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最終話 進む 祖父side
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ぶわりと冷や汗がふきだした。
はくはくと口は動くが息が上手くできなかった。
全身で早鐘を打っているのかと思うほどの心臓の鼓動。
がくがくと身体が震える。
両手で腹と口を押さえる。
崩れるように床に倒れた。
吐きそうだった。
まるで殴られているように頭が痛い。
なんとか呼吸を整える。
しばらくして、
少し身体が楽になったところでごろりと仰向けになった。
舞っている埃が、窓からの陽に照らされチラチラ光って見える。
天井に薬品棚。
見まわせば我が家の研究室の中だった。
だが部屋の一角にあった《装置》が、ない。
今の今まで、この部屋で話していた《孫娘》の姿も……なかった。
――― 止められなかったのだ ―――
私は両手で顔を覆い……泣いた。
◆◇◆◇◆
「帰りたまえ。フェリの意思を尊重するが……私としてはもう二度と君に会うことがないように祈っているよ」
涙を拭うこともせず、放心したようにふらふらと出て行くセディクを見送った。
動けなかった。
涙が頬をつたった。
嗚咽が漏れる。
馬鹿だなセディク。
私たちは。《二人とも》―――
――「母さんも私も《あいつ》にとっては、ただの《装飾品》。
母さんや私の気持ちを考えないのなんか当然よね。
母さんと私に《気持ち》があるなんて思うわけがなかったのよ」――
血塗れでそう言った《孫娘》の絶望した顔を思い出す。
あの時、私は殴られた気がしていた。
――「貴方は私たちのことなんて何も考えていないのよ」――
そう言って出ていった妻と《孫娘》が重なって見えて。
セディクのことじゃなく、自分のことを言われたのかと思った。
「一緒に住んでいるのは愛情があるからだ。
何故、そんな簡単なことがわからない?!」
その昔。私は妻にそう怒鳴った。
それでも出て行くと言う妻を「勝手にしろ!」と止めなかった。
本気でそう思っていた。
《一緒にいる》のは最大の愛情表現だと信じて疑わなかった。
《孫娘》に言われるまで気づかなかった。
その扱いは指輪やペンダントなどの《装飾品》と、どこが違うのだ。
一緒にいても、愛情があっても、相手に伝えなければ意味がない。
伝えていない気持ちなど、相手にすればないのと一緒だ。
相手は《物》じゃない。
感情を持った《人》なのだ。
作った物でも手で触れ、笑顔を向けていたのに、
私は妻やフェリに対して何をしていたのだ。
セディクも似たようなものではなかったのか。
――「《あいつ》は母さんも私も、愛してなんかいなかった」――
《孫娘》はそう言ったが、先ほどの様子。
私は、セディクは愛していたのだと思う。
フェリのことも《孫娘》のことも。
ただ……多分、愛する者への接し方が下手すぎたのだ。
《孫娘》にもフェリにも、伝わらないほどに。
大馬鹿者だな、セディク。私たちは。
いや。
きっと私の方が大馬鹿者なのだろう。
私がフェリにちゃんと向き合ってやっていれば《今》は違っただろうに。
私はフェリに何も聞いてやらなかった。
セディクと付き合っている時も、結婚後《孫娘》の名が決まったあとも。
様々な《噂》が聞こえてはいたが、フェリが何も言わないので私は無視した。
……辛かっただろうに。
フェリを、一人で気持ちを抱え込む子にしてしまったのは私だ。
遠い昔。妻が「出て行く」と言った日。
「フェリも連れて行く」と言う妻から私はフェリを取り上げた。
駄々っ子のように、意地になっていただけだ。
結果、フェリを手元に残せたものの、私に面倒なんか見られるはずがなかった。
手伝いを雇ってフェリを任せ、放っておいた。
そのうちフェリは《勝手に》成長し、なんでも出来るようになっていた。
―――後ろめたかった。
私はフェリの顔がまともに見れなくなっていた。
そして私は、その罪滅ぼしのように《孫娘》を可愛がった。
フェリはどう取っていただろうか。
いいや。フェリだけじゃない。
《孫娘》はどう取っていただろうか。
もしかしたら《孫娘》は……自分に《発明の才能がある》から、私が可愛がってくれるのだと思っていたのかもしれない。
私に《自分を消す手伝い》をさせた。
これまでのことを全て話し、記憶全てを私には残して。
この残酷な仕打ちは……そのせいかい?……リリ。
《孫娘》の顔が目に浮かんでは消える。
小さく柔らかく、頼りなく、触れるのを躊躇うほどだった赤ん坊の頃。
抱っこをせがむ時の、私に伸ばされた小さな手。
笑うと左頬にだけできたえくぼ。
設計図を描く私の横で、飽きることなく絵を描いていた姿。
私の真似をして描いた設計図を得意げに掲げた姿。
きっともう二度と会うことは叶わない。
《孫娘》が私など足元にも及ばない天才だと気づくのに時間はかからなかった。
だが大きすぎるその才能は危険と隣り合わせだ。
《孫娘》もそう思ったのだろう。
町の小さな花屋で働くことにし、そしてこっそりとここに通った。
二人で研究室に籠るのは楽しかった。
凡人の私には《孫娘》が何を作っているのかわからなかったが、一緒にいることが楽しかった。
それが
まさか《時を戻す装置》を作っていて、何度も使っていたとは思わなかったよ。
もう時は戻せない。
作った《孫娘》がいないから《時を戻す装置》も消えた。
フェリはセディクを拒絶した。
《孫娘》の顔はもう見られないだろう。
それでも……
《孫娘》が望んだとおり、魂はあって
別人として生まれるのなら。
できるなら娘の――フェリのところへ。
「戻っておいでよ。……リリ……」
愛しい《孫娘》。
《発明の才能》なんか無くても
《時を戻せる装置》が作れるような《天才》じゃなくても
私は君が、《君だ》と言うだけで大好きだったんだよ―――――
のろのろと腰を上げる。
いつまでも泣いてはいられない。
まずは妻のところへ行こう。
許してくれなくてもいい。
とにかく謝りに行こう。
愛しい《孫娘》が命をかけて私にくれたやり直しの時間なんだ。
立てよ
身を裂くような痛みがなんだという?
私はしっかりと、立ち上がった。
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