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第一章

21 笑う ※占い師side

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「……《彼》が……旅に……?」

「ああ。お前さんのことをよろしくと頼まれた。
《遠くから幸せを願っている》そうだよ」

共にお茶を飲みながら伝えてやると、娘は俯いた。

「……そうですか……。私も、同じように伝えたかったです」

「――お前さんは伝えないで良かったんだよ」

「え?」

「何もせず送り出して正解だ。
今のお前さんが、あの元・王子を想う気持ちは《情》だ。

一緒に最強で最悪の《番》への想いに振り回され、転生を繰り返した、《番》という結びつきのある者への《情》。

《愛》と似ていても異なるものだ。

それは、あの元・王子が《番》に――お前さんに求める気持ちとは全く違うものなんだよ。
お前さんに何かされれば、あの元・王子は辛くなるだけさ」

「………」

「突き放してやるのが優しさなんだよ。お前さんもわかっていただろう?
王城で、最後に《彼》を突き放してやったじゃないか。

あれで良いんだよ。
心の中でだけ、《彼》の幸せを祈っていておやり」

躊躇うように視線を彷徨わせた娘だったが、少ししてしっかりと頷いた。

「……はい」


ちょうどその時、奥の客間のドアが開きクルスが出てきた。
娘が慌てて立ち上がり言う。

「クルス!駄目よ、寝てなくちゃ」

「もう平気だ」

「平気じゃない!動いて傷が開いたら――」

クルスを止める娘の必死さが可笑しかった。

クルスは《竜》だ。
人の矢で負った傷など一晩寝て、ほぼ癒えているはずなのに。
遠い昔《竜》であっても今は人の娘には、何度言っても通じない。

「《墓》に行くのかい?クルス」

「え?……《お墓》?」

「クルスの日課だよ。毎日行ってたんだ。今日から再開するのかい?」

「そんな、まだ駄目です!怪我が治ってないのに!」

娘はクルスの前に立ち塞がった。

「クルス。怪我を治してからにして。
《お墓》にいる人だって、絶対にクルスに無理をしてまで来て欲しくないと思ってる。
だから――」

「――クルス。《彼女が》そう言うんだから良いじゃないか。諦めるんだね。
怪我が完全に治るまで、お前は大人しくここにいるんだよ」

笑いをこらえ言ってやれば、クルスはポツリと呟いた。

「ベッド……」

この家には個室は二つしかない。
ひとつは私の部屋、もう一つは客間で娘が使っていた。

怪我をしたクルスはその客間のベッドに寝かされ、娘はずっと看病するために運び込んだソファーで寝ている。

そのことを気にしていたのかと思う。

「客間のベッドを使っていることを気にしているのかい?」

「そんな、気にしないでください。私はソファーで眠れますから」

「いや……落ち着かない」

「落ち着かない?」

「……織り物が」

「織り物?――ああ、なるほど。ベッドカバーかい」

「え?」

きょとんとしている娘に言う。

「駄目だよ、《あれ》をクルスに使っては。
《あれ》はお前さん専用だと言っただろう?
お前さん以外が使ってもあたたかくはないんだよ」

「それ、よくわからないのですが……毛糸のベッドカバーなのに何故ですか?」

「―――《毛糸》?……お前さん《あれ》が毛糸に見えるのかい?」

「え?……もちろん……」

なるほど。そうか、と思う。
娘には私の跡を継ぐ《資質》があったのだ。

様々な《力》を持ち、《始祖の記憶》の宿る《織り物》を持ち
永遠ともいえる時を生きる者になる《資質》が

……それで《番》う相手に《食いたい》という、最強で最悪の想いを抱かれたのかもしれない。

この娘も……私も………

「あの……?」

「何でもないよ。――ああ、そうだ。じゃあ、私が羽織っている《これ》は?」

「……その毛糸のストールですか?それも、とてもあたたかそうに見えますけど」

娘は言った。
《これ》も《毛糸》に見えると。とてもあたたかそうだと。

思わず聞いていた。

「羽織りたいと……思うかい?」

娘は驚いたように目を開きそして、首を横に、振った。

「私が?まさか。《それ》こそ、お婆さん専用でしょう?
とても良く似合っているもの。お婆さんの一部に見えるくらいですよ」

「―――」

「……あの。私なにか変なことを言いましたか?」

「そうかい……。もう私の一部か。そうかもしれないね」

娘の言葉を繰り返せば、身体があたたかくなったような気がした。

「……お婆さん?」

「――なんでもないよ。それより。
そうだ、お前さんがここにずっといるならお前さんの呼び名を考えなきゃいけないね」

「呼び名?私の?」

「《今の》名前じゃクルスと似ていて紛らわしいからね。どうしようか。
何か希望はあるかい?」

「――でしたら。新しい名を付けてください」

「新しい名?」

「はい。前の私は王城で矢に射られて終わりました。
今の私は新しく生まれ変わったので」

「そうか。じゃあ……なんにしようかね」

「―――サヤ」

「え?」

クルスの提案に思わず吹き出した。

面白いことを言う。
今世が37回目の娘が新しく生まれ変わり《38回目》の生を受けた。
《38》で《サヤ》ということか。

「《サヤ》か。良いね。だが驚いたね。
まさかクルスにそんな発想ができるとは思わなかったよ」

私は笑った。
こんなに心から笑えたのは生まれてはじめてだと思いながら。


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