確かに俺は文官だが

パチェル

文字の大きさ
上 下
315 / 424
第4章

帰り道の夕焼けは目に眩しい31

しおりを挟む


「俺たちの母親は、君を生んだから死んだんじゃない」
「そうね」
「この間、父から聞いてきた」



 母親であるチェレアーリはルピナスを生んですぐの時に誘拐された。本当は子どもを狙ったが、母が庇ったのだという。


「俺はあの時、妹にかかりっきりな母と、仕事ばかりな父に、構ってもらえず家出をしたんだ」



 スピカも覚えていた。


 家出をしたとは言ったけれど、自分の机の上に「ちょっと、家出します。」と書いて、物置に一晩隠れていただけのもの。
 そこまで周囲を困らせようと思ったわけではなく、ちょっと、心配してほしかっただけなのだ。


 一晩、一人で隠れ切ったと目が覚めれば自分の部屋のベッドで寝ていた。
 家が少し騒々しく、珍しく昼時に帰ってきた父が色々聞いてきたのだ。


 大丈夫か。怖いことはないか。痛い所はないか。
 珍しい父の剣幕に戸惑いながら返事をして、ふと、母はどうしてるか聞いた。


 またまた、珍しく。自分が聞くことに狼狽える父が妙だったのを覚えている。



「お母さんは少し体調が悪くて、入院した。……大丈夫。すぐよくなる。君におやつを渡しておいてくれと言われていたんだ」

 スピカは驚いて、母にお見舞いの手紙を書いて、父に送ってもらったのを覚えている。



 それからしばらくして帰ってきた母は、手足が不自由だった。
 動きがぎこちなく、そう、麻痺しているかのような。


 スゥ? ルゥが泣いてるわ。抱っこしてあげて。
 嬉しそうに母が言うので、抱っこして寝るまで歌を歌った。そのころ、母がスピカをスゥと呼びルピナスをルゥと呼んでいた。抱っこしたいのに、その腕では赤ん坊を落とすかもしれないとは言わずに、いつもすぐ泣き声に気付いて、近くにいる人に頼んでいた。


 今思えば、あの頃、口にもマヒが残っていたのかもしれない。





「母が庇ったのは、俺。物置小屋で昼寝していて。そっとしておいてあげてという母に使用人たちも見て見ぬふりしてくれていて、おやつを届けに来た母が、俺を庇ったんだ」



 母は人質となった。
 要求は父に対して送られてきた。家が持つ機密情報を話せというものだった。

 一子相伝の秘術、王室の機密情報。
 渡せるわけがなかったと父は項垂れて呟いた。


 そして、それは母にも要求された。
 拷問をするよりも手っ取り早く情報を吐かせる手段があった。

 母は自白剤をまさに浴びるほど飲まされたのだという。


 知らないという母に、当時巷であふれていた多種多様な幾種類もの自白剤を飲ませた。自白剤が効けばどうなろうとかまわないと、要求は金ではなく情報さえ手に入ればいいのだから。



 父はすぐに家の中の裏切り者を一掃し、その人攫いの集団を警吏課とともに壊滅に追い込んだ。
 背後で操っていた貴族を見つけたが、裁判にかける前に違う罪で爵位を返上の上、追放となっていた。また、失われた体の機能を回復できるすべを探した。時間がかかり、5年たつ頃には母は儚くなった。



 あまりにも忙しく、たまに帰っては夜中。
 家に居ても、自分の不甲斐なさにどうしようもない気持ちになっていた。医術ばかりにのめり込んでいた父は、もっと、家族のためにできることがあっただろうと自分を責めた。

 貴族らしいことが苦手な父は、そういった点は母の方が向いていて。


「あなたのできないことを私がやるわ。私の腹黒い所を余すことなく使って、そしてあなたはもっとたくさんの人を救ってよ。私にはできないことをあなたがやって? ねぇ、いい考えだと思わない?」

 父は母から13歳の時にそう言ってプロポーズされたと言った。
 実際、母は人を使うのがとても上手かったなとスピカは笑う。腹黒く見せずに腹黒い。



 夜中に帰った時にいつもみんなの顔を見て、母が起きているときは少し話したりして、ちょっとでも体によさそうなものがあればすぐに持って帰って、試してもらって。


「夜中に帰って、君がいなくなったら私は生きていけないと泣いたこともある。すぐにスピカが起きるから静かにしてと怒られた」


 そんなことも知らなかった。父はずっと帰ってきていないと思っていたから。

「そうしたら彼女は言ったんだ。私はあなたのできない事をやるとは言ったけれど、あなたができることまでは任せられても困るわよ。この子たちの父親の仕事は私の仕事ではないわ。仕事放棄するって言うのなら、さっさと縁を切って頂戴。カシオさんにでも頼んで、父親になってもらうわよって。ひどいと思わないか? 目の前で愛している男が泣いてるのに」


 愛されているとは思うんだ、とか、そこでカシオ? とか、確かにそれはちょっととか思って何も言わずにいた。


「だから、君が秘匿している医術を公開しようと言ったとき、どうしてそんなことが言えるのかと頭に血が上ったんだ。あの時すぐに要求に応じて、わが一族の情報を漏らせばと何度も自分にしてきた問いを、君に、指摘されて慌てたんだろうな。殺したんだろうと言われて、君に咄嗟に手が出そうになった」


 でも、出せなかったんだよ。君の笑う顔があまりにも苦しそうで。
 自分は何をしているんだろうという虚無感に襲われて、手を出そうとして自分が恐ろしくなった父は俺を預けることにしたそうだ。


 この状態のままだと、いつ手を出すかわからない。
 それに、母に補っていてもらった部分をこれから自分がしていかなくてはいけない。
 そのために教えを乞う時間もいるだろう。
 それに。


「私は君に好きな道に進んでほしかった」







しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

処理中です...