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俺の住む村は、辺境の地の中でも魔物の森に最も近い。

昔はもっと魔物の森に近い村があった。
だが住民が全員で移住を決めたり、魔物に襲われたりしてなくなった。

それで今、魔物の森に最も近いのは俺の住む村だ。


村には兵士が集まっている。

魔物相手の危険な、おまけに薄給の仕事だが
それでも魔物を撃ってやろうという強い意志を持つ者たちの集まりだ。

そんな兵士たちは村の外には滅多に出ない。

一年の四分の一ほどを占める雪の季節――魔物がいつ出てもおかしくない季節は決して村を空けたりしない。

他の季節も村にいて砦や、村を囲っている石垣の補修をしたり手を加えたり。
武器の手入れや補充をしたり、鍛錬したり。
あるいは住民の畑仕事や大工仕事を手伝ったりして過ごす。

村を出るのは町への買い出しか、用事で知り合いのいる村へ行く時くらいだ。

逆に村を訪れる奴もいない。

何もない、雪の季節には魔物に遭う確率が高い村だ。
誰も来ない。

この地を治める辺境伯サマどころか、使いすら来やしない。
兵士の給料は手紙を運ぶ配達員が渋々持ってくるほど放置されている。


つまり兵士たちは他所の人間にあまり会ったことはない。


だから砦にやってきた少女は当然、兵士たちの注目を浴びた。
良くも悪くも。

きっと人買いに売られて記憶をなくすほど辛い目にあった子だ、とか。
記憶をなくした子を育てる余裕のない親に捨てられた哀れな子だろう、とか。

フィンリーに同情し友好的に迎える者もいたが、

記憶のないのはフリで、実は盗賊の一味で村に仲間を引き込もうとしているんじゃないか、とか。
本当は魔物の使いなんじゃないか、とか。

胡散臭い娘だと警戒する者もいた。

タニアは警戒する方の一人だった。

「リアン。どうする気なの?その子」

そう言って詰め寄られたな。


長い髪以外、背丈も体型も男の俺とそう変わらない兵士タニア。

睨まれて怖かったのだろう。
フィンリーは俺の背中に隠れて固まっていた。

フィンリーはあれでタニアが苦手になったんだろう。


「懐かれたな、リアン」

俺にくっついて離れない小さなフィンリーを見てカールが言い、皆が笑った。
フィンリーを胡散臭い娘と警戒していた奴も顔が緩んでいた。


その日の任務が明けてから、俺はフィンリーを村に連れて帰った。

村のみんなの反応は概ね砦の兵士たちと同じだった。
村の連中も、村の外へは滅多に出ないのだ。

突然やってきたフィンリーに警戒もしたが、俺にくっついて離れないフィンリーの様子を見て最後には笑った。

一人暮らしをしていたデボラ婆さんがフィンリーを引き取ると言ってくれた。

だが何度言い聞かせてもフィンリーは俺から離れなかった。
結果、俺までデボラ婆さんの家にやっかいになることになった……。

まあ……良かった。

俺はこの村で生まれ育った人間ではなく、ここより魔物の森近くにあった村の生まれだ。
魔物に村を襲われ、家と両親を奪われ、兵士となってこの村に来た。

だからそれまで俺が住んでいたのは狭くてすきま風の入る兵士宿舎だった。
広くてあたたかい家のがいいに決まっている。


フィンリーにも良かった。

フィンリーは本当に何もできない娘だったのだ。

まきの割り方。食事の作り方から洗濯の仕方。
洋服の繕い方はおろか服の着方すら怪しかった。
買い物など行く以前に、お金を不思議そうに見ていた。

記憶を失くしたのだから仕方がなかったんだろうが、それにしてもひどかった。


デボラ婆さんはそんなフィンリーに根気よく生活の仕方を教えてくれた。

兵士だった夫を魔物に奪われた後もずっとこの村で一人暮らしている婆さんだ。
デボラ婆さんは気の強い婆さんだった。

けれど、フィンリーには優しかった。まあ口は悪かったが。
フィンリーはデボラ婆さんに懐き、婆さんはフィンリーをまるで孫娘のように慈しんでくれた。

……俺たちのことも喜んでくれた。

今年の、雪の季節が来る少し前。
デボラ婆さんは亡くなる時、家を俺とフィンリーにくれた。
婆さんの夫が、婆さんの為に建てた家を、俺たちは受け継いだ。

それが、この家。
俺とフィンリーの住む家だ。

個室がみっつ。使い勝手の良い台所。リビングには暖炉。
魔物対策のどっしりした石壁に小さな窓。
積もった雪が自然と滑り落ちるように角度をつけられた屋根。
庭に作った小さな畑ではフィンリーがデボラ婆さんに倣って野菜を育てている。


今年の雪の季節が終わったら。
魔物の出ない、あたたかな季節がやってきたら。

俺とフィンリーは結婚式を挙げる。

この家で家族になる。


それなのに。


「何でタニアを気にするんだよ……」


まったく、勘弁してほしい。

俺がタニアと《そういう仲だ》なんて言われたくないのには理由がある。

女の兵士なんて駄目だと言われないように。
女の弾く弓は威力がないと言われないように。

タニアがどれほど努力をしているのか。
俺は間近で見て、よく知っているからだ。

女であることの呪縛から逃れようと、タニアは必死なのだ。


―――組んでいる俺とカールはお前の力を認めている。
なんて言われても気にするな。言いたい奴には言わせておけばいい。


タニアにはいつもそう言っているし、そう思っている。

だが、フィンリーには「タニアは女だから――」と言って欲しくない。

カールと同じだ。
タニアは俺の良き同僚で相棒の兵士なんだと。

フィンリーにだけは、わかって欲しい。


だいたい、フィンリーが気にする必要なんかない。

五年前。
魔物の森近くで拾ったぼろぼろで、俺にくっついてきた小さなガキは

家族になり一生守っていきたいと思う
俺の唯一になったんだぞ。


フィンリー。


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