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第2章
暗躍するのはそこそこ得意29
しおりを挟むセイリオスは宣言通り、おそらくヒカリのために、もしくは警吏課を訪れた傷つけられた者たちのために用意された、そして時には疲れた警吏課の職員のためにも用意されたお茶菓子をぼりぼりと食べる。
そして、目の前の扉を凝視した。
ヒカリが通された会議室からは大きな物音は聞こえない。あれから三時間は経っている。
鞄の中からヒカリと考えたお手製のウェットティッシュを出して手を拭く。
ソファの上で仮眠をとるつもりはないが、ヒカリが出てきたときのためにそれなりに寛いでいました態を作っていた。
机の上には分解されたアンティークの魔道具が置かれている。
今は細かすぎる魔道具を分解する気にもなれなくて、大きな魔道具を分解することにしていた。その為、机の上はかなりごちゃっとしており、誰かが触れられる状況ではなかった。
ヒカリにはああ言ったが、正直何かしていないと気が紛れず、手元を動かし続けている。
何を考えるわけでもなく機械のように分解をしているさまは奇妙で、警吏課職員の安寧を脅かしていたが本人は気付いていなかった。
そこで机の上にコップに入った飲み物が置かれた。
「セイリオスさん、顔怖いですよ」
「あぁ、いつもの事だ。気にしないでくれ」
セイリオスは無表情なことが多い。
内心何か思っていてもあまり表に出すことがないのだ。ヒカリは、えっ、そうかな、と言うだろうが。気を許せば表情に出すことも増えるが、仕事をしているときはないに等しい。
営業スマイルなどはもちろん身に付けているから、必要なときは出す。いらないときは出さないのだ。
「眉間、皴寄ってますよ」
そう言って去って行ったのはこの間、事情聴取に付き合ってくれた職員だった。
どうやらヒカリが出てきたときにセイリオスが怖い顔をしないように教えてくれたのだろう。
警吏課はなかなか信用印を出さない。
警吏課は医務課と違って個人で信用印を出すことがないよう規定がある。信用印に関しては全体会議で最終決定を出すのだ。
出す条件はもちろん信用に値するかどうかだ。
しかし、もう一つ、警吏課の信用印が押される条件がある。
それは、警吏課の信用印が本当に必要かどうかだ。それほど困窮しているかどうか。それを見極めるのだ。
ただ、箔が欲しいからというものには与えられない。
では、難民だったら貰えるのかというとそうでもない。その難民が本当に頼るところがなくて、ひどい困難に見舞われているかを確認するのだ。
つまり、最後の砦のようなものだ。
だから、セイリオスとスピカは警吏課の信用印が欲しいと思ったし、貰えると踏んだのだ。
そうして何度目かのため息をついた時だった。
セイリオスを探す声が聞こえた。というか怒鳴り声が。
「なんだ、スピカ仕事休めたのか」
「休めてねぇわ。ていうか絶賛仕事中だわっ。じゃなくて、ヒカリは!?」
「ヒカリならプレゼン中だが、何かあったか?」
「なぁ、何か聞いてないか? 何か起きていないか? ヒカリ、ヒカリは? 体調は?」
矢継ぎ早に質問を繰り出し近づいてくるスピカを腕で制止する。
「近い、やめろ。暑苦しい。落ち着け。ヒカリが体調を崩したという話は聞いていない。何があった?」
「それが、医務室の備品チェックをしていたらこれが一つ、持ち出されていて。警吏課が申請して持ち出したって聞いて」
スピカは説明しながら、ポケットから一つの小瓶を持ち出して見せた。それは、どうみてもあれで。
「自白剤? どうして?」
そこで会議室の扉がガチャリと開いた。
なかからぬぼーッと出てきたカシオが唇の前で人差し指をつけて。
「お前らうるさい。黙れ」
中ではソワソワしたヒカリがこちらを心配そうに伺っていた。
「まだ、ヒノさんのお話の途中ですので、静かにしていていください。あなたたちの声が聞こえたら気になってお話になりません」
かつてのようにすみませんと二人そろって言いそうになって、スピカが下ろし掛けていた頭を上げた。
「じゃなくてこれ、どういうことですか。今日持ち出したって聞きましたけど」
「はい、持ち出しました。じゃあ、それでいいですか。静かにしていてくださいね」
「まさか、使ってないですよね?」
カシオはセイリオスと似たところがあるので無表情だ。その顔からプッと音が聞こえた。
スピカの頭にカーッと血がのぼってカシオに掴みかかりかけた。
「てめぇ! まさか使ってないよな? ……うそだろ? やめろよ。まさかそんなことしてないよな? 俺言ったよなぁ? なぁ、何笑ってんだよっ!」
「落ち着けって」
後ろから羽交い絞めにするとがっちり固められてしまったスピカは荒く息を吐いた。
「すいません。私としたことが。失言? でしたね」
そこで後で説明するから待っていてくださいと続けようとしたが後ろからひょっこりとヒカリが現れた。
「スピカ? 何かあったの、どうしたの、ケンカ? 副課長さん意地悪言ったの? いやなこと言った? もぅ! なんで! なにきいたの? ダイジョブ、ぜんぶうそ。じょうだん。ダイジョブだから」
ヒカリが怒りで顔が赤くなったスピカに駆け寄って必死に抱きしめる。
そして両手を大きく広げて、カシオの方に振り返った。睨むでもなく、ただこちらをまっすぐ見てくる瞳は先ほどの冷える発言をした時と同じ瞳だった。
「副課長さん。ぼくと約束した! やくそくやぶった?」
あまりの剣幕にカシオは両手を顔の前で振った。
「してません。少し行き違いがあっただけですよ。約束は破っていませんよ」
「ほんとう? ……うーん、わかた。少し時間ください。スピカのはなし聞いてくるから」
ヒカリはスピカの話を聞こうと連れだそうとするがそれを止められた。
カシオが咄嗟にヒカリの腕をつかんだのだ。
「いや、本当にちょっと待ってください。あなたたち。ヒカリさんはとりあえず、私たちとの話し合いを終わらせましょう。それから、お二人には説明したほうがややこしくなくて済む」
掴まれた腕が突然だったので、少し驚いた。
ヒカリがぴくッと反応すると、セイリオスと目が合って、手を伸ばされた。カシオの力はほんの弱いものだったので、その手を掴みに行くとするするとほどけた。
スピカもセイリオスの腕の中から抜け出し、すぐに膝をついてヒカリと同じ目線まで降りてきた。
「ヒカリ、今日プレゼンの前、何か飲まされなかったか?」
「……えとぅ、……あの……、その、ダイジョブ」
「飲んだのか? 自白剤」
セイリオスの腕の中で、スピカの隣でヒカリは少し気まずい思いで答えた。
どうして知っているんだろう。スピカはヒカリの胸に耳を近づけたり、目の中をのぞき込んだり、下瞼を引っ張ったり、脈を図ったと思ったら、今度は舌を出される。
「はほへ、ひゃうほ、はうはへへ」
「何を考えたって?」
ヒカリが説明しようとしたらぎぃっと会議室の扉が全開にされた。
「もう、お前ら全員入ってこい。一から説明するから。スピカも診察したいんなら中の方がいいだろう。ほら、入れ入れ、おい、チャコ。暖かい茶ぁでももってこい」
呆れた顔のダーナーが大きなため息をつきながら顔を出した。
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