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第一章

07 想い ※王子side

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「これほどつまらない女だとは思わなかった」


そう言って追い出す以外、どうできたというのだろう。

私の言葉を聞いた彼女の絶望した顔

その表情は私の胸に深く焼き付き
心はじくじくと膿んでいく

昔のことだと忘れようとしても
これからを変えようとしても

数多の時を経てやがて少しずつこの恐ろしい渇望が幾分ましになろうとも
ようやく彼女に笑いかけられるようになっても

どれだけ時がたとうとも

やはり私の胸にはあの絶望に打ちひしがれた彼女の顔があるままで
消えはしない

愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい
愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい

愛しい私の《番》

触れたい。
身体を繋げたい。

そんな生温い想いしか抱けないのであればどれほど良かったか。

教えてくれ

どうしたら楽になれるのか―――


気がつくと私は彼女を見つけていた。

中でも遠い昔――竜王だった頃。
彼女を初めて見つけた時の衝撃は忘れない。

全身が粟立つとはこのことをいうのだと体感した。
全身は喜びに震え、叫ばずにいられなかった。

―――ああ、《番》とはなんと素晴らしいものなのか

蕩けた頭でそう思った。

彼女の迎えを臣下に任せたのは、彼女に会えばもう動けはしない。
戻ることなど考えもしなくなる自信があったからだ。

あれだけは正解だったと今でも思う。

近づいて来る彼女の気配を感じるだけで狂いそうだった。

おかしいと気づいたのは彼女を目の前にした時だ。


《食いたい》と思った


彼女の頭から四肢の爪の先まで
今すぐに食いたい。

ひとつになりたい。早く。

ひとつにひとつにひとつにひとつにひとつにひとつにひとつにひとつにひとつに
ひとつにひとつにひとつにひとつにひとつにひとつにひとつにひとつにひとつに

食うのだ。
取り込むのだ彼女を

早く
ああ、早く!

食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい
食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい
食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい


――― 食 い た い ! ―――


血も
肉も
髪の毛の一本に至るまで
何ひとつ残すものか
彼女の全てを私の中におさめたい
早く

その全てを私の中に―――――


それはおぞましい欲望
だが甘美で抗い難い渇望


彼女を遠ざける以外、どうできた?

誰か、教えてくれ


何を勘違いしたのか臣下は彼女に教育を始めた。
私が彼女の教養のなさを疎んじたと思ったらしい。

意味のないことだ。だが私は否定しなかった。
彼女と顔を合わせずに済むのは幸いなことだったから。


それも束の間
風が運んでくる彼女の香りだけで欲望がわいた。

私を誘う甘い甘い香り

ひとつになりたくて
取り込みたくてたまらない香り

早く食えと誘う香り

どうしたら……彼女から離れられる?

私が《番》と会っていないと聞けばどこからか女が湧いて出た。

鬱陶しかったがその鼻につく臭いで彼女の香りが緩和される。
放っておいた。


だが女といるところを彼女に見られた。

どうしてだ。
彼女を寄越してはならないと侍女にはきつく言ってあったのに!

一緒にいた女が彼女を見て嗤った。

かあっと頭に血がのぼった。

この女と侍女が組んでしたことか?
彼女を貶めるためか?

私は舌打ちした。

身の程知らずめ。
二度とその顔を見ないようにしてやる!

黙って立っている彼女に何か言ってやりたかったが
彼女の香りでもう理性が保てなかった。

女を連れ、その場を離れた。

彼女の香りは強烈な媚薬だ。
強烈すぎる媚薬なのだ。

食えと私を誘う。


気が……狂いそうだ―――


たえきれず彼女を私のもとから去らせることにした。

身を切られる方がましだと思うほどの痛み。
しかし限界だった。どうしようもない。


「これほどつまらない女だとは思わなかった」


暴言を吐いた自覚はあった。
そうするしかなかったのだ。

だが……次に私が見たのは彼女の亡骸だった。


私は絶望した。

《番》である彼女の亡骸には《何も感じなかった》からだ。

ひとつになりたいと
私が欲していたのは彼女の《身体》ではない。

彼女の《魂》だった。

生まれ変わっても《番》――彼女を《食いたい》と想うことがわかった。

私は絶望に嘆き、嘆きは《不幸》を呼び間もなく私は命を落とした。

それからはじまった

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

彼女を見つけ《食いたい》と渇望してしまうだけの日々

彼女を見つければどうしようもなく会いたくて
彼女を私のもとに呼び

もしかしたら今世は大丈夫なのではないかと淡い期待を抱いて会い

会っては失望し

彼女を傷つけて

突き放す

そんなことを繰り返す日々。

それでも、数え切れないほどの生を経てようやく
ようやく………彼女に触れられるようになったのだ。

なのに

彼女から返ってきたのは激しい拒絶―――

彼女にこれまでの記憶があるのなら当然のことだ
しかしそれでも私は……彼女が欲しい

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

生まれ変わってようやく
ようやく、彼女が欲しいと思うだけの《まともな》感情を手にできたのに


私は……どうすればいいのだろうか


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