彼と彼女の日常

さくまみほ

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ことば(彼)

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「パスタ作るけど食べるー?」
「たべるー」
「どんくらい?」
「んーふつうー」

ソファで寝転びながら、スマホで動画を見ていると、キッチンから声がかかった。
もうそんな時間か……今日のパスタは何系かな、と、体を起こし、彼女の元へ。

「……どした?」
「んー……君の普通と私の普通って違うから、どんくらいだろう?って悩んでた」
「いや、普通は普通よ」
「うーん」

なんて話してたのが、2週間前。
今目の前の彼女は、LLサイズのスーツケースに荷物を詰め込んでいる。

「ねー」
「ん?」
「なんで出張なのにそんな荷物多いの」
「え?必要じゃない?」

あれ?出張って言われたから1泊2日くらいだと思ってたんだけど……

「まって、出張って1泊2日とかじゃないの」
「へ?2週間ですけど」
「は?2週間?」
「うん。2週間」
「まってまって、え?2週間もいないの?」
「正しくは2.5週間かな」
「は?」

聞いてない。
2週間もだし、ちゃんとした日数はさらに伸びてたりもするし、聞いてないったら聞いてない。
どういうこと。

「え、普通出張ってそんな長いもんなの?」
「うーん、私はこれが普通だなぁ」
「世の中一般的にはどうなの」
「職種によるんじゃない?」
「……ふーん」

ああそうか、あのパスタの時に彼女が「君と私の普通って違う」って悩んでたのはこれか。
俺たちは出張って言葉使わないから、あんまりピンと来ないだけで、確かに地方でライブ2日とかあったら前乗り含めると3泊4日とかするもんな……。

「多義だよねぇ……」
「たぎ?ってなに?」
「複数の意味を持ってたり、意味合いが人それぞれで変わったり、ふんわりしてたり。そういう意味」
「ふーん」
「普通って多義だなぁって思ったんだよねぇ」
「あーまぁ、うん」
「意識的に多義な言葉を使わないようにしないとなって思ってたんだけど、やっぱ出ちゃうもんだねぇ」

ふむ。と呟いて、また荷物を詰め始めた彼女を見ながら、過去の自分の発言を思い返してみる。

「いや、多分俺がそうなんだと思う」
「そうって?」
「その……多義?っていう言葉?」
「あー使っちゃうってこと?」
「ん、そう」

いつからだろう?って考えてもわかんないけど、多分相手とか場によるなってことはわかった。
スタッフさんと打ち合わせしたり、メンバーと真剣な話をしてる時は結構ガチで思ったこと言っちゃうけど。
楽屋でわいわいしてる時とか、彼女と一緒にいる時とか、気が抜けてるっていうか、相手に委ねちゃうところがあるから、まあ多分そういうことなんだろう。

「気をつけ……」
「なくていいよ。」
「え?」
「気にしすぎなくていい。たぶん、それ気にしすぎちゃうと、私と一緒にいるのが辛くなるよ?」
「なんで……」
「気を抜いてくれてるんだなーって、今話しててなんとなくわかって、嬉しかったから」
「……」
「だから、私といる時はスイッチオフしてて。わからなかったら、聞くし、私の普通にも慣れていってもらうし。ね?」

あーもー何なのこの人。
なんでこんな可愛いわけ?!
しかも無意識で可愛いこと言ってくれちゃってるんですけどー

「ん!」
「なに?」
「んー!」

両手広げて待ってると、苦笑いしながら、仕方ないなぁって胸元に入ってきてくれる。
あーかわいー癒されるー
これ無しで明日から2.5週間とか、俺生きてけんの?ムリだろ?

「ここ、居てい?」

思わず出た言葉に、背中に回った彼女の手が、ポンポンと動く。
腕を緩めて顔を覗き込むと、「ちょっと待ってて」とするりと逃げられてしまった。

「ん」
「なに」
「ん!」
「ふはっ俺の真似?」

後ろから声かけられて振り向くと、銀色の何かが目の端に映る。

「どうぞ」
「え……」
「好きなように使って」
「え、まじ?いいの?」

手元にはこの家に入るには絶対必要なアレが鈍く光ってる。
ずっと、ちょうだいって言葉を飲み込んでた、アレ。

「いいよ、無くさないでね?」
「いや自宅のより厳重管理だわ」
「なんでよー自宅のも厳重管理しなさいよー」

ケラケラ笑いながら、また荷物の整理に戻る彼女の腕を掴んで、胸元へ。

「ありがと」
「ふふ」
「なーんだよ」
「ううん」

少し耳が赤くなった彼女の鼻先にキスを落として、解放する。
振り向きざまに彼女から同じ事をされて、固まるまであと2秒。
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