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第一章

20 希望 ※占い師side

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「……何をしているの?」

その男に声をかけたのは偶然見かけたからだった。

《竜気》がない男。確か王の臣下の一人だったはずだ。
その男が川に入っている。

男はこちらを見もせずに返事をした。

「泥を流している」

「……何をして泥だらけになったの?」

「埋葬を」

「埋葬?……誰を?」

「竜王の《番だった》娘を」

一人静かに暮らしていた私も、少し前に竜王の《番》が見つかったと言う話は聞いていた。

そしてその《番》の娘が命を落としたことも。

だが……《埋葬》?

私は首をひねった。

《高貴なもの》の亡骸は棺におさめ《神殿》に安置する。
他の《竜》のそれは《竜の谷》に置いて自然にかえす。

それが《竜》の弔い方だ。

しかし泥だらけの男の様子。
察するに言葉通り、穴を掘り《埋めた》のだろう。

竜王の《番だった》娘を。
人が人を弔うように。

首をひねったままでいた私をチラリと見てただ一言、男は言った。

「そうしたいと思って」

「……」

興味がわいた。

滅多に生まれない《竜気》なし。

《番》を持つことができない。
だがそれでも生きていける《竜》らしからぬ《竜》。

愛を知らず喜怒哀楽もろくにない《感情なし》。

背に羽織る《織り物》の、《始祖の記憶》にもそうあった。

―――だが本当に、そうなのだろうか。

「話を聞かせてくれない?」

そう言ったのは当然だった。


クルスの話は聞けば聞くほど面白かった。

《番》の娘を近づけなかった竜王。
《番》を愛するどころか見ることもなかった竜王。

果ては《番》を突き放し追い出したという。
《突き放し追い出せた》という。

《番》を―――――


それは《察する》に足る話。
気付くには十分すぎる話。

竜王は《最強》で《最悪》の想いを《番》に抱いたのだ。

《番》とひとつになりたい。
《番》を《食いたい》という、呪いのような想いを。


―――だが何故、食わなかった?


解せなかった。
それからは《竜王の竜気》を追い続けた。

竜王はまもなく命を落とし、やがて人に生まれ変わった。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

その先には当然、《番》の娘がいて
《竜王だった男》は当然、《番》の娘を見つけ、会い
そして《何故か》必ず突き放した。


―――何故、食わない?


元・竜王は《番》を突き放し続ける
《竜》の《性》に逆らって

何故、そんなことができるのだろう

《あの人》は《食った》のに


――― 《私の番》は《私》を《食った》のに ―――


《番》を《食った番》の行く末は《無》だ。
もう二度とこの世に生まれることはない。


一方、《番》に《食われた番》の行く末は……

《竜》に生まれながら《竜》にはなれず
人の形しかとれない

だが、かわりに様々な《力》を持ち
《巫女》だの《魔女》だの《占い師》だのと呼ばれ

そして

《食った番》との《縁》は断ち切れ
かわりに《始祖》との《縁》が結ばれる

《始祖の記憶》の宿る《織り物》を持ち
永遠ともいえる時を生きる

次に《同じ者》が誕生するまで

《食われた番》は永遠ともいえる時を《番》なしで生きるのだ。
《始祖の記憶を持つ者》として《皆》に敬われながら。

それは当人以外、誰も知らない運命―――


「私も、ようやく《終われる》かと思ったんだけどねえ……」

すっかり慣れた口調が出て、自分で自分を笑った。


元・竜王だった男が《番》のあの娘をどうするか。
クルスがいなくとも気になっていた。

最初のうちは早く《食って》くれないかと思っていた。
そうしたらあの娘が《私の後を継ぐ》。

《竜》に生まれながら《竜》にはなれず
人の形しかとれない

だが、かわりに様々な《力》を持ち
《巫女》だの《魔女》だの《占い師》だのと呼ばれ

そして

《食った番》との《縁》は断ち切れ
かわりに《始祖》との《縁》が結ばれる

《始祖の記憶》の宿る《織り物》を持ち

永遠ともいえる時を生きる者に、あの娘がなる―――


けれど、二人の転生を見続けているうちに
クルスが訪ねる《墓》が増えていくうちに

逃げきって欲しいと思うようになっていた。


《番》とひとつになりたい。
《番》を《食いたい》という呪いのような想い。

《最強》で《最悪》の想いを《番》に抱いた者と抱かれた《番》。


逃げきって欲しい。
その悪夢のような想いから。運命から―――


それは私の希望になった。


あの王子――否、元・王子の去っていった方向を見る。

その先には海がある。
海を越えることにしたのだろう。

なるべく《番》から――彼女から離れるように。
別の運命を手にするために。

クルスが《墓》を訪ねていること。
そんなクルスの《記憶》が彼女には《あたたかい》こと。

それを告げても《感情》を抑え込んだ。
あの元・王子ならきっとできると信じて言う。

すでに見えなくなったその背に向けて


「幸運を祈っているよ」


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