4 / 15
4 唯一
しおりを挟む俺の住む村は、辺境の地の中でも魔物の森に最も近い。
昔はもっと魔物の森に近い村があった。
だが住民が全員で移住を決めたり、魔物に襲われたりしてなくなった。
それで今、魔物の森に最も近いのは俺の住む村だ。
村には兵士が集まっている。
魔物相手の危険な、おまけに薄給の仕事だが
それでも魔物を撃ってやろうという強い意志を持つ者たちの集まりだ。
そんな兵士たちは村の外には滅多に出ない。
一年の四分の一ほどを占める雪の季節――魔物がいつ出てもおかしくない季節は決して村を空けたりしない。
他の季節も村にいて砦や、村を囲っている石垣の補修をしたり手を加えたり。
武器の手入れや補充をしたり、鍛錬したり。
あるいは住民の畑仕事や大工仕事を手伝ったりして過ごす。
村を出るのは町への買い出しか、用事で知り合いのいる村へ行く時くらいだ。
逆に村を訪れる奴もいない。
何もない、雪の季節には魔物に遭う確率が高い村だ。
誰も来ない。
この地を治める辺境伯サマどころか、使いすら来やしない。
兵士の給料は手紙を運ぶ配達員が渋々持ってくるほど放置されている。
つまり兵士たちは他所の人間にあまり会ったことはない。
だから砦にやってきた少女は当然、兵士たちの注目を浴びた。
良くも悪くも。
きっと人買いに売られて記憶をなくすほど辛い目にあった子だ、とか。
記憶をなくした子を育てる余裕のない親に捨てられた哀れな子だろう、とか。
フィンリーに同情し友好的に迎える者もいたが、
記憶のないのはフリで、実は盗賊の一味で村に仲間を引き込もうとしているんじゃないか、とか。
本当は魔物の使いなんじゃないか、とか。
胡散臭い娘だと警戒する者もいた。
タニアは警戒する方の一人だった。
「リアン。どうする気なの?その子」
そう言って詰め寄られたな。
長い髪以外、背丈も体型も男の俺とそう変わらない兵士タニア。
睨まれて怖かったのだろう。
フィンリーは俺の背中に隠れて固まっていた。
フィンリーはあれでタニアが苦手になったんだろう。
「懐かれたな、リアン」
俺にくっついて離れない小さなフィンリーを見てカールが言い、皆が笑った。
フィンリーを胡散臭い娘と警戒していた奴も顔が緩んでいた。
その日の任務が明けてから、俺はフィンリーを村に連れて帰った。
村のみんなの反応は概ね砦の兵士たちと同じだった。
村の連中も、村の外へは滅多に出ないのだ。
突然やってきたフィンリーに警戒もしたが、俺にくっついて離れないフィンリーの様子を見て最後には笑った。
一人暮らしをしていたデボラ婆さんがフィンリーを引き取ると言ってくれた。
だが何度言い聞かせてもフィンリーは俺から離れなかった。
結果、俺までデボラ婆さんの家にやっかいになることになった……。
まあ……良かった。
俺はこの村で生まれ育った人間ではなく、ここより魔物の森近くにあった村の生まれだ。
魔物に村を襲われ、家と両親を奪われ、兵士となってこの村に来た。
だからそれまで俺が住んでいたのは狭くてすきま風の入る兵士宿舎だった。
広くてあたたかい家のがいいに決まっている。
フィンリーにも良かった。
フィンリーは本当に何もできない娘だったのだ。
まきの割り方。食事の作り方から洗濯の仕方。
洋服の繕い方はおろか服の着方すら怪しかった。
買い物など行く以前に、お金を不思議そうに見ていた。
記憶を失くしたのだから仕方がなかったんだろうが、それにしてもひどかった。
デボラ婆さんはそんなフィンリーに根気よく生活の仕方を教えてくれた。
兵士だった夫を魔物に奪われた後もずっとこの村で一人暮らしている婆さんだ。
デボラ婆さんは気の強い婆さんだった。
けれど、フィンリーには優しかった。まあ口は悪かったが。
フィンリーはデボラ婆さんに懐き、婆さんはフィンリーをまるで孫娘のように慈しんでくれた。
……俺たちのことも喜んでくれた。
今年の、雪の季節が来る少し前。
デボラ婆さんは亡くなる時、家を俺とフィンリーにくれた。
婆さんの夫が、婆さんの為に建てた家を、俺たちは受け継いだ。
それが、この家。
俺とフィンリーの住む家だ。
個室がみっつ。使い勝手の良い台所。リビングには暖炉。
魔物対策のどっしりした石壁に小さな窓。
積もった雪が自然と滑り落ちるように角度をつけられた屋根。
庭に作った小さな畑ではフィンリーがデボラ婆さんに倣って野菜を育てている。
今年の雪の季節が終わったら。
魔物の出ない、あたたかな季節がやってきたら。
俺とフィンリーは結婚式を挙げる。
この家で家族になる。
それなのに。
「何でタニアを気にするんだよ……」
まったく、勘弁してほしい。
俺がタニアと《そういう仲だ》なんて言われたくないのには理由がある。
女の兵士なんて駄目だと言われないように。
女の弾く弓は威力がないと言われないように。
タニアがどれほど努力をしているのか。
俺は間近で見て、よく知っているからだ。
女であることの呪縛から逃れようと、タニアは必死なのだ。
―――組んでいる俺とカールはお前の力を認めている。
なんて言われても気にするな。言いたい奴には言わせておけばいい。
タニアにはいつもそう言っているし、そう思っている。
だが、フィンリーには「タニアは女だから――」と言って欲しくない。
カールと同じだ。
タニアは俺の良き同僚で相棒の兵士なんだと。
フィンリーにだけは、わかって欲しい。
だいたい、フィンリーが気にする必要なんかない。
五年前。
魔物の森近くで拾ったぼろぼろで、俺にくっついてきた小さなガキは
家族になり一生守っていきたいと思う
俺の唯一になったんだぞ。
フィンリー。
33
お気に入りに追加
232
あなたにおすすめの小説

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

[完]僕の前から、君が消えた
小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』
余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。
残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。
そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて……
*ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

君はずっと、その目を閉ざしていればいい
瀬月 ゆな
恋愛
石畳の間に咲く小さな花を見た彼女が、その愛らしい顔を悲しそうに歪めて「儚くて綺麗ね」とそっと呟く。
一体何が儚くて綺麗なのか。
彼女が感じた想いを少しでも知りたくて、僕は目の前でその花を笑顔で踏みにじった。
「――ああ。本当に、儚いね」
兄の婚約者に横恋慕する第二王子の歪んだ恋の話。主人公の恋が成就することはありません。
また、作中に気分の悪くなるような描写が少しあります。ご注意下さい。
小説家になろう様でも公開しています。

麗しの王様は愛を込めて私を攫う
五珠 izumi
恋愛
王様は私を拐って来たのだと言った。
はじめて、この人と出会ったのはまだ、王様が王子様だった頃。
私はこの人から狩られそうになったのだ。
性格に問題がある王子が、一目惚れした女の子を妻に迎える為に王様になり、彼女を王妃にしようとするのですが……。
* 一話追加しました。

その結婚、承服致しかねます
チャイムン
恋愛
結婚が五か月後に迫ったアイラは、婚約者のグレイグ・ウォーラー伯爵令息から一方的に婚約解消を求められた。
理由はグレイグが「真実の愛をみつけた」から。
グレイグは彼の妹の侍女フィルとの結婚を望んでいた。
誰もがゲレイグとフィルの結婚に難色を示す。
アイラの未来は、フィルの気持ちは…

お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

私、女王にならなくてもいいの?
gacchi
恋愛
他国との戦争が続く中、女王になるために頑張っていたシルヴィア。16歳になる直前に父親である国王に告げられます。「お前の結婚相手が決まったよ。」「王配を決めたのですか?」「お前は女王にならないよ。」え?じゃあ、停戦のための政略結婚?え?どうしてあなたが結婚相手なの?5/9完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる