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04 マティアス

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スカーレットとの関係は全く改善しないまま
時間だけが過ぎ、マティアスの暴言で中止になった結婚式からふた月が過ぎた。

マティアスは今日も空いた時間は自室に閉じこもる。

そして謝罪の手紙を書き過ごす。

宛名はスカーレットの父、母、妹。
そして――スカーレット。

一人一人に向けて、丁寧に毎日謝罪の手紙を書く。


マティアスはスカーレットの父と母に結婚式後、誇張ではなく床に頭をすりつけ謝罪を繰り返した。

言いたいことは山のようにあっただろうに。
スカーレットの父と母はそんなマティアスに、ただ一言を繰り返すだけだった。

「全ては娘の良い様に」

そのうちに、二人は領地に戻って行った。
それでマティアスは今、二人宛の謝罪の手紙を二人がいる領地の屋敷に送っている。
毎日だ。


スカーレットの妹、ステイシーには会って謝罪ができていない。

マティアスが彼女と会ったのは結婚式前。
マティアスが彼女をスカーレットだと勘違いしたあの日だけだ。

彼女は何故か結婚式にも来ていなかったし、両親に謝罪に行った時も全く姿を見せなかった。

どうやら両親と一緒に領地にいるのではなく、王都の屋敷にいるようだが……
もちろん、マティアスが訪ねるわけにはいかない。

マティアスにできることは謝罪の手紙をこちらも毎日、王都の屋敷へ送ることだけだった。


そしてスカーレットは……

謝罪の手紙を受け取ってはくれなかった。
当然だとマティアス自身も思う。

しかし諦められないマティアスはスカーレットの使っている客間のドアの下から中へ。
毎日、手紙を差し入れている。

そんな方法しか取れなかったのは、スカーレットが自分のいる客間には実家から連れてきた侍女以外、決して誰も入れないからだった。

スカーレットが手紙を読んでくれているのかどうかはわからない。

きっと読んでもらえてはいないだろう。
受け取ってもらえないような手紙なのだから。

なのにドアの隙間から手紙を入れ続けるなんて、
完全にマティアスの自己満足でしかない。

それはマティアス本人も良くわかっている。
それでも……
可能性が少しでもあるなら、と謝罪の手紙を送り続けている。


マティアスは、スカーレットと話をするきっかけが欲しかった。


スカーレットと彼女の家族の四人に謝罪の手紙を書き終えて、
マティアスは机の引き出しから、もう何度読み直したかわからない手紙の束を取り出した。


作物の病気が流行り、あっという間に国中に蔓延した。
そのままではどこの領地も不作となり、領民が飢えるのは明らかだった。

お互い領地に赴き、何とかしようと必死で。
会うことは叶わなかった。

そのかわりに
何度か手紙のやり取りをした。
その手紙である。


マティアスがスカーレットからもらった手紙だ。


封筒の数が多いわけではない。
お互い、忙しくてそう何度もやり取りはできなかったから。


だが、一封ごとは厚みのある手紙の束だ。


最初に手紙を書いたのはマティアスだ。
作物の病気の流行を知り、いち早く領地に赴いたマティアス。

顔合わせができなくなってしまったことを詫びる手紙だった。
なんてことのない、薄っぺらい社交辞令のような手紙を書いたように思う。


けれど、少ししてスカーレットから送られてきた手紙を見て
マティアスはその文字の綺麗さと、内容の温かさに震えた。


スカーレットの手紙には

マティアスの身体を気遣う文と
顔合わせのことなど気にしなくて良いこと。
自分もこれから領地へ向かうこと。

そして

作物の病気をどうにか抑え込めないか。
領民が飢えないためには何をしたら良いか。
何が必要か。
次の作付けは?
同じ物を作るか、別の作物に切り替えるか。
どうするのが良いか。
また似たような病気が出た場合、今後の対策は?

できたら相談させて欲しいと
そう書いてあったのだ。


ああ、そうだった。

と、マティアスは思った。

あの、初めての手紙を読んだ瞬間に
自分はスカーレットに恋をしたのだ。


確かに大変な出来事だった。
自ら鍬も握った。
領民と何度も衝突もした。

領主が自分ではなく、前領主――父だったら良かったと
領民たちから罵声を浴びせられたこともある。


それでも思い返してどこか充実した《楽しかった時間》だと思えるのは
スカーレットの手紙の存在があったからだ。

スカーレットとの手紙のやり取りがあったからだ。


あの、花束を持って王都のスカーレットの屋敷を訪ねた時。

ひと目で良いから顔が見たかったのだ。
結婚式はもうすぐだった。

けれど一秒でも良い。早く会いたかった。
それだけだった。

やってきた女性――ステイシーの美しさに呆然となってしまったわけだが。


《彼女がスカーレットだ》ということが重要だったのだ。


だから結婚式で……《スカーレットでない女性》をあてがわれたと思って激昂し、
暴言を吐いた。
吐いてしまった。

穏便に確認することもできたはずなのに。

子どもの所業だ。
結果、愛しい女性を傷つけてしまった。
それは深く。


「……最低だな……私は……」


マティアスは呟き、きつく目を瞑った。


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