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第4章
それ以上でも、それ以下でもない22
しおりを挟む恋心のことは置いておいて、感謝の気持ちは伝えたいヒカリは、ふと、ダーナーのことを思い出した。
そういえば、大事な人に石を渡すのがいいよと勧められたなぁ。
日本でも、宝石には沢山の意味があって、この間リーツに勧められた宝石はちょっと高かったので諦めた経緯がある。
しかし、その後フィルとお出かけした時に見かけた出店の石はそんなにお高くなかった。
お店のおじいさんが魔よけの石だよ、お安くするよと勧めていたのだが、その時にはもう組紐を買っていたので、本日の予算オーバーで諦めたのだ。
『あれ、まだ売ってるかな。魔よけってことはお守りの中に入れてもいいかもしれない!』
ちょっと眠れぬ夜に、チクチクとスピカの誕生日プレゼントを繕っていたヒカリの頭にビビビビと閃いた。
何かが降臨したくらいのビビビである。
手元には手のひらよりも小さなお守り袋が縫われている。
赤くて少しだけキラキラした糸が入っている布に、この間買った組紐を袋を閉じる紐に使うつもりだ。
因みにセイリオスの色合いにとても似たきれいな組紐もあり、今なら二つ買うと10%引きだよと言われて購入した。
無論、セイリオスにもお守りを誕生日プレゼントにあげるつもりである。
組紐は色々な赤色で組まれているもので、スピカみたいだと思って即購入が決定した。深かったり、明るかったり、その時々でグラデーションのように代わる赤い瞳のようで素敵だった。
それに刺繍を施して、『御守り』の字を入れているところである。
中身は空っぽの予定だったのだが、魔よけの石を入れたほうがご利益がありそうだ。
真っ黒な石だからちょっと地味だけど、袋の中に入れるし、魔よけだし、わぁ、いいかも。
もう売れてしまっただろうか。スピカの誕生日までには見つけたいヒカリは早速フィルと遊ぶ予定の日に探しに出かけた。
だが、探していてもその時々で顔触れが変わる屋台が多く、見つけらず時間だけが過ぎていく。
フィルに何か探しているのかと言われたのだが、なんとなくこれは自分一人で探したいなと思い、石のお店とだけ言ってたくさん回った。
そろそろ帰る時間だなという時になって、前のおじいさんを見つけた。
以前は真ん中あたりに店を出していたが今日は端っこの方だったので見つからなかったのだろう。おじいさんもヒカリのことを覚えていたのか目が合うと声をかけてくれた。
「こんにちは。今日は何をお探しですか?」
「あの、石を見たくて」
「あぁ、前も眺めていたもんね。好きなだけ見ていって」
「ありがとうございます」
ヒカリが見たのは、ちいさくてカットできずに装飾品などに加工できない小さな石の棚。
そのお店にはもちろん大きな石も置いているのだけど、それはヒカリの予算的に買えない。
この店のおじさんは、普通に石を集めるのが好きらしく、こういったちいさい石も捨てずに集めているそうで、お店の端っこでこじんまりと売っているらしい。
棚の中にいくつも瓶が置いてあり、適当に石が詰め込まれているものを一つずつ手に取って中を確認する。
黒い石はなかなか見つからず、帰る時間になってしまい肩を落としているとおじいさんが声をかけてきた。
「3日後にまた店を出すからおいで。ここら辺で店を出すから。探せばいいよ。」
「本当ですか? わかりました。また来ます」
3日後なら間に合うとおじいさんと約束して、ルンルン気分で帰った。
そうして3日後、はたと気付く。
今日は普通に出勤の日で、半日休みだけれどセイリオスは仕事。
フィルも普通に学校。
ヒカリは王城で図書館に行くと事前に約束していたのだ。
うぅ、自分の間抜けさに頭を抱える。
日を改めたらいいとは思うが、そうこうしているうちにスピカの誕生日が過ぎてしまうだろう。
かと言って帰りに行けばいいというものでもない。
なんとなくだけど、スピカはセイリオスと一緒に探して買ったものを欲しくないのではないのかと思うのだ。
だって好きな人が自分と違う人と一緒にいるのを見るのが辛いから家を出たのに、そんなことをするのは不誠実な気がする。
スピカの想いを踏みにじる気がしてそれはできない。
というわけでうじうじ考えていたらあっという間に、お昼ご飯の弁当をセイリオスと二人で食べていた。
おいしいけれど、心ここにあらず。どうやって話そうか思案する。それを見て、また、何やらまた考え込んでいるなと気付くが、セイリオスが口を出すことでもないかと弁当の隅っこに詰め込まれているブロッコリーを口に運ぶ。
ヒカリが胡麻和えにしたものだが、なかなかおいしいとパクパク箸をすすめていた。
これが終わったらセイリオスは仕事に戻ってしまうので、今しかない。ヒカリがおずおずと声を出した。
「あのね、セイリオス」
「このブロッコリーおいしいな」
言葉が被って、目が合ってちょっと心臓が跳ねて、そのままはにかむ。
「うん、おいしい! よいブロキリだたね。あのね、えとね、ちょっとしたいことがあるんだけど」
「何がしたいんだ?」
これ、スピカも食べたかっただろうかとか思いながらセイリオスは話を促した。
「あのね、今日の午後、広場のおみせがでてるところで買い物がしたくて……」
「フィルと一緒か?」
「ううん、ひとり……」
お弁当箱の端っこのブロッコリーをつつきながら、尋ねてみる。答えはやっぱり。
「うーん、すまん。それはちょっと難しいかと思う」
やはりいい返事はもらえない。セイリオスは眉を少しだけ下げて、本当に申し訳なさそうに言うのでヒカリも大丈夫と言いそうになって、でもやっぱりもう少し粘ってみた。
「だめ?」
「帰りに俺と一緒に行くのではだめか?」
「でもね、ひろばのはしのほうだから、おうじょうのほうがちかいところだし、お昼ご飯、終わったら、2時間だけでも、いいんだけど」
「でもな」
「ぼく、一人でも大丈夫だよ? もう、毎日診察しなくても、いいし。リュックにもたくさんくすりもってるよ。乗る馬車も覚えてるし、いえにもひとりでかえれるよ?」
一生懸命思いつくままにプレゼンをしてみた。心配事が減れば許可がもらえるかもしれないと必死だ。セイリオスは弁当を食べる箸を止めて、ヒカリの目を見た。ドキドキするけど、逸らしたらダメかなぁ。
「一人がいいのか?」
的確にヒカリの要望をついてくる。どう言えばいいのか悩んでいるとセイリオスが提案してくる。
「じゃあ、次の休みに一緒に行くのはどうだ?」
「それじゃ、ちょとおそいの。まにあわないかもだし」
ヒカリがちらりとカレンダーを見て、セイリオスも見て時計の音がちちちと聞こえる。
「俺とは嫌という事か?」
「そういうわけじゃなくて」
「すまん、今のは聞き方が悪かったな。ヒカリが一人で選んでやりたいんだろう?」
コクリと頷いて、沙汰を待つ。
「俺にはヒカリの行動を制限できる権利なんてないから、そんな悪いことしたような顔しなくていいんだよ」
セイリオスがお弁当の隅のゴマをきれいに取り除いて食べている。ちょっと嬉しそうな顔で。
「ただ単に、心配でついつい自由を制限してしまっているが、ちゃんと相談してくれただろう? そうだな、じゃあ、さっき2時間って言ったな。2時間ごとに魔紙で連絡をくれ。時間はいろいろあるかもしれないから4時間でいいか? で、王城の図書館に帰ってきて、俺が来るまで待つ。何かあればすぐに連絡。路地裏にはいかない。道に迷ったら治安のよさそうな場所とかカフェとかで連絡して待つこと、しんどくなったり疲れても同じだからな」
すぐに色々と条件を整えるセイリオスはさすがだとキラキラした目で見てしまう。あぁ、余裕がある大人ってかっこいい。
というような目線を感じてセイリオスは少し気まずい。
この年齢でこんな条件は怒っても不思議ではない。どこの箱入り娘だ。成人した働いている人に言うセリフではないのは重々承知だ。
承知だが、心配なのだ。
だって、こんなに可愛いんだぞ。
……まてまて、今の考えは何かちょっと危うい気がする。じゃなくて、実際に危険は俺より多いだろうし、一人で歩いたことのない外国は危険だし、治安はいいが変な考えのやつもいるし、……だから心配なんだと誰にするわけでもなく心の中で言い訳しているなんてことはおくびにも出さずにヒカリを見つめ返した。
そして、最近では見る頻度の減った屈託のないただの笑顔で、にっこり。
「ありがとう。セイリオス!」
これでお礼を言うんだから、心配なんだなとは言えず何とも言えない表情になるのを止められない。
一応、他の過保護な保護者達に連絡を入れておけば少しは気にしてくれるかもしれない。スピカには、言わないほうがいいか。あいつの為だろうし、ヒカリがそんな無茶したと知ったら絶対止めに来る。それはヒカリの本意ではないだろう。
「お礼を言われることでもないがな。あと、出かける前に警吏課にお使い頼んでいいか?」
「はい、よろこんでー!」
セイリオスは笑顔のヒカリの頭をひと撫でして、今一度、リュックの中身をチェックしてヒカリを送り出した。
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