6 / 11
ついで姫の婚約者デヴィッドside3
しおりを挟む「父王は激怒されているよ。
お前たちを何度処刑してもしたりないそうだ」
俺と家族のところにやってきたハワードの言葉は鋭かった。
「ありがたいことに、あちらの国の国王陛下は私とレシスティシア王女の婚約が解消されても今まで通りの付き合いを約束してくださったよ。
《婚約解消は王女のわがままでもある》からとな」
コツ、コツ、と。
ハワードがゆっくり歩く音が響く。
「だが二組の婚約で果たされるはずだった国同士の結びつきには遠く及ばない。
あちらはともかく、我が国には大きな痛手だ。
話は二国間の問題だけではないんだよ」
「…………」
「国力はあちらが圧倒的に上だと言っただろう?
――レシスティシア王女がこの国の王太子の婚約者だ。
それだけで、我が国は他国からの信頼を得られた。株も上がった。
そういう多大な恩恵があったんだよ。
だから私はレシスティシア王女に求婚していた。何年も前からな。
他国もだ。多くの他国が同じように王女を欲しがっていた。
だが婚約の話を受けてもらえたのは私だった。
なあデヴィッド。私がどれほど嬉しかったかわかるか?」
「…………」
「そんなレシスティシア王女に婚約を解消された私は廃太子寸前だ。
今、弟王子たちが王女を必死に口説いている。
レシスティシア王女は考え得る中で最高位の女性だ。
王女の新たな婚約者になった者が、この国の新たな王太子となるのは必至だからな」
「…………」
「私の従兄弟――王弟殿下の子息まで参戦しているよ。
あわよくば国王になれる。
レシスティシア王女と歳が近いからチャンスだと思っているのかもしれない。
……しかし皆、難しいだろうな。
王女は大切なセレリア嬢を傷つけたこの国に嫁ぎたいとは思われないだろう。
口説く時間も、もうない。
このままこの国に留まりお前に嫁ぐはずだったセレリア嬢とは違い、レシスティシア王女は今回一時的な訪問だった。
じきに帰国の途につかれてしまうだろう」
ハワードは足を止めて
射殺さんばかりに俺を睨みつけ、地を這うような声で言った。
「何故セレリア嬢を大切にできなかった」
「―――――」
「言ったはずだぞ。頼んだと。
お前が望んだ婚姻ではないかもしれないがセレリア嬢を大切にしろ、と。
これは国同士で結ばれた婚約だ。彼女には敬意を払えと!
お前も!そこのお前の家族も!
国王陛下と、王太子である私の言葉をなんだと思っていたんだ!」
妹のネルダが母にしがみついた。
二人とも声も出せずに泣いている。
がくがくと震えている父が二人を抱きしめる。
俺は一人項垂れた。
王太子……ハワードは話を続けた。
「父王はセレリア嬢を侮辱し嗤っていたお前たち家族と、屋敷の使用人たち全員を処刑するつもりだった。だがセレリア嬢が使用人たちの解放を嘆願された。
使用人だ。主人一家に倣っただけだから、とな。
心優しい女性だ。
ただ、主人一家は投獄され明日には処刑。
他国の《要人》で次期当主の妻となるはずだった女性を貶めていたことは知れる。
次の雇用は期待できまい。
使用人たちは処刑された方がマシだった、と思うかもしれないが」
ガン、と黒く太い格子が鈍い音を立てネルダが飛び上がった。
「大人しいな。どうした?
何も言わないのか?助けてくれと私に縋ったらどうだ?」
格子を打ったハワードが、格子の向こうで白い顔をして笑っている。
格子の中の俺たち四人は壁際に張りついた。
「良い判断だな。私はセレリア嬢のように優しくないのでね。
お前たちがみっともなく縋りついてきたらこの槍で突こうと思っていたんだが。
使う機会はなさそうだな」
トントン、とハワードは槍の柄を叩いている。
薄暗がりの中、鋭い穂が灯りできらりと光った。
ハワードの後ろには牢番がいるが、見て見ぬふりをしていた。
俺たち一家全員、声は出せなかった。
身体の震えも止められない。
「残念だったな。
ここに来たのが私ではなくセレリア嬢だったなら。
跪き、涙ながらに謝罪し、懇願したら命は助けてもらえたかもしれないが。
もう遅い。判断を誤ったことを悔やむがいい。
明日、その命が消えるまでな」
ひっと息を呑んだのは誰だったのか。
ハワードは乾いたように笑った。
そして俺たちに背を向けた。
「デヴィッド。私は、お前を友としたことと。
つまらないプライドから《お前とセレリア嬢の婚約を整えたついでに、11歳のレシスティシア王女に私の婚約の申し込みを受けてもらえた》とは言えなかったことを……一生悔やむよ」
46
お気に入りに追加
915
あなたにおすすめの小説
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前
地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。
あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。
私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。
アリシア・ブルームの復讐が始まる。
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
私がいなくなっても、あなたは探しにも来ないのでしょうね
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族家の生まれではありながらも、父の素行の悪さによって貧しい立場にあったエリス。そんな彼女は気づいた時、周囲から強引に決められる形で婚約をすることとなった。その相手は大金持ちの御曹司、リーウェル。エリスの母は貧しい暮らしと別れを告げられることに喜び、エリスが内心では快く思っていない婚約を受け入れるよう、大いに圧力をかける。さらには相手からの圧力もあり、断ることなどできなくなったエリスは嫌々リーウェルとの婚約を受け入れることとしたが、リーウェルは非常にプライドが高く自分勝手な性格で、エリスは婚約を結んでしまったことを心から後悔する…。何一つ輝きのない婚約生活を送る中、次第に鬱の海に沈んでいくエリスは、ある日その身を屋敷の最上階から投げてしまうのだった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる