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第4章
忙しいのは変わらない1
しおりを挟むぱちぱちぱちぱち。
セイリオスが席に着いたのを確認してヒカリは机の上に持っていたものを置き、食卓を囲む同居人を見回す。
「手を合わせてください」
パンッ。
「いただきます!」
スープを一口飲んで、お腹の底をじんわり温かくした後、すぐに目をつけていたおかずに手を伸ばした。
パリパリとした表面に、中はふんわり湯気がホクホクと立ち上る。
塩コショウをかけただけの魚の切り身を油で焼き上げしたものだが、ウロコのパリパリとした触感がとてもおいしい。
大き目の骨を除けてまた一口。
パクリ、もぐもぐ。
おいしい。
お皿の上にあった緑色のソースをつけると少し甘みがのって違う風味になる。
じゃあ次は黄色いソースとウキウキしながら魚を堪能しているとスピカが笑った。
「本当、器用に使うなぁ。それはそうと今日の試験どうだった?」
「ふふふ、れんしゅうしたらだれでもつかえるよ。えっとね、試験? どうかな? いちおうできるとこまでがんばた」
「確かに、あれは頑張りすぎだ」
「頑張りすぎって?」
遡ること昨日。
移民になって初めての朝。
頭の中がスッキリしすぎて、寝すぎた。
起きてそう考えるほど頭がすっきりしていた。
朝日と言うにはとうに高く上りすぎている太陽がセイリオスの部屋の中に光をもたらしている。
両隣には昨日と変わらず、セイリオスとスピカが寝ている。
変わらない朝なのに、確実に何かが変わった気がする朝。
それが何かわからないけれど、起きた瞬間から期待に胸がドキドキしていた。
早くおはようが言いたくて、二人の間にまたもや寝ころび、小さくおはようと言ってみる。
おはよう。
「ありゃ、起こしちゃた?」
それがヒカリが移民になって初めてのおはようだった。
その日の朝、働く人形たちも本日は寝坊助だったのか、フラフラと歩いていき庭で日向ぼっこをしている。
ヒカリはもしゃもしゃとサラダを口に迎え入れて咀嚼中である。
ヒカリが口の中のものがなくなってから話そうと思いつつ、いつもすぐに次のものを口に入れてしまうので、結局咀嚼中に話しかけることになる。
食べるしぐさがお上品なスピカは、ほっぺがパンパンなヒカリが草食動物のように思えてきた。
サラダをそんなに口いっぱいに頬張るやつがいるだろうか。
「ヒカリ、移民になって一日目なんだけど」
「ふん? ほふはふ」
「実は休んでいる暇はないんだ。やることが山積みで」
「ほっほー!」
だから、ヒカリの返事がちょっとよくわからないまま話し続けることによくなる。
やることは山積みなのだが、あいにく同居人であるセイリオスとスピカの方だって普通に忙しいわけで、休みの日や空いている時間などにやることを一緒に消化していくことになった。
ヒカリ一人でもできることがあるかもと思い「ひとりでしようか?」と提案したのだが、すぐに却下された。
理由は。
「一緒に行きたいからだけど」
「楽しいことだから、一緒がいいかと」
と言われて、それなら文句も言えないわけで。
顔もにやけてしまうわけで。
話し合った結果、山積み問題その1。
お仕事をしようを消化することにした。
とにもかくにも生きていくうえで必要なものだ。
福祉国家だった日本でもないし、保護されるだけの難民ではなくなった現在。
ヒカリには先立つものが必要なのだ。
出来れば三人で家賃とか生活費とか折半したいくらい思っている。
幸運なことに声はかけてもらっていたので、真に受けることにした。
ケーティはそう言った社交辞令は言わない人だと何となくヒカリも思うのであって。
同情とかもあるのかもしれないが、嘘で働きにこいとは言わない人だと思う。
というようなことを言ったら、二人も賛成してくれた。
そしてさっそく連絡をと、セイリオスが手紙にその旨をしたためてくれた。
確かに社会で何かしら居場所があると感じられたほうが本人も落ち着くだろう、というのが二人の見解であったので動きは速いに越したことはない。
だから日中は返事があるまで、やることリストを作ったりして過ごした。
移民一日目はずっと家にいたけれど、順調だななんて思っていたがヒカリは驚いた。
「じゃあ、さっそく明日試験と面接に来てくれだって」
と言われたら驚くのは当たり前だろう。
「え? しけんって?」
王城で働くにはそれなりに関門がある。
普通は国家試験を受けなくてはいけない。
医者なら医者の、騎士なら騎士の、警吏課なら警吏課の試験である。
一次試験は三回行われれる。
まず、一般教養の試験。
これはどの部署の試験を受けようとも同じ内容である。
次の試験は専門教養の試験がある。
これは選択した専門職の試験なので受ける部署によって内容が違う。
そして、一次試験の最後は実技。
これも部署によって違う。
因みに専門職の試験内容を考えるのは各部署の課長さんである。
と言うことはダーナーも作っているのかと思うとちょっと面白い。
そこまでは全員が受けられて、面接はその三次までの試験で合格になった人が最終的に受けることになっている。
四回も試験があると思うと果てしない道のりだ。
規模も大きく年に一回だけ行われるらしい。
そして受けた試験結果、主に、一般教養と専門教養と実技の総合得点によって職員階級が一級から五級に振り分けられる。
課長クラスは一級でないとなれないなど等級は結構意味があるらしい。
お給金も違うのだとか。
そして、部署ごとによって難易度が違い、魔道具関連課は五級から採用していて、筆記で頑張った人もいれば実技で何とかという人もいたり、個性豊かなメンバーがそろいがち。
じゃあ、医務課はと言うと最低2級以上でないと採用されず、どの試験もまんべんなく点数を取っていないと採用されない超難関コースらしい。
入ってしまえば能力や内部試験で適性を認められて他の部署に異動ということもある。
内部試験は年に二回行われる。
階級を上げたい職員が挑むものなので五級で受かっても務めていれば一級にも上がれるというシステムである。
階級を上げたければ試験を受けるか、もしくは何かしら手柄を立てればいい。
きっと、ダーナーは何かしらの手柄を立てたのではないだろうかとヒカリは思った。
因みにスピカは一級、セイリオスは三級らしい。
二人とも最初の試験から等級は変わらずだ。
スピカはやるなら一級でしょと息巻いていたし、セイリオスはほどほどでいいと言って内部試験を受けようともしない。
試験を受けたが採用されなかった人達はというと違う仕事をしながら勉強したり、王城内で経験を積んだりするものが多い。
ヒカリがこの間までやっていたのはアルバイト。
これはそれほど重要な機密がないと判断された内容で人手が足りない時に各部署の役付きが個人の裁量で決め、採用される。
だから試験などはいらない。
今回ヒカリが受けるのは臨時職員である。
慢性的に人員が足りず、かといって国家試験を待ってもいられない時に使われる。
田舎から来たのに試験を受けてまた帰るとなると貧乏な個人はそこで試験を諦めてしまうこともあるのだとか。
試験は落ちたが見込みがあるため見習いとして雇いたい時。
それ以外にも能力はあるが、まだ学生だったり幼いなどの理由で試験が受けられないと認められた時。
試験は受けるつもりがないが能力があり、どうしてもと請われた時。
などなど、多岐にわたる様々な理由で雇っちゃおうというときに便利な職員形態。
今回は、その臨時職員にヒカリがお誘い頂いたのだ。
通常の職員よりは給金や待遇などは劣るが、通常の職員よりは時間の自由があり、拘束も緩い。
それは今のヒカリからしたらなかなかいい待遇の話であった。
長い話になるからとお風呂も晩御飯もすべて終わって、さぁ寝る前のお話タイムの時に受けた説明は、へ―そうなんだと受け流せなかった。
臨時職員になるからには一応、簡単な試験と面接はあるようで。
と言うことで明日受けにくるようにと言われたんだよ。
「えぇー!?」
驚くのも無理はないよね?
目の前でヒカリの「えぇー!?」に驚いている二人にはヒカリがなぜ驚いているのかわからない様子でますますパニックになるのであった。
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