確かに俺は文官だが

パチェル

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第1章

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 目が覚めると主がいた。



「よぅ、動けるか?」



 私は掌を何度か握っては開きを繰り返す。動くという事がしばらくぶりだったのだ。動くとは動力を稼働して自身の体を使う事だ。


「勝手に起こしてすまん。俺はこの家を借りることになったセイリオス・サダルスウドだ。よろしくな」


 この言葉はラクシード語だと認識して、脳のスイッチを切り替え、口を開くが喉の部品の欠陥か声が出なかった。主は続けた。

「つっても、言葉は話さないか。 意思の疎通とかはできるのか? 右手を上げられるか? じゃあ、次は左目を閉じて。 じゃあダンスは?……これは無理か」


 そうしてどのような動きができるかしばし確認された後、一言ポツリ。


「意思みたいなのがあるわけじゃないんだな。人形が動く能力があるって感じかな」


 そうか、私は人形なのだな。遠い昔、私にも名前があった気がするが。

 どうやらこの家にはほかにお二人暮らしているようだった。赤髪の少年と体の大きな青年と、わが新しい主の少年セイリオス・サダルスウド様だ。




 彼らは青年から毎日、授業を受けているようだった。毎日、クタクタになりながらも、研究を行う。もっとも研究とは動く人形である私を分解したり、何ができるか確認するようなことだった。
 そのうち、丸いのと動物型と呼ばれるものも稼働し、私には人型と言う名が与えられた。
  

 毎日決まった動きをこなすようになった。世間で言われる家事と言うのものだ。根気よく私たちに付き添い体のボタンを押して動きを確認する。私たちにはどうやら元からインプットされている動きがあるのでそれを応用しているそうだ。

 一人で私たちを分解しながらブツブツ独り言を言う彼は、傍から見れば少し危うい人間に見られかねないと思い心配するが、人形なので思うだけだ。




 他の二体とは、意思の疎通ができる。できるが、したところで決まった動きをするだけなので特にすることもない。
 主は家の中をくまなく探索し、ひとつの石板をお持ちになられた。

 それに手を置くと石板が光り家の中の様子や庭の様子などが映し出された。

 そうして主は我が家にのめりこむようになっていった。傍から見れば……。

 なぜだか私には何かから逃げているようにしか見えなかった。言葉を交わす手段のない私には聞けないことだが。




 そのうち赤髪の少年は青年になり、主も青年になり、青年は筋骨隆々の主が呼ぶおっさんになった。

 そして仕事を持つようになったら、おっさん殿は家を出ていかれた。昇進したとおっしゃっていた。
 しばらくして仕事が安定すると赤髪の青年も自分の家を持つようになった。恋人と暮らすのだと言う。

 そうなると主も家には滅多にお帰りになることが無くなった。
 帰ってきてもどこからか買ってきたガラクタを集めては分解している。
 ときどき私たちもメンテナンスがてら研究をなされた。



 主は家では会話をなされることがなくなった。ただ食べて寝るだけの家となった。
 私達も最低限の動きをするだけの人形だった。






 そんな主が長い出張から帰ってきた。

 主は一人でブツブツ言って私たちの動きに変化を加えるようになった。力の加減はどうしようとか、寝返りを打たせるにはとか、もし目覚めたり不測の事態があるときはとか。


 そのうち上手く動かないことがあると私たちに声を掛けるようになった。
 頼む、もう少し優しくかつ、絶対に傷つけない力加減を。もう少しゆっくり潜り込んでほしいんだ。
 そう言われたらできないこともないかという認識で私たちも動く。ただ目的がわからないので上手いこと動けない。



 そこで主が机に置いていった書類をちらりと見ると、子どもの介護の仕方と書いてある。


 なるほど、誰かがまたこの家にやってくるのですか。それも子ども。


 私たちは意思の疎通を久しぶりに行って、介護のための動きを主が指示された通りにこなせるようになった。その時にその子どもさんが連れてこられた。



 ずいぶんやせ細った、血色の良くない少年だった。
 その少年を見る主の顔はある絵姿を見る顔と似通っておられた。



 主が少年を抱える手はとても丁寧で、そのくせ恐ろしいのか強張っている。少年は慣れないベッドに寝かされたからか魘され始めた。
 主は最初は子守唄で応対されていた。次の日には隣の物置と化している部屋からオルゴールを持ってきて流すようになった。


 私達も少年が魘されれば主と同じようにオルゴールを鳴らすようになった。


 主は何か気まずいのかよく帰ってくるのにすぐ家を出るようになった。帰ってくるときは忍び足で泥棒のようであった。帰ってくると少年の世話をして自分のことは放ったらかしで出ていく。

 その制服はもう何日来てらっしゃるのか、丸いのが洗いたいとうずうずしている。


 少年は動物型を気に入ったようでよく内緒で遊んでおられる。少年が言う言葉を聞いて何故か知っている気持ちになった。ロボットとは私たちを指す言葉だ。


 そのうち、タイミング悪く少年を怖がらせてしまうことになった私は、影を薄くして見守ることにした。動物型は彼に懐いたようで用事をしていても彼の声を聴けば耳がくりくり動いている。

 部屋を花まみれにして主に怒られていたのだが、少し可哀そうだった。土さえなければよかったのだとは思うが、少年が花をめでていたから置いてやったのだろう。
 丸いのは動物型に呆れながらも少年が困ることがないか二度三度点検を行うようになった。おかげで部屋にはチリ一つない


 彼が言葉を話すたびに主の表情も柔らかくなった。赤髪の青年も家に来るようになって、私たちに声を掛けられることが増えた。随分。そう、なんだか久しぶりに家になった気がした。



 少年の言葉を聞いているとふと日本と言う漢字が思い浮かんだ。そして懐かしい気持ちと。


 ヒカリは光だと思った。
 そこで遠い昔の記憶が戻ってきた。


 この家の前の持ち主であるあの方との思い出とともに日本のことも。


 そこで、家に呼びかけてみた。この家も随分ただの家としてあったから、意識の芽生えに時間がかかったようだ。



 主が王城に光さんのことで呼び出されたときに、家から応答があった。懐かしいもう一つの書斎へ案内しよう。あそこはあの方が書いた書籍が置いてある部屋だ。



 光さんは不思議そうにしていながらも私を怖がらず信用して着いてきた。このような地下室などへも。


 本を熱心に眺め、主からのメモを読み、どこか頼りなさげな表情をしてしまった。
 もう少し喜んでいただけると思ったのだが、おもてなしとは奥深きもので。



 主が帰ってきたと知るや否や、階段を早く登ろうとして躓いてしまう。手をついて、埃がつこうが必死にかけようとする脚を止めることもできずに、主を驚かせてしまった。


 その懸命さはとても愛らしくて、その名前の通り光のように眩しい。


 私たちは求められる役割をこなしているだけなのです。主は私たちに人形の役割をお与えになった。ヒカリさんは友達の役割を与えになった。


 そのうち、主も私たちを人形としては扱わなくなった。ヒカリさんの支えになるようにとお思いになったでしょう。

 その違いです。


 恐らく私の自我が芽生えたのは。

  

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