10 / 15
10 消えた日常
しおりを挟む「フィンリー。えらい豪商のお嬢様だったんだって?」
「結婚はなしかあ」
「気を落とすなよ、リアン」
俺はしばらく人に会えば同情され続けた。
まあ気にはしなかった。
無視を決め込んだ。
だが、中にはお嬢様を助けたお礼はどのくらい貰えたんだ?と揶揄う奴がいて、
それには辟易した。
なんとタニアと、そしてカールまでもその一人だった。
「お嬢様を助けたお礼をたんまりもらったんじゃないの?リアン」
任務明けに入った食堂で。
タニアと、そしてカールはやけにニヤニヤしながら俺に言った。
俺はうんざりしながら答えた。
「馬鹿言え。俺は兵士だぞ?当たり前のことをしただけだ。
お礼なんて、受け取れるかよ」
「ええ?!なんだ、断っちゃったの?
貰っとけば良かったのに。痩せ我慢しちゃって」
と、タニアが言えば
「――ああ。そうか。
リアンにはデボラ婆さんの遺産があるもんな。お金には困ってないか」
と、カールも言った。
冗談じゃない。
俺は反論した。
「あのな。怒るぞ?
デボラ婆さんの遺産は、婆さんの親戚のものに決まってるだろう!
婆さんにやっかいになってた俺やあいつが貰っていいものじゃない。
あの家のことを言っているんなら、婆さんの親戚が要らないって言ったんだよ。
だから婆さんは俺にくれたんだ」
本当は《俺たち》にくれたんだが、話をややこしくしたくなくて俺は自分が貰ったことにして二人に話した。
「なんだ、そうだったのか。
そうだよなあー。婆さんの親戚の気持ち、わかるよ。
こんな魔物の森に近い村にある家を貰っても、売れもしないし住むのは怖い。
売れない、使えない。なら要らないよなあ」
と、タニアが言い
「ああ、それでリアンに押し付けたのかあ。
でもさ、リアンは住むところができたわけだし、婆さんの親戚の方は不要な家を維持せずに済む。
どっちにとっても良かったな」
大きな声でそう言って大笑いした。
俺はそこで、やっと気づいた。
店にいた奴らが俺たち三人の話に耳をそばだてていたことに。
タニアとカールは、奴らに聞かせるために言っているのだ。
あたっていたらしい。
タニアとカールは俺を見てにっと笑うと、次に今までの大声をひそめて言った。
「……リアン。泣いていいぞ」と。
―――俺はいい同僚を持ったようだ。
胸に熱いものがこみ上げてきた。
それを隠すように酒を飲もうとした。
だがグラスにはもう酒は残っていなかった。
力なくグラスを戻す。
自然と言葉が出た。
「仕方がないさ。
あいつは雪だったんだよ。
長くは手にしていられない。
そんな奴だったんだ」
俺らしくない言葉だ。
感傷に浸るにも程がある。
だが二人は笑わずにいてくれた。
まるで乾杯をするように俺のグラスに自分たちのグラスを合わせた。
ぶつかった三つのグラスがたてた高い音が、やけに耳に響いた。
22
お気に入りに追加
232
あなたにおすすめの小説

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

[完]僕の前から、君が消えた
小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』
余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。
残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。
そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて……
*ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

君はずっと、その目を閉ざしていればいい
瀬月 ゆな
恋愛
石畳の間に咲く小さな花を見た彼女が、その愛らしい顔を悲しそうに歪めて「儚くて綺麗ね」とそっと呟く。
一体何が儚くて綺麗なのか。
彼女が感じた想いを少しでも知りたくて、僕は目の前でその花を笑顔で踏みにじった。
「――ああ。本当に、儚いね」
兄の婚約者に横恋慕する第二王子の歪んだ恋の話。主人公の恋が成就することはありません。
また、作中に気分の悪くなるような描写が少しあります。ご注意下さい。
小説家になろう様でも公開しています。

麗しの王様は愛を込めて私を攫う
五珠 izumi
恋愛
王様は私を拐って来たのだと言った。
はじめて、この人と出会ったのはまだ、王様が王子様だった頃。
私はこの人から狩られそうになったのだ。
性格に問題がある王子が、一目惚れした女の子を妻に迎える為に王様になり、彼女を王妃にしようとするのですが……。
* 一話追加しました。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

その結婚、承服致しかねます
チャイムン
恋愛
結婚が五か月後に迫ったアイラは、婚約者のグレイグ・ウォーラー伯爵令息から一方的に婚約解消を求められた。
理由はグレイグが「真実の愛をみつけた」から。
グレイグは彼の妹の侍女フィルとの結婚を望んでいた。
誰もがゲレイグとフィルの結婚に難色を示す。
アイラの未来は、フィルの気持ちは…

身代わり皇妃は処刑を逃れたい
マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」
新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。
1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。
2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。
そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー…
別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる