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第3章
長すぎた一日30
しおりを挟む「んー、何て言ったのかな? よくわかんないや」
男はヒカリの言ったことなんて気にせずに肌を堪能するかのように腹を撫で、わき腹を伝い脇に触れた。
鳥肌がぞわわわと広がる。この人たちからしたら便所が何を言ったって気にもしない事なんだろう。それは散々学んだのに、どうしても言葉が出てしまう。
それに自分はトイレがもし話しかけてきたら、使うことができなくなりそうだけど。
ヒカリの考えが変な方に飛ぶ。危ないぞ。
「っん」
「あぁ、撫でられるの気持ちいい? 俺、優しいよ? 力抜いて……」
ぜっんぜん気持ちよくないけれど、ヒカリは今、意識を保つのでいっぱいいっぱいだった。
このまま撫でられていると図書館の時みたいに意識がなくなりそうだと感じた。
そういう反応が出てしまう前に、ちょっとでも嫌なことがあったら逃げるんだぞ。
と主治医から言われているヒカリは唇をかんだ。
その声を聴いた優男騎士が言ったことを聞いてまた、反論しそうになるのを我慢する。
優しい人は自分のことを優しいよなんて言わないよ。
この人たちは相手を強い力でねじ伏せたいだけなのだ。
だから、今はおとなしくして、意識を保つことに集中しよう。
ヒカリは何とか心をコントロールしようと自分に語り掛ける。
セイリオスやスピカを思い浮かべながら。
殴られて意識を失うことがないように、その前にここから脱出するんだ。
じゃないと、この人たちの計画とやらにまんまと利用されるらしいから。
スピカの声が聞こえる。
落ち着いて呼吸しような。
吸って、吐いて。
耳がその音だけを聞く。
セイリオスの眼が見える。
おでこをこつんとくっ付けながら、ヒカリの世界を優しく照らして閉じ込める。
ヒカリの呼吸だけを見ている。
見られていることなんか気づいていない瞳で。
思い出せ。
「その便所ようやく大人しくなったか」
もう一人の乱暴騎士が戻ってきた。
血の匂いが一緒に狭い部屋に入ってくる。
ずるずると何かを引きずっている。人だ。
血にまみれていてよくわからないけれど、その人を部屋の隅に放り投げたのでヒカリが散らばらせたリュックの中身がコロコロとそこかしこに転がった。
「あれ、そいつ結局帰んなかったの?」
「あぁ、もう、面倒くさいから、こいつも俺たち騎士の尊い犠牲になってもらうことになった」
「まじか。まぁ平民なんていらないし、いいか。それにそいつ平民のくせしてうるさかったしちょうどいいじゃん。騎士のメンツの為にも。あ、乳首たってきた」
「お前まだそんなことしてたのかよ。サッサとしねぇと役者がそろっちまうぞ」
「俺、無理やりは趣味じゃないんだよね。アンアン喘いで気持ちいいって泣きながらよがるのが見たい派なんだよ」
首筋を舐められていると、乱暴騎士がため息をつきながら靴先でヒカリの顎を捉え、顔をあげさせる。
「まぁ、今回はお前がいないとこの計画もできなかったし、時間もまだあるからいいぜ」
「まぁね。治癒できるのなんて少ないしねぇ」
途切れそうになる意識の隙間にとらえた言葉につい、ヒカリは尋ねた。
「計画って、な、に?」
靴の先でヒカリの顔を眺めていた男が笑ってしゃがみこみ、顔を覗き込んできた。
「お、知りたいか? いいぜ、暇つぶしに教えてやるよ」
それはそれは、懇切丁寧に話してくれた。ヒカリは、あ、話すんだと思った。
騎士課は古くからある歴史のある部署だ。警吏課よりも医師課よりも。
構成されているのも貴族のエリートばかりで、誇り高き部署なのだ。
それが最近はどうしたことか平民上りがたくさん配属されるようになり、そのうえ、働きの面でも警吏課や医師課の方が人気があるではないか。
そんな中、起きたのが今回の図書館変質者事件である。
後でしっかりお叱りを受けてしまった騎士たちは主に貴族の面々であった。職務怠慢とセイリオスに思われている貴族の騎士というだけでおごり高ぶっ
て、ふんぞり返っていた彼らにとっては。
それはそれはとても許せることではなかったのだ。
しかも、その被害を受けた移民の少年を見てみて驚いた。
「なぁ、お前のせいで俺の出世が長引いたんだ。お前みたいな公衆便所によ」
男は怒っていた。
そんなことヒカリに言われてもよくわからないし、どうして自分がトイレと言われているのかもわからなくて、恐怖が再び這い上がってきた。
優男風の騎士はこっちは全然たたないやとヒカリの性器をズボンの上から弄んでいる。
「で、俺たちも考えたわけよ。一石二鳥で、いや一石三鳥であいつらまとめてぶっ潰そうかって。あの犯罪者はな、隣国の人身売買、武器のやり取りもやっている。そんな奴が警吏課のせいで逃げたとなったらどうなるだろうか。しかも、あいつは最近摘発された貴族ともつながりのあるやつだ。その二人がつながれば警吏課は全面的に評判が落ちる。人身売買を忌み嫌う国民にその犯罪者を逃がしたとなりゃあな」
でもなぁと乱暴騎士がわざとらしく困ったような顔をする。
あ、めっちゃ腹立つ顔だ。すっごく馬鹿にしてる。ヒカリはそんなことを思った。
「証拠がないんだよな。その二人をつなぐ。俺はその貴族の家で時々見かけたからわかってるが、言い出すわけにもいかない。そこでお前だよ」
無理やりあげられている顔が苦しくて、息が荒くなる。
そこで自分が一体どういう役割になっているのか頭を動かすが苦しさが勝ってきた。
「お前がその両方と関りがあるんだよ。だから、お前の手引きで犯罪者に脱獄してもらう。で、お前があんあんその二人と喘いでいるところを俺らが捕まえるってわけ。じゃあ、あの医者の信頼も失墜。さらに言うと貴族の見張りをしている平民上りの騎士も職務怠慢。万々歳ってわけ」
そう言われるが、ヒカリの顔色は少し変わったくらいで焦りがあんまり見えない。騎士は少しいらだった。
「わかる? お前今言った意味」
「わか、る。でも、ぼく、そんなしょう、げん、しないよ?」
そう。それにはヒカリの発言が必要になってくる。
しかしヒカリは懲りずに自白剤をいつでも飲むつもりなのでヒカリの証言が取れない。そんな簡単なこともこの人はわからないのだろうか。
ヒカリの背後で優男騎士がぎゃははと笑う。
苦しくなってきたヒカリを仰向けにする。服はほぼほぼ意味のない状態でヒカリの胸元まではだけている。でもそんなこと気にしていられない。この話をしっかり理解しないと。
「わかってるじゃん。えらいえらいねー」
頭をぐりぐり撫でられて、毛穴の奥まで気持ち悪さがしみてきた。
「そうだよ。だから、怪しいぐらいにして、お前が証言できなけりゃいい」
「え?」
「お前の口さえ封じたら、誰も自白剤なんて飲まないから。本当のことなんてわかりゃしない」
「でもでも、罪が、おもくなる」
「そうだな。でも、犯罪者の口も封じちまえばいいだろ」
「貴族の、人は?」
「それも問題ない。お前に惑わされたとかって減刑を求めるし、あっちはお前が定期的に手に入れば他は何もいらないらしい」
「でも、口ふうじたら」
「そうだな。約束が違う。でも、例えば、お前が証言できなくする方法なんていくらでもあるだろう」
方法がいくらでもある? どういう事だろう。
空いている窓から風がびゅっと入ってきてヒカリの顔を撫でた。雨の匂いがする。
どうやら外はついに雨が降り始めたらしい。
あちこち行く意識を集中させようとヒカリはまた唇をかみしめた。
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