確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

帰り道の夕焼けは目に眩しい23

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「だて、スピカ、あの時そんなこと言ってなかった。だって、だいすきで、ずっと見てたから、まねっこしてたんでしょ? だからわるくち、言われて悔しくって」


 スピカを見てたらわかるよともっと近くに寄ってくる。


 小さな声でヒカリが語り掛ける。
 スピカのいじけて、端っこで拗ねて頑なになった小さな男の子に。


「傷つけちゃたって思ってるんだよね? 」

 ヒカリが見つけてしまう。



「スピカ、賢いから多分、ぼくがおもたことなんか、気付いてるとおもうけど。ごめんが言えないままで辛いと思てるかな、て」

 だってスピカはすごいお医者さんで、頑張って、努力して、色々知って、大人になって、それなのにああいったってことは。



「ぼくね、喧嘩のちゅーさいは得意なんだよ?」
「別に仲直りなんかしたくないって言っても?」


 本当の気持ちなど、自分でもわからないのだ。ヒカリに分かるわけはない。

 だからか、素直に頷けない。
 家族が大好きなヒカリが、家族が嫌いな人間もいるってことをわからないのも仕方がないのかもしれない。
 家族と離れたくないってヒカリが、家族と離れたいって思う人間がいるってことも。



 言ってしまいそうになる。

 世の中、幸せな家族ばかりではないってことを、ヒカリが思う幸せの形がみんな一緒ではないということを。


 大人げなくって言わないけれど。
 だから、フッと笑った。この話はこれでおしまいにしようと思った。
 

 いつもみたいに腕に囲って、胸で抱きしめればいいだろうと腕を伸ばそうとしたら、ヒカリから手が伸ばされて両頬を掴まれる。




「仲直りじゃなくて、ちゅーさいだよ? あのね、スピカはね、すごいお医者さんなんだよ」
「へ?」


 強いし、賢いし、集中力もあって、それなのに優しくて、偉そうじゃないし、体を鍛えてて、医者の不養生をしないようにしているし、いつもみんなのこと細かく見てるし、ニコニコしてるし、注意するときはちゃんと注意できるし、胸筋がすごいし、しんどくっても見せないし、かわいいし、清廉潔白で。



 延々出てくるんじゃないのかと思えるくらい、目と目を合わせてヒカリはスピカをほめたたえる。


「だから、ぼくだいすき」
「そ、そう、ありがとう」

「でもね、そうじゃなくてもすき」
「え?」


「もし、なきむしでも、よわくても、いじわるなこといっちゃても、誰かを助けられなくても、誰かを傷つけてしまても、もうね、僕、スピカのこと嫌いにならない、なれないから」



 そしてそのままヒカリの胸に抱きこまれる。
 つい、癖でその心音を聞いてしまう。


 トトトトトトト、ちょっと早い。



「ほんとは、ひどいこと言っちゃったっておもってるんだよね? かこいいスピカはそれ、後悔してると、思ったんだ。きっと、大人になったスピカは、色々学んで、あやまりたいなっておもったんでしょ? 」
「なんで、そんな」



 抱きこまれたところからヒカリを見上げると、とても頼もしそうな笑みを浮かべた。

「だって、スピカの話とても、楽しそうだったから。ぼくね、スピカが思てる以上に、スピカのこと見てるから、おみとーしだよ? ふふ、なめて、もらっちゃーこまるよ、ふふふ。それにね」



 とっても楽しそうにヒカリがスピカをさらに抱きしめ、クスクスと何故か笑う。実際はスピカのツンツンした髪の毛がヒカリをくすぐるから、笑っていたのだが、スピカはそれにドキリとする。


 ヒカリはちょっと恥ずかしくって、スピカの耳元に唇を寄せて、宣誓する。


 もし、お父さんが悪い人で、ひどいこと言ったら、僕が全部聞くよ。それで、一緒に戦おう? 
 スピカを泣かせるのは、誰でも許さないから、ね。
 僕にまかせてっ。こんなんだけど、いないよりいたほうがましでしょ?



 そうやって囁かれた言葉はスピカの鼓膜を撃ち抜いて、つい、勢いよく起き上がってしまった。


「わっ」


 驚いたヒカリは少し長めの髪が広がり、まん丸した目でスピカを見上げる。
 草花の上で光を浴び、瞳をキラキラさせていた。勢いよく起き上がってしまったから、ヒカリの手は緑の中に少し埋もれてしまっている。


 その手の細さを見れば見るほど、まだ頼りなく、助けを必要とする、保護されるべき人間だと思う。


 それなのに。


 その腕に、俺を抱えようとしていることに少しも驚かない。
 そして、自分がそれを甘んじて受け入れようとしていることに驚く。今までのはふりだったはずだ。ヒカリが喜ぶから、お兄さんとしていられることが彼の心の安寧につながると思ったから、俺は甘えるふりをしていたはずだ。



「ぼくだけじゃなくって、セイリオスもダーナーさんもカシオさんもいるよ? きっともっともっとたくさん、スピカの仲間はいるからね」


 スピカの動揺を知らずにヒカリはニコニコ笑って続ける。スピカを安心させるためだけに笑う。
 その顔を見て、スピカの心拍数は上がるばかり。





 そんな波打つスピカの心臓の状況などわからないヒカリは、まぁまぁ落ち着いてお茶でも飲みましょうとリュックからお茶を取り出すのであった。









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