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第二章
29 嗚咽 ※お婆さん(占い師)side
しおりを挟む私は目を閉じるとサヤを《見る》のを止めた。
「新居がいるねえ」
じんわりとあたたかな気持ちになる。
しかし同時に苦くもなる。
クルスは竜で、サヤは人だ。
しかも《竜気なし》の竜と、魂は竜でヴィントという《番》を持つ人間。
苦難は多いだろう。
共にいられる時間は短い。
人であるサヤの一生は、竜であるクルスの一瞬だ。
それに……これでヴィントは……。
壁に目を向けた。
そこには以前、客間にかけてあったタペストリーがある。
客間をサヤの部屋にしたので、自分の部屋に移した物だ。
前世の私の《番》の記憶を紡ぎ、織り、形にしたタペストリー……だが。
それはなんの記憶も宿っていない。ただの布だ。
このタペストリーは前世の私――《番》を食って魂を無くした男の、なれの果て。
では、ヴィントは?
サヤを――《番》を食いたいと渇望しながら食わずに離れた、ヴィントの行きつく先は?
「……祈るしかあるまいね……」
私は座り直した。
解決策が見つかれば、そこからは早い。
私は《ヴィントの》糸を紡ぐことにした。
まずはヴィントが竜王だったところからだ。
ヴィントが竜王だった時は短い。その頃すでに隠れ住むように王宮を離れていた私は、一度挨拶をしたきりだったことを思い出した。
あの時、ヴィントが私を頼ってくれていれば……と、ちらりと浮かんだ考えを打ち消す。
私にも解決策があるわけでもない。
どうしようもなかったことだ。
ひとつ息を吐いてから、気を取り直して記憶の中のヴィントの話を手繰る。
《番》を――サヤを食べたいというおぞましい思いに苦悩した日々の話。
何度も何度も……生まれ変わっては、今度こそ番えるのではないかと期待し《番》を――サヤを探し出し。しかし叶わず絶望し……。
……そして、今世では―――――。
《ヴィントの糸》は三日ほどで仕上がった。
集まったロウとメイ、サヤとクルスの前。
机に《ヴィントの糸玉》を置く。
「……確かにヴィントの《竜気》だ」
糸玉を手にしたロウが感嘆の息を漏らした。
「すごいなあ。こんな糸が紡げるのもだけど、直接ヴィントに会わなくてもできるなんて。びっくりだ」
「以前、会って話をしていれば可能なんだよ。
ただし、糸の量は聞いた話の量に比例する。
ヴィントから聞いた話の量だとこのくらいの糸にしかならないから、これだけで《ヴィントのストール》を織るのは難しいけどね。
今回は《サヤのストール》に《ヴィントの糸》を縫い合わせる――ふたりの糸を番わせるのが目的だ。十分だね」
「え、《サヤのストール》と同じくらいの糸の量がなくてもいいの?」
私は机の上に、今度は小さな布を置いた。《サヤの布》だ。
それに一本の《ヴィントの糸》を織り目に合わせて置く。
その上に手をやれば《ヴィントの糸》はすう、と《サヤの布》に交わりひとつになった。元からそうであったように。
終わると、私の手元を食い入るように見つめていたロウに布を渡した。
「どうだい?」
「……布の、サヤの《竜気》から《妖花》を感じなくなってる!」
ロウが布を引っ張ったり摘んだり、裏返したりしながら叫んだ。
私も、その言葉に安堵する。
「初めて試みたからなんとも言えないが、量はさほど関係ないのかもしれないね。
もしくはサヤの《竜気》は弱く、ヴィントの《竜気》は強いからなのか。
なんにせよ、ヴィントが持つ《サヤのストール》に番わせるのは今回紡ぐことのできた糸玉くらいでちょうど良さそうだ」
「あの。でも……」
メイがロウから渡された布を見ながら言った。
「《サヤさんのストール》と《ヴィントさんの糸》をひとつにするには、今、巫女様がされたことをしなければいけないんですよね?
その糸を扱えるのは、風の巫女様ただお一人では?」
「あ、そうかー。でも巫女は移動を制限されているもんね。
婆さんにヴィントがいる東の、水の竜が住む大陸にまで来てもらうことは不可能だ。
どうする?
俺がヴィントから《サヤのストール》を一旦借りて、またここに戻ってこようか?」
ロウの申し出はありがたかったが、私は首を振った。
「その必要はないよ。
お前さんたち水の竜が住む大陸にも巫女がいるだろう」
「え?……ルゥのこと?でもルゥは巫女とは言っても結界を張る以外何も……」
「いいや。できるよ。自分ができると知らないだけでね」
「ええっ?!」
ロウは思わずだろうか、立ち上がった。
《水の竜の巫女》――ルゥは子どもだ。
風の竜の巫女である私のように前世の記憶を持たない。
何も知らない――否。何も覚えていない無邪気な子ども。
だが同じ巫女だ。
見聞きした記憶を未来へと繋ぐ者。
私のように記憶の宿る糸は紡げなくとも
糸を操る力は――ある。
そして必ずヴィントを助けてくれる。
ヴィントは前世の自分を食った、自分の《番》と同じ立場の者。
ルゥは前世を――《番》を覚えてはいないのかもしれない。
それでも……ヴィントを特別に思うほど、どこかに微かな意識はあるのだから。
ロウが「ルゥが」と呟いて少し笑った。
妹を誇らしく思ったのかもしれない。
これでヴィントの持つ《サヤのストール》の問題はなんとかなりそうだ。
私がほっと胸を撫で下ろすと、
今まで黙っていたサヤが躊躇いがちに聞いてきた。
「お婆さん。……私も……《彼》の糸に……触れてもいいですか……?」
話が済むまではと我慢していたのだろう。
目を潤ませているサヤに勿論だと言ってやる。
サヤはロウから糸を受け取ると胸に抱いた。
当然のように。
途端にぼろぼろと溢れ出したサヤの涙を止めるすべなど誰も持たない。
サヤの身を裂くような嗚咽を
ただ聞いていてやることしか、できなかった。
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