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第二章

02 市場にて サヤside

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「サヤ、離れるな」


何度目にそう言われた時だったか。

もの珍しさに、つい目があちこちに向いていた私の腕をクルスが掴んだ。


普段、私はお婆さんと暮らす家から出ることはない。
近くの森を散策する程度。

それもお婆さんが危険のないように《結界》をはってくれている範囲だから、外、と言えるかどうか。

でも今日は、家から一番近くの町の市場に来ていた。

「いつまでも守られた空間で暮らしていたら、生きる力がつかないからね」
と、お婆さんがすすめてくれたのだ。


衣料品、雑貨などの日用品、肉や魚、野菜、果物、チーズ、お菓子、花。
それらが木枠と布の屋根で作られた出店に所狭しと並べられている。

手に入らないものは無いのではないかと思うほどの市場だった。

クルスによると、この辺りではこのくらいが普通の規模らしいのだけれど、それでも私は市場を見たのは初めてで。
興奮しないわけがなかった。


「ごめんなさい。市場も、こんなに人が多いところも初めてだから面白くて。
でも、そんなに離れたつもりはないんだけど……」

私がそう言うと、クルスはため息を吐いた。

「楽しむな、とは言ってない。
だが離れるのは駄目だ。見失えば探せない」

「ああ」

クルスが心配している理由がわかった。

クルスは竜だ。
けれど本来あるはずの《竜気》がない。

仲間の《竜気》を感じないから探せないのだ。

仲間を。
そして人だけど《竜気》のある私を。

ならば、人の方法で良いのでは?と思い、私はクルスに提案した。

「でも、なら待ち合わせ場所を決めておけばいいんじゃない?
はぐれた時にはそこに行けば落ち合えるように。
例えばほら、あそこの木の下なんてどう?」

私は市場の少し先にある木を指さした。
大きく高い木なので、きっとどこからでも見える。

クルスはちらりと木を見たが――すぐに否定した。

「はぐれなければ良いだけの話だ」

私は苦笑した。


と。


「あー、いたいた」


私のすぐ後ろで声がした。

妙に印象的な声、だった。

思わず振り向いた。
すぐにクルスが前に立ち私を背に庇った。

見れば、声の主は黒髪をひとつに束ねた若い男性だった。
黒い服を着ている。

髪色と服の感じから、他国の人に見えた。
男性はにこにこと笑いながら近づいてきた。

「へえ、こりゃ驚いた。可愛いなあ。香りとは全く印象が違うね」

「香り?」

私が聞いたのと同時にクルスが言った。

「何者だ」

黒髪に黒服の男性は
クルスを見て目を見開いた。でも、どこかわざとらしい。

「びっくり。君、竜だよね?でも《竜気》なし?
すごいな、ここは。珍しい者ばかりだ」

笑顔のままの男性。
悪い人には見えなかったが、何を考えているのかはわからない。

私は思わずクルスの背中に縋った。

男性は……

「ああ。なるほどー。簡単じゃないかもしれない、とは思っていたけど。
思ってた以上にややこしそうだなあ……」

そう言って頭をかくとまた笑った。


「んー。とりあえず。婆さんとこに案内してくれない?」


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