしたような、残念なような顔だった。
誕生日に出張いれるとかあいつ、頭腐ってるんじゃないのか。
とか人のことを言えないはずのセイリオスは少し怒りつつも、なるべくヒカリと時間をともにした。
ご飯も食べる量はそれほど変わらず、体重も見た感じ減っていない。
でも、顔色がよくなく頬もこけている。
睡眠不足は否めないが、だからと言ってそれが病に直結するかというとわからない。
そもそも、スピカが出ていってからかなり無理をしていた節があるから、それがここにきて疲れとして出たということも考えられる。
ヒカリに医者に行こうかと聞けば、大丈夫、平気と言われてしまう。
何よりもヒカリが体調が悪いことに気付いて、頑張ってご飯を食べて、眠るために忙しく体を動かして、早めに就寝するためにベッドに潜り込むのもいつもより一時間ほど早くしている。
本人が努力しているし、ギブアップだと伝えてくれるまでは好きにさせようと決めた。
これ以上は今のところ手詰まりだなと思っていたら、今日のこれだ。
簡単に言うと一緒に作業していたエリオットが、ふとヒカリを見て、寒くて震えているのを指摘した。
風邪じゃないのかとリーツを呼んで、リーツが早退届を出したのだ。それを聞いてセイリオスも早退してきた。
まだ、夏の暑さが残るって言うのにヒカリの本日の服装はインナーの上に長そでのシャツ、カーディガン、下はぶ厚めの靴下も履いている。
確かにおかしい。
汗ばむセイリオスの間にちょこんと座っているのに、暑くなくて温かいというのはおかしい。
さてどうしたもんかと、寝不足気味のセイリオスはコーヒーを飲んでいる。
どうしようもない状態のまま過ごす一週間に蓄積された睡眠不足はコーヒーをいくら飲んでも晴れない。
ヒカリが本調子じゃない時に、スピカがいないことがなかったからこんなにしんどいとは思わなかった。何がしんどいって、頼ってもらえないことだ。
スピカと二人だったら気軽に相談もできたし、どちらかが失敗したらどちらかがフォローしてくれるという安心感があったのだなといなくなってから気付く。
ヒカリに対して躊躇わずに距離を縮められたのはあいつがいたからだ。
あいつがいなくなった途端、臆病で卑怯な自分が顔を出してしまう。
せめて卑怯ではいないようにしようと思うのだが、正しいという自信がない。
足をもぞもぞさせているのでセイリオスが暖めるためにマッサージをする。
二人無言でソファの上でまったりしているとチャイムが鳴った。
過敏に反応するヒカリの肩を撫でブランケットで包んで、ソファの上にそっと座らせる。
「俺が見てくるから、白湯ゆっくり飲んどいて。食べたくなったらおやつ食べてて」
見上げてくるヒカリが頷く。
あー、唇割れてるな。あとで保湿しておかないととか思いながら玄関の扉の前に行くと人の気配がする。配達の人とかなら門の前で待っていると思うのだが、と少しだけ開けるとそこには見知った顔。
「こんにちは。お邪魔してもいいですか」
スピカが声を出したら居間の方で大きな音がして、階段を急いで登る音がした。
「……俺は出前とか頼んでいないが、お前が勝手に来ただけだよな?」
気持ち大きめの声でそう聞くと、不審な表情でスピカがこちらを見る。
「は? 往診だよ往診。お礼も兼ねて。ていうか今のヒカリ? 何か急いでたけど」
お前が来たから急いで逃げたんだろうなとは言わずに、家にあげる。
「往診は俺は頼んでいないよな?」
「まあ、頼んでないけど。っていうかお前また、ちゃんと寝てないだろう? 仕事か?」
「あー、仕事ではない、な」
などと言いながら、スピカが勝手に階段を上っていくのをセイリオスは後ろで見ている。
「何? お前来ないの?」
「……俺のことは気にするな」
変な奴だなとつぶやきながら、スピカはヒカリの部屋をノックする。
いつもなら、はーい! どうぞー! と相手も確認せずに声がかかるのだが、無音。
もう一度ノックをしてからお邪魔してます、スピカです、と言ってみたけど無音。
なので、ノブに手をかけて開けようとすると、ようやく返事が返ってきた。
「えと、スピカ開けないで、ほしいです」
そのままドアノブを離してスピカは胸を押さえた。ヒカリからの拒絶、刺さる。ぐっさりささった。おえ。
そうして階下のセイリオスと目が合った。長い付き合いで、見えるその表情は「心配」。
口パクで喧嘩か? と聞くと首を振る。
そして見守ってくるので恐らく声をかけて欲しいということなのだろうと、スピカは正座して再び扉と向き合う。
「こんにちは。ヒカリ。今日、誕生日プレゼントが届いてたの知ってお礼を言いに来たんだ。ありがとう。すっごくステキだった。中身見ちゃダメって書いてあったけど、見たらだめなのかな?」
スピカが出張に行っている間に誕生日がやってきていて、医務課へ行くとヒカリからの贈り物が届けられており、スタンが預かってくれていた。
「先輩、何でヒカリくんに伝えてないんですか? 出張のこと。ご自宅にも行ったそうですよ。さいてーっす」
という小言付きでだが。因みにスタンには実家の事情でいったん家に戻っていると適当な話でごまかしている。訳知り顔で何やら納得していた。
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