確かに俺は文官だが

パチェル

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第2章

暗躍するのはそこそこ得意10

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「セイリオスくん! 大丈夫?」
「は、い。大丈夫です。それより早く奴を追わないと」

 セイリオスは背中に雷流を浴びたため、背中がかなりしびれた。
 呼吸も一瞬苦しくなってしまい、上司の上に覆い被さるようになってしまった。幸い手足は動きそうだとしびれる体を起こし、無理に立ち上がろうとする。


「もう、むりでしょう。しびれてるんだから。ほら肩貸すから」
「すいません」

 急がないとと言いながら、二人はお手洗いの中の用具室の中へと入って行った。
 用具室の中の箒やモップの束を掻き分けて、モップと箒をそれぞれの位置に凭れかからせた。すると、薄く隙間が拡がった。其所に二人は体を滑り込ませた。
 中は薄暗く、セイリオスは灯りをともす魔道具を取り出し薄暗い道を照らす。


 この城には抜け道が幾つかある。古い建物であればあるほど難解になり、覚えていられる人間はそうそういない。


「こっちで合ってるかな?」
「えっと、あ、ハイこのまままっすぐ進んでください」

 少し気が急いているセイリオスは自分より小柄な上司に肩を借りているため、どうしても歩みが遅くならざるを得ないことに歯がゆさを感じた。その様子にセイリオスの上司であるケーティ・デルタミラは苦笑をこぼした。

「焦っても仕方がないよ。君がこれ以上怪我なんかしてみて。ヒノくんが泣いてしまうよ」
「それは、あなたが傷ついても同じだったと思いますが」

「あのね、君は私の部下でしょうが。部下を守るのは上司の仕事なんだから奪わないでくれるかな? 怪我をする意味合いが違うよ」
「あ、すいませんさっきの道は左でした!」

 ケーティはそういうが、彼が怪我をしてしまうとセイリオスが怒られてしまうのだ。
 あのお仕えの人に託されたのに、膝に傷を負わせてしまっていた。

 地味に痛い感じで、ヒカリなら泣いてしまうだろう傷だ。

 それなのに今は、決して逞しいとは言えない華奢な体でセイリオスを支えてもらっている。
 しっかり上司としての仕事をいつもよりもできているのだからこれ以上甘えるわけにもいくまい。

 その上あの変態は彼の顔面に向けて雷流を向けたのだ。目がやられてしまっては致命傷だ。彼は目がなくても仕事を続けるだろうが。

 それに、ヒカリが悲しむのは本当だ。

 この上司を慕っている様子が二人の様子からよく見られる。
 時にヒカリにお世話されながら、ヒカリに対して上司風をふかしているのにヒカリは楽しそうなのだ。

 自分の役割が社会にあることで生き生きしているヒカリがいるのは偏に、何の偏見もないこの上司のおかげである。
 そんな彼が顔にけがをしてみろ。
 この人形のような造形の上司に傷は似合わなさすぎる。そしてその変態が自分とかかわりのある人物だと知れた時には、きっと深く後悔し、自分を責めるに違いない。

「しかし、囮の協力を頼んだのはこちらなので、これ以上あなたに被害が及ぶのは」
「ちょっとまって、もしかして僕がただの善意で囮になったと思っているの? せっかくの研究を中断してまで? あのくっさい汚物と同じ空間にいて、あまつさえこすりつけられたのも?」

 一文が増えるごとに上司の機嫌が悪くなっていく。何がそれほどダメだったろうかとセイリオスは戸惑った。

「あの、違うのですか?」
「そんなわけないでしょう。僕はね、大切な仲間を傷つけられたんだよ? ヒノくんは僕の大切な部下だ! そんな不埒な輩を排することができるなら率先してやるに決まってるでしょう。もう、セイリオスくんはやっぱり仕事のし過ぎだよ、頭の回転が悪い。これがひと段落着いたら休みとるんだよ」
「休みは十分にいただいてますが」
「部下の体調管理も上司の仕事だからね。変なことを言う部下は強制的に休ませるものだよ」

 ほんと嫌になっちゃうとぷりぷり起こる上司の姿が珍しくて、焦燥感がいつのまにか少しずつ薄らいでいた。
 雷流を浴びたことによって少し熱くなっていたのだと気付いた。あれを浴びた時に思ったのはヒカリの事だった。


 寝ているヒカリを思い出した。
 彼は悪夢を見て魘されているときに、寝言で言うのだ。
 痛い、痛いと。ビリビリしないで。嫌だよと。

 今回の奴もヒカリに雷流を浴びせたと聞いたときに合点が言った。一人で寝られなくなったのは変態とその雷流のせいだろうと。


 最初の自己紹介の日に彼は「まほう、ビリビリ」と言っていた。 

 殴られるよりも先に。恐らく虐待で使われた中ですごく恐怖の対象だった魔法なのだろう。それも図らずも今回使われて、悪夢を見るようになってしまったのだ。

 そしてセイリオス自身がそれを浴びせられて、ヒカリにこんな危険で酷い魔法を使ったのかと思えば、どうしようもない殺意が沸いた。

 咄嗟に溢れそうになる自身の魔力をコントロールするので精いっぱいで、冷静な判断ができなくなりそうだった。

 それを上司が諫めたのだ。普段はあのような口が悪いようなことは言わないのだが。
 先ほどの会話の中では言葉の綾のようなもので大事な部下がと言ったのだが、あながち間違いではなかったらしい。
 それぐらい彼もヒカリの事を思って怒ってくれたのかと聞けば、先ほどまで感じていた怒りも和らいだのだ。
 セイリオスの作戦通りにいけば、上手いこといっていれば、今頃あの変態は。


 だから大丈夫だ。落ち着け。






 一方広間で出口を目指していた男はすんでのところで踵を返した。入口のところに、剛毛な強面の男が立っていたのだ。

 名前をダーナー・シーシェダル。
 警吏課の鬼の課長だ。そんなのがギラギラ目を光らせて立っているのだ。もしかして不審者情報でも出回って図書館に来たのではないかと汗が垂れる。
 野生の勘で多くの犯罪者を摘発していると聞いていた。
 そう言われるとその眼力は確かに犯罪者を探しているように見えた。

 こうなったら、もう一つの出口につながる場所へと向かう。いざとなればそこに潜り込んで出るつもりだった場所。
 ヒカリを捉えた後、気絶させ、袋に詰めてここから運び出す。そのあと、回収しようと思っていたが、まさか自分が乗ることになるとはと思い中庭へと出た。


 中庭には、王城から荷を運ぶ馬車が停まっている。
 中身は馬糞だ。樽に馬糞を詰めこんで運び出す。それなりに馬が多いので、糞尿も大量に出る。それを肥料にして少し遠くの農場へと運ぶのだ。来るときは空の樽が運ばれるので一つ一つ中を確認されるが、出るときは確認しない。


 セイリオス曰く、騎士課は「糞尿の確認などは誇りある騎士の仕事ではない」のだと。

 まぁ、建物の中に入るわけではないからいいのだろうが。


 警備としてはどうなんだろうかと常日頃思っていた改善点の一つであった。
 そこを利用されようとしているのだ。




 ここを逃げ切れば、また別の手段でヒカリに近づけば良いだろう。男は馬糞が詰まっている馬車をこれほどまでに恋い焦がれたのは人生で始めてだった。







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