リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)

文字の大きさ
上 下
9 / 15

9 別れ

しおりを挟む



次の日の夕方だった。

重い身体を引きずるように帰れば家にあかりが灯っていた。

玄関のドアに近づくと、飯の匂いがした。

躊躇ったが
俺はドアを開けた。

すると

「お帰りなさい、リアン」

そう言って笑うその顔は―――――


「……フィンリー……?」

「なあに?」

「……いや。お前……」

一瞬、夢から覚めたのかと思った。
グレンから妙な話を聞いた夢を見ていたのかと。

だが……。

「ご飯を作ったわ。リアンの好きなものばかりよ。
全部、記憶を取り戻したからできたの。
それから……荷物を取りに来たのよ」

「そうか……」

俺は自分を笑った。
そうだよな、これが現実だ。


「酷い顔ね。グレンが?」

顔に伸びてきた白い手を避けるように横を向いて

「……謝罪は不要だと言っておいてくれ」

と言うと、フィンリーはくすくす笑った。

「言う必要ないわ。
《殴られたい奴を殴っただけだ》って言ってたから」

「そうか」

「痛む?何か冷やす物を持ってこようか?」

「いや。いいんだ。このままで」

「……そう。
じゃあ手と顔を洗ってきて。ご飯、温めておくから」

「ああ。……フィンリー……」

台所へ向かおうとしたフィンリーに声をかけると、フィンリーはくるりと振り返った。

「なあに?」

「……行くんだな」

フィンリーはゆっくり頷くと、

「うん。私、王女だから」

と、何でもないことのように言って微笑んだ。

「そうだな」と答えて俺も笑って見せた。


―――そうだよな。それがお前だ。

行けば腫れ物を隠すように閉じ込められるかもしれない。
それも一生。

わかっていても
それでも、お前は行く。
誘拐の真相を語るために。

誰が真の犯人なのか。

誰が犠牲になったのか。

誰が命をかけて、自分を守ってくれたのか。

どんなに足が震えても、お前は行く。

止められやしないんだ。


食卓に並べられたのは、どれも俺の好きなものばかりだった。

任務から帰ったところだ。
腹は空いている。

けれど何故か食欲はなかった。
俺は半ば強引に、並べられた料理を口に入れていった。


食事が終わる頃。
前に座っていたフィンリーが言った。

「リアン」

「なんだ」

「私はここから遠い地の、とある豪商のお嬢様で。
グレンはそこの従者で。
記憶が戻ったから帰る、ってことにするから。
話を合わせておいてね」

「……その設定いるか?」

「だって王女だなんて言ったら、きっとみんな引いちゃう。
平伏されちゃうよ」

フィンリーは口を尖らせ、俺は笑った。

「確かにな」


水を一口飲んでから、俺は聞いた。

「いつ……発つんだ?」

「……明日の昼前には」

「そうか。
俺は任務だ。見送ってはやれそうにないな」

「いいよ。見送りなんて」

フィンリーが立ち上がった。

食事の終わり。
いつもの、片付けを始める合図みたいなものだった。
俺も立ち上がり、空になった皿をまとめていく。

と。

フィンリーが俺を呼んだ。

「リアン」

「なんだ」

「大好きよ」

「―――――」

まとめていた皿をテーブルに置き、フィンリーの顔を見る。


五年前。
魔物の森近くで拾ったぼろぼろで、俺にくっついてきた小さなガキで

いつの間にか
家族になり一生守っていきたいと思う
俺の唯一になった人の顔だ。


だが、そういえば俺はまともに口にしたことがあっただろうか。
その想いを。
最後の時になってようやく気づいた。


「大好きよ……」

そう繰り返す、そのくしゃくしゃな泣き笑いの顔に、俺は告げる。

きっと同じ
くしゃくしゃな顔で。

最初で最後の告白を。


「ああ……。
俺もだ。……大好きだよ」


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

[完]僕の前から、君が消えた

小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』 余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。 残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。  そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて…… *ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

君はずっと、その目を閉ざしていればいい

瀬月 ゆな
恋愛
 石畳の間に咲く小さな花を見た彼女が、その愛らしい顔を悲しそうに歪めて「儚くて綺麗ね」とそっと呟く。  一体何が儚くて綺麗なのか。  彼女が感じた想いを少しでも知りたくて、僕は目の前でその花を笑顔で踏みにじった。 「――ああ。本当に、儚いね」 兄の婚約者に横恋慕する第二王子の歪んだ恋の話。主人公の恋が成就することはありません。 また、作中に気分の悪くなるような描写が少しあります。ご注意下さい。 小説家になろう様でも公開しています。

麗しの王様は愛を込めて私を攫う

五珠 izumi
恋愛
王様は私を拐って来たのだと言った。 はじめて、この人と出会ったのはまだ、王様が王子様だった頃。 私はこの人から狩られそうになったのだ。 性格に問題がある王子が、一目惚れした女の子を妻に迎える為に王様になり、彼女を王妃にしようとするのですが……。 * 一話追加しました。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

その結婚、承服致しかねます

チャイムン
恋愛
結婚が五か月後に迫ったアイラは、婚約者のグレイグ・ウォーラー伯爵令息から一方的に婚約解消を求められた。 理由はグレイグが「真実の愛をみつけた」から。 グレイグは彼の妹の侍女フィルとの結婚を望んでいた。 誰もがゲレイグとフィルの結婚に難色を示す。 アイラの未来は、フィルの気持ちは…

身代わり皇妃は処刑を逃れたい

マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」 新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。 1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。 2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。 そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー… 別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

処理中です...