確かに俺は文官だが

パチェル

文字の大きさ
上 下
100 / 424
第2章

過保護になるのも仕方がない46

しおりを挟む




「おっ、おかえりー。ちょっとおそかったなぁー」

 キッチンから顔を出したのはお玉を片手に持ったままのスピカだ。


「え、あ、あれ? スピカ今日は一日、いないって」

 今日のスピカは一日仕事と伺っていたのだが、予定表を見間違ったのだろうかと玄関横に張り出されているカレンダーを見てみる。
 しかし見間違いではない。どういうことかとスピカを振り返る。

「あー、今日はさ、スタンが夜勤を変わってくれたんだ」
「そうなの?」

 突然の予定変更にヒカリは驚いたが嫌ではない。
 むしろ嬉しくて、早くあのおいしいスープを皆で食べたいなと気持ちが急いてしまう。お風呂もいつもより早めに出てしまったし、準備も焦ってしまいそうになるのを抑えた。





 あのスープは食欲が増してしまう効果でもあるのか、実際あるのだが、いつも食べすぎてしまう傾向にある。
 食べ過ぎてお腹がいっぱいなので、眠くなるのも早い。
 今日あったことを話したり聞いたりしていたらスピカがそう言えばと廊下へ出ていった。
 セイリオスもキッチンの後片付けをしに行ってしまい、待っている間にウトウトと睡魔がやってきた。



「これって、だれの?」
「え? これって……」

 振り返ったヒカリが見たものは、大きな新品のマットレスを抱えたスピカだった。
 それを見てヒカリの表情が様々なものに変化する。
 最終的には真っ赤になって目をつぶってしまった。恥ずかしいと申し訳ないとちょっとの恐怖が、ヒカリの中で走り抜ける。


「早めに家についたら配達員がもってきててさ」

 あのマットレスはヒカリの部屋のベッド用だ。
 おねしょをしてしまったマットレスが、丸型によって修復不可能になってしまったため、セイリオスが注文してくれたのだ。

 しまった! 今日届く予定だったのか。


「あ、あのね、それ、ヒカリのへやのだから、ありがとう」


 受け取ろうとソファから降りてスピカのもとへと足を運ぶ。
 丸められているマットレスを掴もうとしたら手のひらからすり抜けた。

「え、ベッドで何かあったのか?」
「あ、ちょと、汚しちゃって」
「ドウブツガタハナンニモシラナイ」


 聞いてもいないのにいつのまにか現れた動物型が、スピカの後ろを通りすぎるときにしれーっと言い放つ。

「でも、ちょっとした汚れなら軽く洗えばとれるだろ。どこにあるの。それ」
「えと、そのね」
「マルイノガコワシター」

 ヒカリは急いで動物型の口を塞ぐ。
 動物型には内緒にしてほしいと口を酸っぱくして、お願いしたところ聞いてくれたと思ったのだが。
 だめかも。


 実際は丸いのは命令通りに汚れを一切合切落とそうとしたのだ。ミクロレベルで。
 如何せんおむつの汚れを取るように、丸いのの有らん限りの握力で洗ってしまったがゆえに、ぼこぼこのなみなみのべろべろになってしまっただけなのだ。

 ヒカリはそのマットレスで構わないと言ったのだが、スピカはすぐ気づくよとセイリオスに言われて新しいマットレスを買った。マットレスってきっとお高いと思うのだが、とドキドキした。

 だから、丸いのは悪くない。
 衛生的に綺麗にしろと命令されているだけなのだから。



 しかし、スピカは眉間に皺を寄せた。

「丸いのが壊したの? そんな力の調整もできないものを稼働させとくのは危ないな」
「違う! 丸いのは悪くない! 僕が、僕が悪いから! そんなこと、スピカが言わないで」

 突然、いつになく怖い声でスピカが怖いことを言い始めたのでヒカリは慌てて止めにはいる。
 丸いのがいなくなってしまうのも嫌だし、スピカがそんなことを言うのも何となく嫌だ。
 そう言い募るヒカリにスピカはまだ、眉間に皺を寄せたまま、訊ねる。

「ヒカリが悪いのか? どうして?」


 まっすぐ見つめるスピカが少し怖く感じる。
 どうして怖いのか、その理由ははっきりしている。

 スピカ、怒ってる?


 怖くて少し震えてしまう。でもヒカリは自分の目をしっかり開いてスピカを見上げる。


「ぼくが、寝ていて、トイレが上手にできなかったから。丸いのが洗って、くれたんだ。だから、丸いのは、悪くない、の。僕が、悪いの。ごめっう」
「もう一回、聞くぞー」

 ヒカリがしっかり謝ろうとしたところで。スピカがヒカリをぎゅっと抱きしめた。

「なぁ、ヒカリが悪いのか?」
「え? だって汚しちゃったから」
「何で? ヒカリはトイレを失敗した人の事怒るのか? 叱るのか?」
「でも、僕はもう『高校生』で、『灯のお兄ちゃん』で、だから」
「コーコーセーも、トモノォニチャンも俺にはよく分からないけど、わざと困らせるためにトイレを失敗したのか? ヒカリは?」

「わざとなんか、しない、です」


 顔が見えないので声色だけだけど、やっぱり何か怒っている気がする。
 身動ぐとスピカがようやくヒカリの体を離した。スピカの赤く燃える目がヒカリを見ている。ヒカリもただ呆けたようにその眼を見ていた。


「……はぁ、またあとで聞くから、よーく考えて。よっし歯磨きいくぞー」




 何故かスピカはため息をついてヒカリを廊下へと連れ立った。
 洗面所で歯をシャコシャコ磨いていると気持ちが少し落ち着いた。よく考えてって何を考えるのかな。汚しちゃったら腹が立つだろうし、高校生はおねしょなんかしないし、実際兄ちゃんはおねしょなんかしなかった。
 どこをどう謝ったら許してくれるんだろう。





しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶のみ失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが慶也は逆に距離を縮めてくる。 「お前なんて知らないから」

英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです

坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」  祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。  こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。  あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。   ※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺

るい
BL
 国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

処理中です...