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第1章
看病できないこともない7
しおりを挟む話を聞きながら、握った拳をスピカは降ろし、すぐさま少年の体を確認し始めた。
「お前、だからちゃんと帰れって言っただろう。てっきり」
テキパキと動くスピカを観察しているとため息をつかれた。
「てっきり、何だよ?」
「性欲でも抑えられなくなったかと……」
申し訳なさそうな顔をしているスピカを思い切り睨む。
「あのなぁ、人の事なんだと思ってんだよ?」
「お前の事は信用してる! しかし、下半身には、最早第二の脳があるとしか思えないときがあるだろ? 用心に越したことはないし、俺とお前ならそんな間違いはないかもしれん。が、残念ながらこの子はそのだな」
スピカの口にカチカチのパンを突っ込んだ。
「で? どうだった? 腕、大丈夫そうか?」
その話をすると真剣な顔で大丈夫と伝えてきた。薬の影響で目覚めづらいだろうが、今日みたいに少しづつ目覚めていくのだとか。余計説明できる人間がいないと可哀想だろうと注意もされた。
少年の涙でガビガビの目と鼻水でガビガビの鼻を拭く。しょうがないか。家主は俺だ。働く人形の責任も俺だ。とりあえず、一週間の有給申請をスピカに頼んだ。
その日はいつ起きてもいいように隣で魔道具を分解しながら待っていたら寝てしまった。流石に疲れた。丸1日働いたし、目覚めた少年の映像を見ていたら、心臓が二人分働いた気がした。
朝になったらどアップの動物型が覗きこんでいた。
「おはよう……」
挨拶をするとピョンっと飛んで窓を開けにいった。
今日もベッドで寝なかったなと体を伸ばすと腰がバキバキと鳴った。
「俺も飯食うか」
立ち上がり階下へ降りて朝御飯を食べる。カッチカチのパンを昨日の残りのスープにブッこんで煮込む。更にそこに肉の薫製を焼いてぶっこむ。あとは卵でも割ってブッこんで完成。
それを流し込むように食べて、少年のご飯を用意する。
キッチンの棚の下の方から医療課から借りている流動食メーカーを取り出した。
何度見ても気持ちが悪いんだが、中々大掛かりな装置が必要で俺はこれで飯を食いたいとは思えない。
考えたやつのセンスがひどい。
どう見ても巨大な芋虫の中に特定の食べ物を入れる。それ以外を入れてもこの装置は動かない。
それを入れると流動食メーカー改め、芋虫がうにょえにょえと躍動する。蠢くの方が正しいか。
芋虫がボンッと一瞬大きく膨らんで、動きを止める。そうなったら中で流動食ができた証拠だ。
これを肩に担ぎ二階に運ぶ。重さは3キロほどあるが、大きさは90cmぐらいになる。一旦扉の外にそれを置く。ふしゅうーと口からほかほかの湯気を出すのがなんとも気持ち悪い。
中をちらりと見て少年が寝てるのを確認して運ぶ。運んだあとは少年の目を隠す。
「怖くないぞ。だいじょーぶ。だいじょーぶ。」
動物型が隣で手に汗握っているような仕草で俺を見ている。どこで覚えたんだ。
突然起きた少年が今からのグロテスクな行いを、確実に医療行為なのだが、トラウマレベルのこれを見ないようにとの配慮だ。それを動物型も感じているのだろうか。
動物型がふさふさの尻尾で少年の頭をファサファサしている。俺も手を握って芋虫を装着する。
少年の口を開こうとするといつもより抵抗が見られた。体も少し力が入っている。小さく身震いもしている。俺は握った手をぎゅむぎゅむと励ますように握った。
昨日は大変だったものな。悪夢でも見てるのかもしれない。
「ごめんなー。ちょっとだけ我慢してくれ。あとで殴ってくれて構わないから」
動物型が少年の首もとをグリグリすると少年の口の力が緩んだ。その隙に芋虫の背中のボタンを押すと口からうにょろうにょろろろと細い管が出てきて、少年の口に延びていく。
大分伸びたから直接胃にまで届いているのだと思う。その間、芋虫からエゲツのない音が微かにするので、童謡を歌っておく。うろ覚えの適当な歌詞だが、童謡なんてそんなもんだ。
朝だ、朝だ、朝が来たよ
熊の兄さんにおはよう
ウサギのじいさんにおはよう
キラキラ太陽おはよう
昼だ、昼だ、昼が来たよ
ネズミの姉さんにこんにちは
虎の婆さんにこんにちは
お腹の虫さんこんにちは
……
歌い終わったぐらいに芋虫も仕事を終えた。ずるるると喉の奥から管が収納されていく。用済みの芋虫をベッドの横にポテンと落として、少年の目隠しを取る。
「また泣かせちゃったか? すまん、……起きたらひとつだけ言うこと聞いてやってもいいぞ。なぁ、少年」
温かいタオルで顔を拭ってやる。そのまま自分に凭れさせて暫く二人で日向ぼっこをする。今日は天気が良くて眩しいくらいだ。ぼんやり外を眺めた。
「少年、君の名前は何なんだ? 俺はセイリオスだ。よかったら教えてくれ」
今日はせっかくの休みだから、久々に家の掃除をすることにした。久々に家に帰ると億劫な書類が溜まっている。それをパラパラ見て捨てていく。
働く人形は、決められた場所を決められたように掃除できるが、それ以上はできないので細かいところを掃除する。風呂の欠けた部分を直したり、貯蓄庫の中の食べられそうになくなってしまったものを弔ったりした。
昼飯は貯蓄庫の中にあった瀕死ギリギリ食材をそれなりに甦らせて食べた。
雑草をぽいぽい抜いて、物置も開ける。放っておいた物たちを漁ろうと手を伸ばす。
一休みしようかと飴玉を口にいれて、ふと、少年の部屋はどうだろうかとおもった。
彼の部屋に行くついでに物置の中にあった埃を被っていたランプを綺麗にしてから運ぶ。
少年の部屋に入りぐるりと見回した。
こじんまりした部屋でこうなる前は物置だったので、買い漁った魔道具が山盛りだったのだ。そのため、掃除が大変で、結局下の物置に荷物は引っ越した。一番日当たりのいい部屋がここだったので、とりあえず人が住めるように綺麗にして家具も揃えた。
それが今は……塵一つない。ピカピカだ。
働く人形たちは意思を持っていないと思っていたが、これは贔屓しすぎだろ。俺の部屋と彼の部屋。どっちが主人の部屋なんだ? と思うぐらいきれいレベルが違う。
時間はもう夕方近くなっていた。
仕事をしてるとあっという間だが、家の仕事もあっという間だったなーと飴を噛み砕く。
部屋の中央に小さな机と物置で埃を被っていたランプを置き、ランプのスイッチを押す。
ランプがくるくるゆっくり回り、光を部屋の天井に壁に床にチラチラと散らす。
その光を見ながらのんびりとした時間に微睡んだ。
次に目が覚めたら、暗闇のなかで少年がこちらを見ていた。目を真ん丸にして。パチパチと、俺を見ている。
俺は怯えられたくなくて、怖がらせたくなくて、そのまま止まっていた。
少年の漆黒の瞳の中は星がキラキラと廻っていた。
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