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二度目

13 脱出

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未来を変えなければ。
もう一秒だって、ここにいるのはごめんだ。


一か八かだったけど、私は賭けた。
逃げ切れる方へ。

そのために。

「可哀想なお母様」

お母様の耳に、私はそっと囁いた。
悪魔の言葉を。

「お母様の大好きな国王様は新しい王妃様を迎えられるのよ。だからね。
―――お母様はもう、いらないんですって」

二年後の話だが真実だ。
そのためにお母様は葬られる。

私はお母様を抱きしめた手にきゅっと力を込めた。

「さようなら。捨てられる哀れなお母様。―――生きていてね」


「カ、カタリナっ!貴女、王妃様に何てことを!」

デラが叫んだのと、お母様――王妃様が絶叫したのは同時だった。
王妃様の侍女だけでなく、デラも王妃様に慌てて駆け寄る。

私はその隙に走ってドアを開けた。

「助けて!王妃様が!」

そう叫べば、外にいた護衛たちは部屋に駆け込み王妃様のもとへ向かった。セオ以外は。

私はセオの手を取り、思いっきり走り出した。

閉じ込められていて、肖像画のひとつもない私の顔など誰も知らない。
前回、あの小国に嫁ぐ時に、私につけられた国王様直属の兵士たちとは、まだセオ以外誰とも――ドリスとも顔を合わせていない。
着ているドレスは、王族にあり得ないシンプルなものだ。
私が第四王女だとわかるはずがない。

「そっちじゃない!こっちだ!」

セオが私の手を掴んだ。
こんな時に、と思いながらも、その暖かさに涙が溢れた。


後で知ったことだが、私たちが逃げ出した後、王妃様は周りにいた者たちの一瞬の隙をついて部屋から駆け出し、国王様のところへ行くと叫んで大騒ぎになったらしい。

王妃様の乱心に皆が気を取られてくれたからか。何度か着替えて進んだからか。
王宮からは、何とか無事に逃げ出せた。

行く宛は……国境沿いのセオの故郷くらいだったけれど。
それでは見つかってしまう可能性が高いと判断して、私たちは山に入った。

ようやくひと息つけたのは、王宮を出て何日もしてから。
しばらく身を隠せそうな小さな山小屋を見つけた時だった。


セオは私をぎゅっと抱きしめてくれた。

―――そして。

「贅沢はさせてやれそうにないけど。今回は親子三人で幸せに暮らそう」
と、セオが一点の曇りもない晴れやかな笑顔で言った時。

私はセオと自分の違いを知った。


セオには見えていないのだ。
私に見えている、あの人たちが。

何故。どうして?
私は王宮を逃げ出したのに。
もう王女ではないのに。
これでもう二年後、あの小国に行くことは、ないのに。

――― 未来は変えられたはずなのに ―――

―――なのに。


それでも許してはもらえないのね。


小さな山小屋には、ひとつの部屋しかない。
その薄暗い、ひとつきりの部屋にはセオと、私と。

そして私にしか見えていないらしい、物言わぬたくさんの人の姿があった。

今の自分の中に入ることより、こうして私に恨みの目を向ける方を選んだのだろう、たくさんの……。


―――たくさんの。あの小国の《前回の人々》の姿があった。


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