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08 真実の味1
しおりを挟む「本当のこと……?」
ネイトが聞き返せば
「仕方がないわね」と言ってスカーレットは語り出した。
「貴方は私が《あの人》を許せないのは、妹ステイシーの容姿を《花のよう》とたたえ、私を《お前ではない》と言ったからだ、と言ったわね。
想像で」
「…………」
「ステイシーはね、10歳になるまで三度も攫われそうになったわ。
そのうち一度は屋敷に出入りしていた商人が犯人だった。
お金欲しさにあの子を人買いに売ろうとしたのよ。
賭け事で作った借金を返すためにね」
ネイトは
予想外の話に目を見開いた。
「……え?」
ネイトの反応など気にせず、スカーレットは淡々と語っていく。
「11歳の時には父が屋敷に招いた知人の男性に、誰もいない部屋に連れ込まれそうになった。
それから両親は屋敷に人を招くことはなくなったわ。
たとえ相手が女性でもね。
雇う人間や出入りする者にも、細心の注意をはらっていた。
ステイシーには、あの子をいつも見守らせるために三人の侍女をつけた。
それでも安心できなかった両親は、あの子を外には出さなくなった。
……けれど。
それだけしても万全ではなかった。
あの子、兄のように思っていた従兄弟に《自分の愛人になれ》と言われたの。
14歳の時よ」
「―――」
「ステイシーは絶望したのでしょう。
暖炉にあった火かき棒で顔を焼こうとしたの。
顔は無事だったけれど、首から肩にかけて酷い火傷をし、痕が残った。
夢中で止めた母の手も……火傷の痕が残っているわ。
手袋で隠しているけれどね。
……あの子はあの《花のような容姿》のせいで、そんな日々を送ってきたのよ。
あの子を心から愛し、寄り添い支えてくれる人に出逢うまでね」
「―――――」
「彼に出逢えてステイシーは変わったわ。
人前にも出られるようになった。
大勢の人の中は呼吸が上手くできなくなるから無理だけれど。
ようやく、心から笑えるようになったのよ」
妹ステイシーを想ってだろう。
スカーレットはふふ、と優しく笑った。
「確かに《あの人》がそんなステイシーの容姿を《花のよう》と言ったのは少し腹が立ったけど。
貴方の憶測とは全く理由が違うの。わかってもらえたかしら」
「……そんな……私は……」
「《知らなかった》。そうでしょう。
自分の思い込みを疑うことをしなかった。
全く根拠のない想像。それが正しいと信じきってね」
その通りだった。
ネイトは身震いした。
己の想像だけで吐いてしまった暴言の酷さを思う。
取り消したい。
だが、どんなに悔いても一度発した言葉は消せはしない。
ネイトは震えながら
深く頭を下げた。
「……申し訳ありません。私は酷い暴言を……」
「――わかったなら。私からもひとつ言わせてもらって良いかしら」
「は……?」
ネイトが顔を上げるとそこにはスカーレットの顔があった。
あり得ない近さに狼狽えるネイト。
だがスカーレットは全く気にすることなく
ネイトが想像もしていなかったことを言った。
「ネイト。
貴方、幼い頃ご両親を亡くしたそうね。
そして親戚に貴族の地位も財産も、全て奪われた」
「―――――」
「当時、貴方は5歳。三人きょうだいの一番下。
すぐ上のお兄様は7歳。一番上のお姉様は18歳。
働くことができたのは、お姉様だけ。
お姉様は大変だったでしょうね。
親代わりとなり貴方たち弟二人を何不自由なく育て、学校にもやるなんて」
「―――――――」
「……どう?
真実は効くでしょう?ネイト」
引き裂かれるような胸の痛みに支配されていたネイトには
何も言えなかった。
スカーレットはそんなネイトの肩に手を置くと
そっと彼の耳に囁いた。
「暴言は
返り討ちにあう覚悟を持って吐くことね」
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