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第一章
01 再び
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「これほどつまらない女だとは思わなかった」
ひと言で
心は砕けるものなのだと知った
時間がたつほど
あのひと言は私の胸にどんどん深く突き刺さっていき
心はますます傷ついていく
昔のことだと忘れようとしても
ならば変わろうと努力しても
数多の人々から褒めてもらえる存在になっても
いつしかあの言葉を放った貴方に笑いかけられる存在になっても
どれだけ時がたとうとも
やっぱり私の胸にはあのひと言が突き刺さったままで
抜けはしない
痛みが軽くなることも
癒えることもない
ねえ教えてよ
どうしたら楽になれるのか―――
気がつくと私の目はいつも貴方を見ていた。
貴方はいつも可愛らしい女性といた。
髪色は蜂蜜色だったり、亜麻色だったり、緋色だったり。
瞳は琥珀色だったり、榛色だったり、若葉色だったり。
さまざまな女性たちだったけれど、
全員が庇護欲を誘うようなたおやかで可愛らしい女性ばかりで。
―――ああ、貴方はそういう女性が好みなのね
冷えていく頭でそう思った。
私の視線に気付いた貴方の舌打ち。冷たい目。
貴方と一緒にいた女性からの嘲笑。
見ていたくないのに
目が離せなかった
身体は凍りついたように動かずどこにも行けなかった。
ねえ教えてよ
どうしたら……貴方から離れられる?
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
もう………たくさんだ。
王家主催の宴。
断りきれなかったダンスの後。
彼は少しはにかんで私に言った。
「君を私の妃にしたいんだ」
私は即座に返事をする。
「謹んでお断りいたします」
王子殿下――彼は信じられないという顔をした。
こちらこそ信じられない。
私が断らないと思っていたのか。
そんなはずないのに。
「私の妃だよ?未来の王妃だ」
私は首を傾げた。
だからなんだと言うのだろう。
「お断りいたします」
「何故――」
何故?
そう言いたいのは私だ。
「その教養。社交性。気品。性格。そして評判。どれをとっても素晴らしい。
君ほど王妃に相応しい人物はいない。そんな君に私は惹かれたのだ。
だからどうか私の妃に――」
「――お断りいたします」
「この国の王子である私が是非に、と言っているのに?」
「どのようなご身分であられても関係ありません。お断りいたします」
彼の顔が歪んだ。
「今日のこの宴は私の妃を選ぶ為のものであると知っていて、出席したのではないのか?」
「もちろん存じておりました」
「ならば!」
「招待状の差出人は国王陛下。《是非、出席するように》とは《王命》です。
臣下の誰が断れましょう。
招待状をいただいたご令嬢は、たとえすでに結婚式の日取りまで決まっていても全員が出席しておりますが。
それがなにか」
彼が言葉を失う。
気付いていなかったのだろうか。
俯くことで青い顔を隠し、口をつぐむことで涙をこらえているご令嬢が何人もいることに。
国王陛下も困ったお方だ。
年を取ってから授かった一人息子を溺愛しすぎではないだろうか。
きっと私たちのこのやりとりもすぐに陛下の知るところとなる。
そうしたら私に《王命》をくだされるのだろう。
「王子の妃になれ」と。
……それならそれで良い。
修道院でも、牢獄でも、国外追放でも、毒杯でも、極刑でも。
私は受け入れよう。
彼の妻にならずに済むのなら
私はなんでもするわ
「失礼します」と言って下がろうとすれば「待ってくれ」と手を取られた。
「待ってくれ。お願いだ。どうか考え直してはくれないだろうか」
「殿下……」
「君以外、考えられないんだ。どうか私の妃に。側妃も愛妾も迎えない。
生涯、君だた一人だと誓おう。必ず幸せにする。私の命にかけて。約束しよう」
「――幸せにする?」
「ああ、必ず!だから――」
「――でしたら。その手を離してくださいませ」
「え……」
「私の幸せは貴方が側にいないことです」
殿下――彼の手は。力なく落ちた。
「何故それほど私を拒絶するのだ……。私が君に何かしたか?」
私は考えて……答えた。
「いいえ」
「いいえ?」
「ええ。貴方《は》何もされてはおられません」
「私《は》……?」
そう。
彼は今までの《彼》とは違った。
一度も女性と仲睦まじくいるところを見たことはない。
一度も私に冷えた目を向けたこともない。
あの言葉を放ったことも。
それでも私は覚えている。
舌打ち。冷たい目。―――あの言葉。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
許せない私は……心が狭いのだろうか
もうたくさんだ
もう貴方が見えるところにはいたくない。
逃げたい―――――
そう思う私は……おかしいのだろうか
ひと言で
心は砕けるものなのだと知った
時間がたつほど
あのひと言は私の胸にどんどん深く突き刺さっていき
心はますます傷ついていく
昔のことだと忘れようとしても
ならば変わろうと努力しても
数多の人々から褒めてもらえる存在になっても
いつしかあの言葉を放った貴方に笑いかけられる存在になっても
どれだけ時がたとうとも
やっぱり私の胸にはあのひと言が突き刺さったままで
抜けはしない
痛みが軽くなることも
癒えることもない
ねえ教えてよ
どうしたら楽になれるのか―――
気がつくと私の目はいつも貴方を見ていた。
貴方はいつも可愛らしい女性といた。
髪色は蜂蜜色だったり、亜麻色だったり、緋色だったり。
瞳は琥珀色だったり、榛色だったり、若葉色だったり。
さまざまな女性たちだったけれど、
全員が庇護欲を誘うようなたおやかで可愛らしい女性ばかりで。
―――ああ、貴方はそういう女性が好みなのね
冷えていく頭でそう思った。
私の視線に気付いた貴方の舌打ち。冷たい目。
貴方と一緒にいた女性からの嘲笑。
見ていたくないのに
目が離せなかった
身体は凍りついたように動かずどこにも行けなかった。
ねえ教えてよ
どうしたら……貴方から離れられる?
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
もう………たくさんだ。
王家主催の宴。
断りきれなかったダンスの後。
彼は少しはにかんで私に言った。
「君を私の妃にしたいんだ」
私は即座に返事をする。
「謹んでお断りいたします」
王子殿下――彼は信じられないという顔をした。
こちらこそ信じられない。
私が断らないと思っていたのか。
そんなはずないのに。
「私の妃だよ?未来の王妃だ」
私は首を傾げた。
だからなんだと言うのだろう。
「お断りいたします」
「何故――」
何故?
そう言いたいのは私だ。
「その教養。社交性。気品。性格。そして評判。どれをとっても素晴らしい。
君ほど王妃に相応しい人物はいない。そんな君に私は惹かれたのだ。
だからどうか私の妃に――」
「――お断りいたします」
「この国の王子である私が是非に、と言っているのに?」
「どのようなご身分であられても関係ありません。お断りいたします」
彼の顔が歪んだ。
「今日のこの宴は私の妃を選ぶ為のものであると知っていて、出席したのではないのか?」
「もちろん存じておりました」
「ならば!」
「招待状の差出人は国王陛下。《是非、出席するように》とは《王命》です。
臣下の誰が断れましょう。
招待状をいただいたご令嬢は、たとえすでに結婚式の日取りまで決まっていても全員が出席しておりますが。
それがなにか」
彼が言葉を失う。
気付いていなかったのだろうか。
俯くことで青い顔を隠し、口をつぐむことで涙をこらえているご令嬢が何人もいることに。
国王陛下も困ったお方だ。
年を取ってから授かった一人息子を溺愛しすぎではないだろうか。
きっと私たちのこのやりとりもすぐに陛下の知るところとなる。
そうしたら私に《王命》をくだされるのだろう。
「王子の妃になれ」と。
……それならそれで良い。
修道院でも、牢獄でも、国外追放でも、毒杯でも、極刑でも。
私は受け入れよう。
彼の妻にならずに済むのなら
私はなんでもするわ
「失礼します」と言って下がろうとすれば「待ってくれ」と手を取られた。
「待ってくれ。お願いだ。どうか考え直してはくれないだろうか」
「殿下……」
「君以外、考えられないんだ。どうか私の妃に。側妃も愛妾も迎えない。
生涯、君だた一人だと誓おう。必ず幸せにする。私の命にかけて。約束しよう」
「――幸せにする?」
「ああ、必ず!だから――」
「――でしたら。その手を離してくださいませ」
「え……」
「私の幸せは貴方が側にいないことです」
殿下――彼の手は。力なく落ちた。
「何故それほど私を拒絶するのだ……。私が君に何かしたか?」
私は考えて……答えた。
「いいえ」
「いいえ?」
「ええ。貴方《は》何もされてはおられません」
「私《は》……?」
そう。
彼は今までの《彼》とは違った。
一度も女性と仲睦まじくいるところを見たことはない。
一度も私に冷えた目を向けたこともない。
あの言葉を放ったことも。
それでも私は覚えている。
舌打ち。冷たい目。―――あの言葉。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
許せない私は……心が狭いのだろうか
もうたくさんだ
もう貴方が見えるところにはいたくない。
逃げたい―――――
そう思う私は……おかしいのだろうか
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