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イノリ(彼女)
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彼が起きるには、いつもより早い時間。
モゾモゾとこちらを起こさないように動く気配で、意識が浮上した。
微睡の中で、今日は早いななんて思っていたら、彼はベッドの縁に腰掛けて、布団を肩までかけてくれる。
顔にかかった髪を優しくかきあげる手は、優しくて少しくすぐったい。
「……はよ」
そう小さく言葉を残して、寝室を出ていった。
今日は、彼にとって大切な日だ。
長く、この季節に開かれていた舞台が、今年で最後となる。
今日はその舞台の最後の初日。
稽古前から地方ロケが続いたり、レコーディングだったり、ツアーの打ち合わせだったりと、多忙を極めていて、ここに帰ってくることも減っていた。
それでも、少しだけ日常が混じった多めの業務連絡で、互いにコミュニケーションをとっていた。
昨日、遅くにヘロヘロの状態で玄関のドアを開けた彼を見て、正直驚いた。
稽古場から近いのは彼の家なのに。
「……ただいま」
「……おかえり?」
私の驚いた顔に、クスッと笑顔を浮かべて、玄関で抱きしめられる。
「あーーーーなんかすっごいひさしぶりーーーーぃ」
肩口で吐き出すように言いつつも、腕はギュッと抱きしめてくれる。
「そうだねー。ほら、手洗って、洗濯物出して?」
「ん」
いつもと同じように彼を招き入れ、いつもと同じように彼と笑い合い、いつもと同じように抱きしめあって眠りにつく。
たぶん、彼が求めているのはこういうことだと思うから。
ベッドの中で大きく背伸びをし、大きく深呼吸をする。
部屋着に着替えて、洗面所に行くと、風呂場から鼻歌が聞こえてきた。
初めて聞く曲だから、きっと舞台の曲なんだろうな。
邪魔するのもアレだなと思いつつ、顔を洗っていると、中から声をかけられた。
「あれー?起こしちゃったー?」
思ったよりもご機嫌だったので、風呂場のドアを少し開けて、顔を出してみる。
「おはよう。ご機嫌?」
「んー朝ちゃんと起きると、有意義なんだなーって思ったら、なんかいいなーって」
「そっか。朝ごはんどうする?」
「んー軽くかなぁー」
「フルーツとかサラダにしとこうか」
「おー健康的じゃん」
「用意しておくから、有意義な時間を過ごしてね」
「あーい」
語尾が伸びてる時点で、だいぶリラックスできている証。
よかった、いい緊張感で送り出せそう。
スキンケアを終えて、キッチンに向かい、コーヒーと白湯の準備をする。
冷蔵庫を開けて、ネットスーパーによって満たされた野菜室を確認する。
葉物ときゅうりと、グレープフルーツとオレンジとイチゴを出して、仕込んでおいたサラダチキンを蒸し始める。
サラダを盛り付けて、果物の皮剥きをしていると、風呂上がりのほかほかした体が抱きついてきた。
「ねー」
「んー?」
「ねーってばー」
抱きついてきて、話しかけてきて、でもダル絡みするだけの愛おしい時間。
手元にあったオレンジを彼の口元に持っていくと、「あ」と言いながら口を開く。
ポイっと放り込み、剥き終わったそれをお皿に盛り付けて、手を洗い、クルッと彼の正面を向くように体勢を変えた。
「せっかくあったまったのに、体冷えちゃうよ?」
「まだあっつい」
「そっかーじゃあ髪の毛乾かすのはまだかな?」
そう彼の目を見上げると、パッと嬉しそうな顔をして、横を向く。
「ほら、乾かしに行こう?」
照れ隠しができていない彼の手を引いて、洗面所で彼の髪を乾かす。
この時期だけの黒髪。特別な色。
ふわふわなの手触りはそのままに、丁寧に乾かしていく。
「スキンケアは?」
「まだ」
「じゃあ、向こうで食べる準備しちゃうから、着替えてからきてね」
「ん、わかった…………がと。」
最後の一言に、頭をポンポンと撫でてから、キッチンへ戻った。
簡単な朝食を、いつものように「うまっ」と食べて、あっという間に出る時間。
荷物を持って玄関に向かう彼の後ろをついて行き、昨日仕込んでおいた小さめのタッパーを渡す。
「ん?なに?」
「口にあうかわからないけど、蜂蜜レモン作っといた」
「まじぃ?」
「幕間にでもどうぞ」
「まじ嬉しい。助かる。ありがと」
いつもより大きめのバッグに仕舞われていくそれを見て、頑張れって気持ちを込める。
「じゃ、いってきます」
「ん、いってらっしゃい」
ギュッと。
ギュッと、気持ちを込めて抱きしめる。
答えるように、彼の腕も強くなる。
彼が抱えている気持ちは、彼だけのものだから、私はただ祈るだけ。
今まで培ってきた全てのものが、悔いなく出せますように。
全員、怪我なく、千穐楽まで走りきれますように。
毎公演、最高のパフォーマンスができますように。
笑顔で、終われますように。
モゾモゾとこちらを起こさないように動く気配で、意識が浮上した。
微睡の中で、今日は早いななんて思っていたら、彼はベッドの縁に腰掛けて、布団を肩までかけてくれる。
顔にかかった髪を優しくかきあげる手は、優しくて少しくすぐったい。
「……はよ」
そう小さく言葉を残して、寝室を出ていった。
今日は、彼にとって大切な日だ。
長く、この季節に開かれていた舞台が、今年で最後となる。
今日はその舞台の最後の初日。
稽古前から地方ロケが続いたり、レコーディングだったり、ツアーの打ち合わせだったりと、多忙を極めていて、ここに帰ってくることも減っていた。
それでも、少しだけ日常が混じった多めの業務連絡で、互いにコミュニケーションをとっていた。
昨日、遅くにヘロヘロの状態で玄関のドアを開けた彼を見て、正直驚いた。
稽古場から近いのは彼の家なのに。
「……ただいま」
「……おかえり?」
私の驚いた顔に、クスッと笑顔を浮かべて、玄関で抱きしめられる。
「あーーーーなんかすっごいひさしぶりーーーーぃ」
肩口で吐き出すように言いつつも、腕はギュッと抱きしめてくれる。
「そうだねー。ほら、手洗って、洗濯物出して?」
「ん」
いつもと同じように彼を招き入れ、いつもと同じように彼と笑い合い、いつもと同じように抱きしめあって眠りにつく。
たぶん、彼が求めているのはこういうことだと思うから。
ベッドの中で大きく背伸びをし、大きく深呼吸をする。
部屋着に着替えて、洗面所に行くと、風呂場から鼻歌が聞こえてきた。
初めて聞く曲だから、きっと舞台の曲なんだろうな。
邪魔するのもアレだなと思いつつ、顔を洗っていると、中から声をかけられた。
「あれー?起こしちゃったー?」
思ったよりもご機嫌だったので、風呂場のドアを少し開けて、顔を出してみる。
「おはよう。ご機嫌?」
「んー朝ちゃんと起きると、有意義なんだなーって思ったら、なんかいいなーって」
「そっか。朝ごはんどうする?」
「んー軽くかなぁー」
「フルーツとかサラダにしとこうか」
「おー健康的じゃん」
「用意しておくから、有意義な時間を過ごしてね」
「あーい」
語尾が伸びてる時点で、だいぶリラックスできている証。
よかった、いい緊張感で送り出せそう。
スキンケアを終えて、キッチンに向かい、コーヒーと白湯の準備をする。
冷蔵庫を開けて、ネットスーパーによって満たされた野菜室を確認する。
葉物ときゅうりと、グレープフルーツとオレンジとイチゴを出して、仕込んでおいたサラダチキンを蒸し始める。
サラダを盛り付けて、果物の皮剥きをしていると、風呂上がりのほかほかした体が抱きついてきた。
「ねー」
「んー?」
「ねーってばー」
抱きついてきて、話しかけてきて、でもダル絡みするだけの愛おしい時間。
手元にあったオレンジを彼の口元に持っていくと、「あ」と言いながら口を開く。
ポイっと放り込み、剥き終わったそれをお皿に盛り付けて、手を洗い、クルッと彼の正面を向くように体勢を変えた。
「せっかくあったまったのに、体冷えちゃうよ?」
「まだあっつい」
「そっかーじゃあ髪の毛乾かすのはまだかな?」
そう彼の目を見上げると、パッと嬉しそうな顔をして、横を向く。
「ほら、乾かしに行こう?」
照れ隠しができていない彼の手を引いて、洗面所で彼の髪を乾かす。
この時期だけの黒髪。特別な色。
ふわふわなの手触りはそのままに、丁寧に乾かしていく。
「スキンケアは?」
「まだ」
「じゃあ、向こうで食べる準備しちゃうから、着替えてからきてね」
「ん、わかった…………がと。」
最後の一言に、頭をポンポンと撫でてから、キッチンへ戻った。
簡単な朝食を、いつものように「うまっ」と食べて、あっという間に出る時間。
荷物を持って玄関に向かう彼の後ろをついて行き、昨日仕込んでおいた小さめのタッパーを渡す。
「ん?なに?」
「口にあうかわからないけど、蜂蜜レモン作っといた」
「まじぃ?」
「幕間にでもどうぞ」
「まじ嬉しい。助かる。ありがと」
いつもより大きめのバッグに仕舞われていくそれを見て、頑張れって気持ちを込める。
「じゃ、いってきます」
「ん、いってらっしゃい」
ギュッと。
ギュッと、気持ちを込めて抱きしめる。
答えるように、彼の腕も強くなる。
彼が抱えている気持ちは、彼だけのものだから、私はただ祈るだけ。
今まで培ってきた全てのものが、悔いなく出せますように。
全員、怪我なく、千穐楽まで走りきれますように。
毎公演、最高のパフォーマンスができますように。
笑顔で、終われますように。
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