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第3章
一日の始まり
しおりを挟む「ふんへふんへふふーんふんふん」
床をゴシゴシと束子で擦りながら、上機嫌で不思議な鼻唄を披露しているヒカリは絶賛、お風呂掃除中だ。
冷えるお風呂掃除はスピカによって禁止されていたのだが、信用印を貰ったお祝いに何をしようかと聞くと、お風呂掃除! と迷わず答えたことによって実現した念願のお風呂掃除である。
念願のお風呂掃除ってなんだろうと、セイリオスは思うのだがそう言うほかに表現の方法がない。
「でね、モリリンのおふろ、はもっとおっきいんだ。二人でゴシゴシしても終わらなくってね。壁にね、『富士山』っていうおっきい山の絵が書いてあるの。二人でピカピカにしてねっ」
そして、モリリンの家のせんとーの掃除話をしている。
せんとーとはお金を払って入るお風呂らしい。
つまり大衆浴場のことだろうなとはなんとなくあたりを付ける。
因みにお風呂掃除は三人でしている。
全員袖と裾を捲り上げて、寒いから時々お湯を流しながら、ゴシゴシのアワアワにしている。
「へっへっへ、たのしみぃー。ピカピカの一番ぶろ! お風呂掃除たのしーね!」
まぁ、楽しいらしいので文句も言わずセイリオスも黙々と掃除している。
スピカもピカピカを目指して掃除中だ。
なんせ、今日のメインイベントがこれだ。
お祝いの日にしたいことはと聞けば、自分で家をピカピカにしたい。
そこで皆でいつも通りにしたい。
だから、警吏課に行く前の日に風呂掃除なんてことをしている。
ヒカリの風呂掃除がうまいことが判明するぐらい三人でごしごしした。
ヒカリいわく、ただゴシゴシしてはいけない。アワアワの上でゴシゴシがいいんだよ。
ただのゴシゴシは傷がつくらしい。
警吏課で信用印を押してもらい、そのまま移民申請に行く予定があるのに、こんなに掃除していたらヘトヘトになりそうだ。
案の定、ヒカリが次の日、うぐぐと言いながら起き上がり、「きんにくつー、あ、たてない」とコロンと転がっていた。
玄関へ続く扉をよたよたしたヒカリが開けて顔をひょこりと出す。
玄関では靴を履いているスピカの背中があった。ヒカリに気付いたスピカが振り返った。
「おーい、ヒカリ! まだ痛いのか?」
「う、うーん? 痛いけど、ダイジョブ。歩ける。素早くは無理けど」
「まぁ、筋肉痛は悪いことじゃないけど、マッサージはやり方を間違うと筋肉を傷つけるからな? 無理したらダメだからな? じゃあ、俺出るけど、セイリオスよく見といてくれよ」
「スピカぁ! ほんと、ダイジョブだから。それより、スピカは今日のお昼……」
「それは、バッチリ覚えてるし、スケジュールも押さえてるから。ヒカリも忘れるなよー。じゃあ、いってきまーす」
「はーい! いってらっしゃい」
玄関で同居人が朝イチとは思えぬテンションでやり取りをしているのを、セイリオスは歯を磨きながら眺めていた。
移民申請を行ったあと、二人は食堂で待ち合わせをしている。因みにセイリオスもだ。
絶対一緒にご飯を食べるため、スピカは早めに出勤をすることにしたようだった。
ヒカリはいってらっしゃいを言ったあとふにゃふにゃの顔で口をモゴモゴさせている。
何か、照れている?
へっへっへっと悪人のような笑いをこぼしながら、セイリオスの前を通りすぎる。
お昼ごはんのことでも考えて、涎でも出そうになっているのだろうかと考えながら洗面所へと戻った。
朝の支度を終えて、食卓へ向かうと机の上で紙になにか書き込んでヒカリが座っていた。
「なんだ、もう、食べていてよかったのに。スピカ見送るのに早起きしたんだろう?」
「んー、一緒の方がおいしーから」
ヒカリは書き物を途中でやめて、ごはんの支度を始めた。
温めたスープを運んで机の上に並べる。
セイリオスもコップに水をいれて運んだ。
「せーの、手を合わせて、いただきます!」
ただの葉っぱであるサラダを食べながら思う。
確かにおいしい。
「そうだな。だとしたらこっちの魔素液を足してもいいんじゃないか」
「そうですね。そうしてみます。ありがとうございました」
ぱたぱたと去って行く同僚の後ろ姿を見送っていたら、その先に見覚えのある人物を見つける。
声を掛けようかと思ってやめておいた。
顔には結構でないほうだけど、いざばれたらと思うと怖いし、二人で仲良くやっているのを邪魔をするのもはばかられる。
そう俺は空気の読める男だと自負しているから。
あ、どうも、久しぶりのタウです。
そう眼鏡でヒョロガリのタウです。
そして警吏課の前で声を掛けるのをためらった人物はもちろん、セイリオスとヒカリくんです。
わぁ、今日もあんな顔しちゃってまぁまぁ。熱いぞこんにゃろー。
と心の中で謎の副音声で一人実況を始めたタウは、その場で立ったまま二人を見た。
いいことがあったんですよー、へへへと言う顔をしたヒカリがセイリオスに何かを言い含めて一人で警吏課の扉を開けた。
開けようとしたが、結構重い扉なのでセイリオスが手を貸してヒカリが通れる隙間を作った。
恐らくありがとうと言って扉の前で手を振っている。
振られたセイリオスは中に入れてもらえなかったようだ。
ありゃりゃ、セイリオス振られたのか?
それを眺めていたら振り返ったセイリオスと目が合った。
タウは苦笑しながら手を振る。
「おい、お前振られてたな」
「あぁ、仕事して来いって言われた」
「仕事大事でしょうとか?」
「そう、一人で大丈夫だとさ」
まぁ、確かに。
今日は警吏課で信用印を押してもらって、それについての説明と、その後移民の手続きに行くのだ。
時間は結構かかる。
移民課も人手がある方じゃないから、順番待ちで昼休憩の時まで時間がかかったら食堂でセイリオス達と一緒にご飯らしい。
俺は昼頃からちょっと外回りだ。
ご飯を一緒に食べたかったなと少し残念に思う。
おいしそうに食べる人が目の前にいるとこちらの食欲も増すのは何故なんだろうかと思うからだ。
タウはそこでこそこそとセイリオスに尋ねた。
「……で、さ。今日中に移民審査通るのか?」
「……あぁ、難民部部長さんがしっかりと事前に目を通してくれているからな」
しっかりとにいやに力がこもっていたが、難民部部長も反省してると思うけど。
許す気はないらしい。
「じゃあ、今日は予定通り夜に向かえばいいか?」
「そうだな。家に帰ったら多分動物型と遊んで、お風呂で遊んで、その後晩御飯の用意をしてイタダキマスだからな。タウの都合の付く時間で頼む。遅すぎたら寝てるかもしれないから9時ごろに来てくれたら助かるな」
「おっけー。楽勝楽勝。間に合うように外回りも早めに行くし」
「すまん。忙しいのに」
「はぁ? こっちは祝いたくて勝手にやってることだから、謝るのはおかしいんじゃない?」
「そうだな。ありがとう」
タウが持ち歩いているカバンの中には、今か今かと登場を待っている包み紙に包まれて綺麗にラッピングされたものが入っている。
合計十冊。結構重い。
その名も眼力探偵シリーズ。それの計十巻が入っている。
本が好きな彼にあげる予定のものだ。
因みにタウのお古。その方が気にしないだろうと思ってのチョイスだ。
これにハマったら眼力探偵深淵編のシリーズも折を見てあげようかと思っている。
今日の夜はパーティーなのだ。
ヒカリには内緒の。
だから、タウにとってこの重さはわくわくとした気持ちと相殺されているので重くはなかった。
ただ肩が悲鳴を上げているだけで。
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