確かに俺は文官だが

パチェル

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第3章

闘えないとは言っていない3

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『やぁだっ。やめてっ。離せ! 離してっ! いやいや、いやだ。こわいよぅ。いやだよぅ。あ、あ、触らないでっ。触らないで。したくない。したくないんだ。燈兄ちゃあん。なんにもきこえないよぅ』


 セイリオスはヒカリを閉じ込めるように抱きしめ、声をかけ続けた。
 しかし体の震えがどんどん酷くなる。
 小さく舌打ちをしてしまう。耳にも異常が出ているのか。


 だとしたらヒカリは真っ暗な何もない所で突然目覚めたことになる。
 声を出しても聞こえない。突然感覚を奪われて対応できる人間なんていないのに、こんな状態で。



 そりゃ怖いなと声をかけた。
 刺激しないように触れるところに気を付ける。でもヒカリが自分を傷つけないように捕まえる。


『もういやだ。ぼく、もう、いやなんだ。もう、いいや。もう……ぼくは』


 セイリオスは自分の足が濡れるのを感じた。
 洪水のように濡れる自分の足に何とも言えないやるせなさがこみ上げる。ぎゅっとヒカリをそれでも包み込んだ。
 ヒカリ、ヒカリ、諦めるな。諦めないでくれ。


 セイリオスの瞳から涙が一粒こぼれた。
 一粒こぼれてしまえば次々にこぼれてくる。

 なんで俺が泣いてんだよ。馬鹿じゃないのか。泣く前にすることあんだろ。



 それがヒカリの頬に当たる。
 突然の水にヒッと肩を震わせたヒカリは、それでも上から次々に降ってくる水に微動だにしなくなった。


 セイリオスは何を言えばいいのかわからず、ヒカリと呼びかけるだけだった。
 何度も上から垂れてくる水が丸い頬を伝ってヒカリの唇に当たる。


『う、しょっぱい……!! うあ! あまい……、せいりおす? どうしたの? ないてるの?』


 ヒカリが突然セイリオスに気づいてその腕を抱え込んでしがみつく。
 何度もセイリオス? と聞いてくるがそのろれつが少し怪しく、セイリョスだったりヘリオスだったり、聞きようによっては別人になったがおそらく呼ばれているだろうと思ってヒカリの頭をなでる。
 何でもないんだと言うが伝わらない。




 その手を捕まえて指先に触れてヒカリの眼から涙があふれた。



「また、たすけてくれたの? また、みつけてくれたの? ありがとうぅ。かっこいいー。すきぃ」


 終いにはずるいようなんて言いながら、セイリオスにしがみつく。
 セイリオスはヒカリの好きなようにさせた。体をよじってセイリオスの首に両手をかける。
 正面から捕まえて、ぎゅっと全身で抱きしめる。クンクンとセイリオスの唇の匂いを嗅ぐ。首も、胸元もクンクン。セイリオスは犬とじゃれている気持ちになってきておかしくなってきた。


『セイリオスの匂い……。セイリオス。どうしよう。何にも見えないの。何にも聞こえないんだ。僕、わかんない。僕、ここにいる? 生きてる? 帰って来られた? これ、セイリオスだよね? ね、何かしゃべって? お願い。こわいんだ』


 お願いを聞いてあげたいが、今のヒカリの鼓膜を震わせることはできても聴覚には訴えかけられそうになく、セイリオスもヒカリの背中に手を回した。


『おかえり、ヒカリ』


 背中に一文字ずつ書く。
 声にも出してヒカリの額に唇を優しくつけて声が届かないなら、振動だけでも伝わるようにと。何度もそうするとヒカリが気づいてただいまと胸元でつぶやいた。


 セイリオスは簡潔に『目と耳、薬、一時的、聞こえない、なおる』と書くと一生懸命背中に書かれた文字とセイリオスの息遣いに感覚を研ぎ澄ますヒカリはものすごい面白い顔だった。
 なんでちょっと寄り目になるんだろう。

 一文字書いて当たるとセイリオスが背中をポンポンと叩く。違うともう一回チャレンジ。ヒカリはわかったといい、セイリオスの胸に頭を預けた。


『わかったから、ね、治るまで離さないで。何にもなくて落っこちちゃいそうなんだ。このまま、ずっと。僕を捕まえてて。お願い。はなさないで。僕、もう離さないから。はなさないんだか、ら』


 セイリオスは返事の代わりにさらにぎゅっと抱きしめる。ヒカリもぎゅっと首に回した腕に力を込めた。


『あったかい。きんにく……。すきぃ……。ほしぃ』

 とつぶやいて寝息を立て始めた。








 ヒカリをベッドに上げる前に、濡れたズボンと下着を脱がせる。
 セイリオスももれなく濡れてしまったズボンを脱ぎ去った。脱いでから、こんな場面を見られたらスピカに問答無用で鉄拳を食らいそうだと少し慌てたら、開けっ放しだった扉から人型がのぞき込んできた。


「ご入用ですか? 主」
「すまん」


 手を伸ばして受け取ろうとしたら、ヒカリがこわいこわいとぐずり始めた。
 さすがに手を使わずにズボンが穿けるほど器用ではないので、どうしたもんかとヒカリを揺らしてあやしていると人型がさっと近寄ってしゃがみこんだ。

 そしてセイリオスの足をタオルで拭う。消毒液入りのお湯であっためたタオルを動物型が持っていた。


 ほんと用意がいいな。
 自立モードだけど、最近、人と変わらないと思うんだけど、これ何モードなのかな? と考えながら足を拭われた。


「はい、右足あげてください」
「まじか……、頼む」


 次は左と容赦なく指示を出す。
 仕方なくズボンを穿かせられるという物心ついてからされていないことに笑う。恥ずかしいと思う前におかしい情景に。


 お前らがいてくれて本当に良かった。ポツリつぶやいた。


 ズボンを穿かせてもらい、次はヒカリだなと声に出す。
 動物型がうつらうつらとしていて、そういえば今日は出ずっぱりで天気も悪かったなと休むように伝える。


「ヒカリはスピカが起きてくるまで俺が見ておくから、任せろ。人型、お前も。昨日からパーティーの用意で疲れたろ? 原動力切れになったらヒカリが泣くから。何かあったら呼ぶから」


 ベッドに乗って、ヒカリの下半身を清拭していた人型が最後にヒカリにズボンを穿かせようとしていた。が、ヒカリがセイリオスの腰を挟んで巻き付けた足を離さないので四苦八苦していたのだ。


 幸い着ていた上のシャツは長めなのでまぁ、患者の着る服と変わらないだろうとそのままでいいよと伝えた。
 パンツだけは履かせた後だったのでぎりぎりセーフじゃないかと一人と二体で頷きあった。



 俺は別に恥ずかしくない。お前はどう思う? 
 ベツニ。 
 わたくしも特には。


 一体は常に何も身につけていないから参考にはならないかもしれないがおおむね意見は合致した。


「オ・ヤ・ス・ミ、ヒカリ」


 動物型が抱えられているヒカリのお尻らへんにポンと一回だけ触れて、やっぱり肩を落として部屋を後にした。



 しょげてるなー。
 今ならヒカリの言う可愛いが少しわかる気がしたセイリオスはゆっくり横になった。


 全然腕が外れないので、どう寝たら楽かなと考えてセイリオスの首をクッションで少し高く上げる。ヒカリの腕を下敷きにしないように。その後セイリオスも腕を片方はヒカリの首に片方は背中に回す。


 あとは胸の中に抱え込んで完成。

 なんだ、あんまりいつもと変わらないかとヒカリの背中をポンポン叩く。


 あと少ししたらスピカが起きるだろうから、その時に話して散らかった部屋も片付けようかとうとうとする。
 ヒカリの寝息を聞いていると眠くなる。どうしてかと思えば、ヒカリと寝ることがあるから条件反射みたいなものかと心地よくまどろむ。


 腕の中で安心して寝ているものがあるとそれが伝染するのだろうか。


 セイリオスはうとうとする自分を叱咤するために次の防犯装置について考えを巡らせた。










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