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第3章
長すぎた一日18
しおりを挟む「爆発するぞっ!」
気に食わない不毛の土地を思わせる瞳の持ち主が大きな声で怒鳴った。
地べたに這いつくばりながら、それを見て大変胸のすく思いがした。
見当違いも甚だしい。
するわけないだろうが。馬鹿じゃないのか。
せいぜい、お前らが眠くなった時に倒れるくらいで。
焦った男の顔を凝視する。
あぁ、それが見たかった。もちろん、あの子を犯すことでその顔をさせたかったのだが、もう、別にいい。
どうせ、その粉がばらまかれたら誰も彼も寝てしまって、そのころには俺はここを抜け出している算段だ。
以前、これを持ってきた人間が見せたデモンストレーションでは、この場所ぐらいは粉が広がり舞っていた。
一息でも吸い込めばバタバタと倒れ、小一時間ぐらいは寝ている効果があった。
その粉の効果は数秒で薄れるため、その数秒だけ呼吸を我慢していれば俺の勝ちだった。
起きた時の悔しい顔を想像すると笑いがこぼれる。
早く早く、それを開けてしまえ。
なかなか開けないから、焦らされているように感じて、変に興奮してしまった。
不毛の土地の瞳の持ち主が大きな声を出したせいで、騎士が慌ててしまったため箱が落ちる。
カツンッと地面に落ちた拍子に、はがれかけていた封が衝撃でちぎれてしまった。
中に入っていた細かい粉が一瞬にして周囲に広がった。
「全員! 伏せろー!」
その瞬間男は息を止めた。
吸わなければ害はない。
見当違いの指示を出す男はさっきまでいたぶってきていた群青の髪の男のほうへととびかかった。
その間抜け面を脳内に刻み込もうとみていたが、自分の上に横で見張っていた警吏が覆いかぶさってきたため、その先は真っ暗で何も見えなくなった。
ヒカリくん。ヒカリくん。待っててね。
あぁ、早く泣かせたい。哭かせたい。鳴かせたい。
そのためにはこいつの一部を持って行ってもいいだろうか。
自分のせいで誰かが傷ついたと知ったら、きっといい顔で、いい声でなくだろうな。
なのに、体は悦ぶように調教してあげよう。
ヒカリくんの中で、こいつを思い出すたびに体が疼くようにしてあげよう。
ありがとう。お前のおかげで、ヒカリくんとの生活がもっと楽しくなりそうだ。
暗い視界の中、そんな未来を見ていた。
チリチリチリという小さい音がジリジリジリと音を変える。
一瞬、無音になった。
セイリオスはその粉塵を背後にして、急いで戻ってきたであろう無表情の男に手を伸ばした。
ほかのやつらは遠くに離れていたし、風向きからいうとここが一番危ない。
無音になった瞬間におそらく驚いている、かつて先生と呼んでいた男を抱え込んだ。
彼の瞬時の判断がセイリオスを払いのけようと抵抗されたら敵わないけれど、彼はそのまま抱え込まれてくれたようで少しほっとした。
そして、明るい光が周囲を照らしドンっという音とともに爆風が巻き起こった。
その衝撃波が近くの建物を揺らす。
一番近くにいたセイリオスとカシオにもそれは到達して、雷光とともに二人を吹き飛ばした。
警吏課の建物から増員がかけ出してくるのはそのすぐあと。
倒れこんでいる面々を見つけて、すぐに医務課へと連絡をした。
ヒカリはそのころ、ダーナーとベンチで座っておしゃべり中。
ほっぺにはセイリオス厳選のビスケットが詰まっている。
セイリオスは飛ばされ倒れこんだ先で、もうもうと待っている土煙の中。
意識を失うちょっと前に、赤くなる視界で、カシオの胸が動いていることを確認した後、動く気力がなくてその胸の上にばたんと倒れこむ。
そしてこんなことを考えた。
ヒカリがここにいなくてよかった。
きっと、彼がいたら、誰かを庇おうと身を挺していたかもしれないし。
きっと、今のセイリオスを見たら泣いてしまうかもしれないし。
きっと、変態にとびかかるかもしれない。
「セイリオスに何をするんだ! ひどいっ!」
変態にはとびかからないでくれ。
スピカが止めてくれないだろうか。
変態の視界にさえ入ってほしくないなぁ。
あんなのにとびかかってもあの変態にはご褒美になってしまうぞと言ってもぽかんとしてそうだ。
セイリオスは目をつむったままふっと笑ってしまう。
怒っている顔もきっと、素敵だろうとは思う。
彼の感情の一つ一つ。そのどれをとっても、なんだか愛おしく感じる。
けれど、怒っている顔よりも、泣いている顔よりも、苦しんでいる顔よりも、何より。
ヒカリの笑っている顔が一番見たいのだとセイリオスは思った。
照れて笑っている顔。うれしくて笑っている顔。動物型のしっぽにくすぐられてたてる変な笑い声。人の喜びを自分のものかの様に笑う顔。自分が笑っていることに気づいていない顔。面白くってお腹がよじれそうになっている顔。ご飯がおいしくて出る笑顔。仲間がそばにいるだけでうれしくなってこぼれる微笑み。
あぁ、俺。ヒカリが笑ってるのすごい好きなんだな。
あぁ、どうか。どうか。ヒカリが泣きませんように。
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