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しおりを挟む「リアン!待ってください!」
部屋を出て兵士宿舎を後にしようとした俺の行手をグレンが塞ぐように立った。
「待ってください、一人で帰る気ですか?
どうして!
フローレンス様は!あの方は!
……いえ。
彼女は今、戻った昔の記憶の方が大きく混乱しているんです。
ですが、少しすればきっとすぐに思い出す!
フィンリーとしてここで過ごした五年の記憶を取り戻す!
なのに。
彼女をおいて、このまま帰っていいんですか?!」
「――いいも悪いもあるかよ。あいつは王女サマだろう?」
自分でも驚くほど冷静だった。
グレンが信じられないというような顔をしたが、
なぜそんな顔をされるのか。俺にはわからなかった。
「話は終わりだろ。俺は帰る」
そう言ってグレンの横を抜けようとしたのだが、
グレンが俺の両腕を掴んだ。
少し身を捩れば簡単に振り解けただろう。
しかし俺はそうしなかった。
俯き、俺の両腕を掴むグレンの手は震えていた。
グレンは
俯いたまま、絞り出すような声で言った。
「……いいですか、リアン。
彼女は14歳の時から五年間、行方不明だったんです。
若い王女が五年もの間、どこでどう生き延びていたのか。
貴族たちは皆、興味津々だ。
真実だけが伝わることはあり得ない。
彼女は好奇の目や、心ない噂に晒されることになる。
……もう王女としての普通の生活も……結婚も……望めません。
王宮に戻ればきっと、病弱を理由に閉じ込められてしまう。
腫れ物のように扱われる。
おそらく生涯にわたってだ。
……私は思うのです。―――それなら!
それならいっそこのまま、この地で貴方と――」
「――お前は……馬鹿だな」
「……え?」
「わかってるくせに。何言ってんだ」
「―――――」
俺の両腕を掴んでいたグレンの手は、力なく落ちた。
「じゃあな」
と言って。
俺はグレンを置いて歩き出した。
―――こうするしかないじゃないか。
わかるんだ。
王女サマは知らない。
だがあいつなら。
あいつなら
侍女と騎士夫婦を。その子どもを。
忘れて生きたりしない。
それに、デボラ婆さんが言ってた。
魔物が出たことを知らせる鐘が聞こえるといつも。
あの子は足を震わせながら
玄関の前にホウキを抱えて立つんだと。
嬉しそうに笑いながら言っていた。
あいつは
いざという時は、強いんだぜ?
それでも諦められないのか
グレンは俺を追いかけてきた。
……仕方ない。
俺は立ち止まるとグレンに言った。
「もうよせ。何も言うな。
俺はただの兵士だぞ?
この地を治める辺境伯サマにもお目にかかれないって言うのに。
王女サマだぞ?
どうしろって言うんだよ」
「……リアン……」
「わかるだろう?
俺は帰る。俺の役目はもう、終わったんだよ。
あとは……お前にあいつを任せるよ」
「……私に……任せる?」
グレンに背を向け、兵士宿舎を出る。
それで終わりだと思っていたのに
グレンはしつこく俺を追いかけて来た。
「待ってください!
私に任せるとは……どういう意味ですか。
もしかしたら誤解されているのではないですか?
私はあの方の幼馴染で護衛騎士。
ただ、それだけです。
……貴方とは……違う」
違う?
同じだろう?
気持ちは。
そうだろう?
でなきゃ、いくら幼馴染の護衛騎士だったからって
たった一人で五年も探したりしないよな?
生きているのか、死んでいるのかもわからなかった
あいつを
絶対に見つけ出すんだと
探し続けたんだろう?
五年もの間。
国中を、手探りで。
来る日も来る日も探しまわって。
そして……とうとう見つけた。
ほとんど執念だ。
その執念の源は?
その上、五年をかけてやっと見つけたあいつを
連れ帰らない
王女には戻さないと
できもしない馬鹿な提案をした。
あいつの幸せだけを思って。
そのわけは……?
俺は
笑った。
同じ呼び名は
少しは慰めになるだろうか。
「―――返すよ。お前の王女サマだ」
グレンに思い切り殴られた。
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