私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)

文字の大きさ
上 下
33 / 38
番外編

08 すれ違う ※マティアスside

しおりを挟む



「私は何とも思っていない」と私は言った。


私を弄ぶような真似をしたと君が言うのなら
私も、それを利用して君に取り入ることを考えた。

君の出したヒントから《女領主になりたい》という君の思いに気づき、
その手伝いをすれば君に感謝され、君に近づけると思ったんだ。

下心があった。
君が自分の行いを醜いものだったと言うのなら、私の行いも同じだ。


それに、そうさせてしまうまで、君を追い詰めたのは―――私だ。

君の話を聞こうともせず
顔を見ようともせず

謝罪を――自分の言いたいことだけを手紙に書いて一方的に届けた。
すぐそこにいる実際の君のことは、腫れ物のように触れず放っておいた。

何ヶ月も―――――。

毎日、朝から日が暮れるまで実家の屋敷で執務に追われる生活でも、
君は必ず私の屋敷に帰ってきてくれていたのに。

愚かなのは君ではなく、私の方だ。


そう言った。
だが、彼女は「私が、自分を許せないのです」と言って力なく首をふった。


「私自身が。貴方にしたことを許せないのです。
ですから貴方が、ご自分に責任があるとは仰らないでください。
ご自分を責めたりしないで。
……ありがとうございます。ここまで来てくださって。
話し合いに来てくださって、嬉しかった。
ですが、お別れしましょう。
私は
貴方には、幸せになっていただきたいのです」


最後に「勝手なことを言って申し訳ありません」と震える声で言うと、
彼女は見ているこちらが痛くなるような顔で微笑んだ。



「考えさせてくれ」


そう言って、応接室を後にするのが精一杯だった。


用意してもらった客間のソファーに身体を預け、きつく目を閉じた。
ぐらぐらと足元が崩れたような気がしていた。

ここに来るまで、必ず彼女を連れ帰るつもりだった。
彼女を連れ帰り、今度こそ語り合える夫婦になろうとそう思っていた。

そうしたい気持ちは今も変わらない。
だが

―――それは正しいことなのか?



三年近く前。
本屋で出会った女性と彼女とが、私は未だ完全には一致しない。
理由はあまりに印象が違うからだ。

私が覚えている本屋での彼女は、明るい話し方と、笑い方をする女性だった。
だが、結婚後の彼女はまるで別人のようだ。

暗い声。表情のない顔。
笑顔といえば、今日の見ているこちらが痛くなるような微笑み。
私は、彼女にそんな顔しかさせていない。

私は……彼女と一緒にいて良いのだろうか。


彼女を私から解き放ってやることが
彼女の幸せではないのか?


気を利かせたのだろう。
ネイトが許可を取り、私を気分転換にと屋敷の庭へと連れ出してくれた。

「大丈夫ですか?」

隣を歩くネイトに問われ「ああ」と返事はしたものの正直、途方に暮れていた。


法的に離婚できる日までもう2ヶ月もない。
彼女は完全に離婚すると決めている。

私は……どうすればいい。


離婚を承諾するか
拒否するか


どうしたらいいのだ。


「旦那様」とネイトに呼ばれてそちらを向く。

ぎくりとした。

ネイトは見たこともないほど真剣な顔をしていた。
責められている気さえする。

「諦めるおつもりですか」

そう言われ、私は言い返した。

「違う!そうじゃない。……ただ、考えているんだ。
どんな選択が最善なのかを」

「……選択……?」

そう。
決めなければならない。

ネイトはなおも何か言おうとしたが、黙った。
私もネイトから目を外す。


ふと、近づいて来る人に気づいた。

……確か彼女の執事――いや、御者をしていた青年だ。
名前は―――と、考えていると先にネイトが答えを言った。

「ギル」

ギルと呼ばれた青年は、私に丁寧な挨拶をしたあと私とネイトを見て言った。

「まいってるみたいですね。
お嬢は《やり直す》とは言いませんでしたか」


言葉に詰まった。
察したのだろう。ギルは顎に手をあてた。

そして言った。


「そうですか。―――では。
ステイシー様に会わせて差し上げましょうか。どうです?」


「は?」

妹君?

「ステイシー様?何故?」

ネイトが首を傾げた。

私にも言われている意味がわからなかった。

が。この話の流れで妹君の名前が出たのだ。

私は言った。


「ありがたい話だが。スカーレット嬢のことは、私がよく考え彼女に向き合わなければいけないことだ。
妹君に助言をもらいに行くわけにはいかない。
声をかけてもらって悪いが――」

「――ぶっ!ははははは!」


言葉が出なかった。
何故、ギルが笑うのかわからない。


ネイトと顔を見合わせていると、ひとしきり笑ったギルは言った。

「いいね。そこ《合格》」

「は?」

「いや、こっちの話。まあせいぜい頑張ってよ」


ギルは手をひらひらと振って離れていった。


しおりを挟む
感想 193

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

貴方の運命になれなくて

豆狸
恋愛
運命の相手を見つめ続ける王太子ヨアニスの姿に、彼の婚約者であるスクリヴァ公爵令嬢リディアは身を引くことを決めた。 ところが婚約を解消した後で、ヨアニスの運命の相手プセマが毒に倒れ── 「……君がそんなに私を愛していたとは知らなかったよ」 「え?」 「プセマは毒で死んだよ。ああ、驚いたような顔をしなくてもいい。君は知っていたんだろう? プセマに毒を飲ませたのは君なんだから!」

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

処理中です...