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第3章
闘えないとは言っていない28
しおりを挟む「おはよう!」
セイリオスとスピカはいつも通りにふるまおうとして、先を越された。
階段を下りてきたヒカリが顔を出して、大きな声であいさつをしたからだ。
二人ともおはようと返す。
ヒカリは自分の準備をすっかり終えて、分担された家事を行い始めた。
朝、家の前に置いてある郵便箱から新鮮な牛乳瓶を運んでくる。ついでに新聞も。
そのついでにちらりとセイリオスの部屋をのぞいて、窓が閉まっていたら開けに行く。ずっと開けっぱなしだと寒いから家を出る前に閉めにもいかないといけない。
朝のキンッとした空気がセイリオスの部屋に入ったのを確認して、次の用事をしに行く。
牛乳を保冷庫に入れた後、今日のメニューを見て必要なカトラリーを用意する。コップを棚から取って人数分おいていく。
そろそろ本格的な冬が始まるのだろう。朝は目が覚めるほどの寒さで布団から出たくなかったのだが、ここでうじうじするのはヒカリの本望ではない。
次に玄関前の掃き掃除をして、洗濯ものを運ぶ。
その流れで家の中のランプも見ていく。魔石が切れそうなら充填か変えるかしないといけない。
その次に薪を確認しに行く。
暖炉もある。この家にはもちろん薪もある。
魔道具であっためるものもあるらしいけど、昔から暖炉がある家は暖炉を使う事が結構一般的なので、どこでもある風景だ。
魔石よりも薪の方が安いことも関係しているのだろう。
働く人形たちは冬になると太陽光が少なくなるので朝起きるのが少し遅い。
なので、太陽が昇る時間が少なくなってくる季節になると、その分、家事の分担が増えたのでヒカリ的にはへへへと悪い顔をして喜んで家事をやっている。
手を洗ってキッチンに戻ると、ややぎこちないセイリオスが食卓にご飯を並べていた。
「あ! 僕もやり、ます」
「えっと、じゃあ、飲み物を用意してくれるか?」
「わかたー。みずのひとー。 温かいお茶の人ー。つめたいぎゅにゅーのひとーはーい」
「あー、やっぱり俺も牛乳で」
「俺も頼めるか?」
「はぁい、お任せあれ!」
セイリオスの家で頼んでいる牛乳は2リットルぐらいの容量があるので飲み始めは慎重に持って注がないといけない。
冷たいから結露で滑りそうになるし、重いのでこぼしそうになる。
最初は結構失敗しまくって、何回か落として割っちゃったけど、二人は任せてくれるので最近は慣れたものです。
スピカがホッカホカのオムレツを運んで座ったので、ヒカリがパンッと手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
もぐもぐ食べて頬を少し膨らます。おいしいねと言って違うものを口に運ぶ。
今日は力つけていかないとと気合を入れるためにももりもり口に運ぶ。
今日は警吏課にいるねとヒカリが言うのでセイリオスたちがすまないなと謝った。
急いで口の中の物を飲み込んで言い切る。
「何が? たのしぃよ?」
それより今日はどこでお昼ご飯を買おうかと聞けば、二人が真剣に悩んでくれたのでほっとした。
いつも通りの自分ができただろうかとヒカリは警吏課の扉が閉まりきるのを見届けて、頬を両手でグニグニする。
あの後、セイリオスがそんなに危なくないんだ。命を取るわけじゃないんだ。というから、わかったと返事をした。
その時ばかりはそれ以上何も言えなくて苦しくなったけど、なんとかできたと思う。
言いたいことはあると思うのに、うまく言葉が出ない。セイリオスやスピカに何か言おうと顔を上げると、わからなくなる。
怒るのも泣くのも悲しむのも感謝を言うのもなんか違う気がするから、ただ笑うだけ。
こういう時どうしてたっけと日本にいたころのことを考えて、そういえば笑っていると楽しくなってきていたんだと思い出して笑うことにした。
この人たちはヒカリが笑っていないと無茶をするらしいから、それだけはわかる。
ヒカリも同じだから。その気持ちは痛いほど。
起きた瞬間に、とりあえず元気出していこうと頬を叩いた。
「お、おはよう。ヒノさん」
「おはようございます。チャコさん」
今日のチャコさんはラフな格好をしているので受付業務じゃなさそうだ。シャツにぴったりした黒いズボン。ちょうど探していたのでラッキー。
チャコはヒカリをヒノさんと呼ぶ。カシオもダーナーも同様ヒノと呼ぶ。おそらくそこで距離を保とうとしているのだろうが、ヒカリにとってはヒノ呼びもうれしいのだ。
ヒカリもヒノも、どちらも日野光という自分を保つのに役立っていると思う。名前を呼ばれることの尊き事よ、と名前を呼ばれてしみじみとしていたらチャコが行ってしまいそうになっていた。
「チャコさん! 今日はチャコさんのオシゴト、見ていてもいいですか?」
「おおっと、爆弾発言ですね」
チャコさんは後ろを振り向きながら、口元を少し押さえてクスクス笑った。何がおかしいのだろうか。こちらに歩み寄ってくれた。
「今日はお仕事と言っても受付じゃないので。すいません」
「はい、……お邪魔しません、から、端っこで少し見たいだけ、から。気分悪くなったらすぐ休む、えっと危なくない所でちらっと……だめ?」
指先をもじもじさせながら下から上目遣いでお願いされて、チャコは苦笑いをした。
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