私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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22 休日

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「ありがとうございました」


執務室を訪れたスカーレットはマティアスに深く頭を下げ、お礼を言った。


女性でも爵位と領地を持てるように国王陛下に法の改正を訴え、
それが万一認められなかった場合のことまで考えてくれたことへのお礼だ。

一方、お礼を言われたマティアスは驚きを隠せないまま答えた。

「いや。そんな。お礼を言われるようなことでは。
第一、私が勝手にしたことだ」


スカーレットはそんなマティアスに微笑むともう一度、
今度は小さく頭を下げた。

「実は、今朝はお礼と、そしてお願いがあってまいりました。
貴方の執事のネイトを。今日一日、私に貸していただきたいのです」

「ネイトを?」

マティアスは自分の後ろに控えていたネイトと顔を見合わせた。
どちらも戸惑った表情でいる。

「はい。一緒に行ってもらいたい所がありまして。……駄目でしょうか」

「……いや。構わないが」

スカーレットに言われれば、マティアスに断る理由はなかった。

スカーレットはもう一度頭を下げた。

「ありがとうございます」


「スカーレット嬢」


執務室を後にしようとしたスカーレットを、マティアスは思わず呼び止めた。

ゆっくりと振り返ったスカーレットに、
マティアスは何度か躊躇ったあと聞いた。

「……あの。本当なら、自分で考えねばならないことで。
こんなことを貴女に聞くべきではない、とわかっているのだが……。
良ければ教えてもらえないだろうか。
―――私が貴女を一番傷つけたのは……何なのか……」

「―――――」

ぴくり、とスカーレットが反応したのを見て、マティアスは慌てて首を振った。

「すまない。忘れて欲しい。
やはりそれは、自分で―――」

「―――やっと……聞いてくださいましたね」

そう言ったスカーレットの声は小さく、マティアスには届かなかった。


「……すまない。今、何と?」

聞き返したマティアスに、
今度はスカーレットがゆっくりと首を振った。

「いいえ。……何も」

「……何も……?」

「ええ。私が、子どもだっただけなのです」


スカーレットは静かに微笑んでいた。
濃い茶色の髪、緑色の瞳がより穏やかさを増している。

マティアスは、彼女から目が離せなかった。

スカーレットはそれに気づいたが
それでも何も言わないマティアスに、小さく笑った。


「……スカーレット嬢?」


スカーレットは
先程までとは違う、軽い声で言った。


「それでは。ネイトをお借りしますね」

「……あ、ああ」


ドアの近くにいて、全てを見ていたベスがマティアスに向け一礼すると主人のためにドアを開け、三人は出ていった。

朝の執務室。
なんとも言えない気持ちを抱いたまま、マティアスは三人を見送った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「どこに行くつもりですか?」

執務室を後にして
ネイトが聞けば、斜め前を歩いていたスカーレットがけろりと言った。

「今日は一日休みにしたの。たまにはいいでしょう。
それで色々なところを回りたいのだけど、ギルが男性一人では嫌だし荷物も持ちきれないって言うから」

ネイトの肩が落ちた。

「……つまり私はギルの付き合いと荷物持ちですか……」

「そう。悪いけどお願い。今日はゆっくりしたくて。
今後、忙しくなりそうだから」

「え?」

「もし、女性でも爵位と領地を継げるようになったとして。
爵位と領地を継ぐには私はまだまだなの。学んでおかなきゃ」

「……貴女なら今すぐにでも継げるのでは?
《ボス》と呼ばれているくらいですし」

スカーレットは笑った。

「《ボス》なんて揶揄い半分の呼び名よ。
領地を継げない《領主の娘》なら小娘の言うことだと許されても《女領主》となれば全く違うわ。
貴方は見て、知っているのでしょう?
《いずれ領主となる子息》と《新領主》では領民の態度が全く違うこと」

「―――――」

確かにマティアスはそうだった。
でも貴女なら―――と、ネイトは言えなかった。

スカーレットがなろうとしているのはただの《領主》ではない。
初の《女領主》なのだ。
もし実現すれば風当たりは相当なものになるだろう。


話を聞いて、ネイトは今日一日くらいスカーレットに振り回されてもいいと思えた。

スカーレットは言っていた通り、カフェ、レストラン、雑貨店、本屋と色々な店をまわり楽しんでいた。


ネイトが騙されたと気づくのは、ほんの数時間後のこと―――

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